杜甫 《贈別何邕》 何邕どのがおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。


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贈別何邕  蜀中転々 杜甫 <502>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2700 杜甫詩1000-502-734/1500 



作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の502首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-734回目   40833
卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 
詩題: 贈別何邕 
寫作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
寫及地點:  綿谷 (山南西道 利州 綿谷)     
交遊人物/地點: 何邕 當地交遊(山南西道 利州 綿谷)
詩文:

贈別何邕
(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
生死論交地,何由見一人。
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
悲君隨燕雀,薄宦走風塵。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
綿谷元通漢,沱江不向秦。
何邕どのがおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
五陵花滿眼,傳語故鄉春。 
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)

何邕と別れに贈る
生死 交地を論じ,何 由にて 一人を見る。
悲君 燕雀に隨う,薄宦 風塵に走る。
綿谷 元めに漢に通じ,沱江 秦に向わず。
五陵 花 眼に滿ち,傳語 故鄉の春。
 


『贈別何邕』 現代語訳と訳註
(本文)

生死論交地,何由見一人。悲君隨燕雀,薄宦走風塵。
綿谷元通漢,沱江不向秦。五陵花滿眼,傳語故鄉春。 


(下し文)

何邕と別れに贈る
生死 交地を論じ,何 由にて 一人を見る。
悲君 燕雀に隨う,薄宦 風塵に走る。
綿谷 元めに漢に通じ,沱江 秦に向わず。
五陵 花 眼に滿ち,傳語 故鄉の春。 


(現代語訳)
(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
何邕がおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)


(訳注)
贈別何邕
千畳敷0010(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
・成都から厳武らと一緒に梓州まで来てそこで別れたコトを云う。
・何邕 県の尉官の何邕、少府は尉の敬称、時に何邕は利州綿谷県の尉である。杜甫が浣花渓に家を建て、榿木をぷれぜんとされたじんぶつである。
760年3月、杜甫『憑何十一少府邕覓榿木栽』
憑何十一少府邕覓榿木栽
草堂塹西無樹林,非子誰複見幽心?
飽聞榿木三年大。與致溪邊十畝陰。
(何十一少府邕に憑りて榿木の栽を覓む)
草堂の塹西ざんせい 樹林無し、子に非ずんば誰か復た幽心を見ん。
飽くまで聞く榿き木 三年にして大なりと、與【ため】に溪の邊り十畝の陰を致さしめん。
<十一番目の少府に務める何邕さんにおかげをもって 榿木の苗木を覓めた。>
わたしの草堂から西の方の堀のような小川までに樹木のはやしがないのです。貴殿でなければ、だれがわたしの人気のない静かなところを愛する心を知ってくれるものがあるだろうか。
誰もが承知っているように榿の木は三年もたてばかなり大きくなるという。どうぞわたしのためにこの川べりに十畝の樹陰を為すようおくってくださるようお願いします。


生死 論 交地 ,何由見 一人 。
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
・「生死」生きるか死ぬか。
・何由 何邕が~を由とする。


悲君 隨 燕雀 ,薄宦 走 風塵 。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
「悲君」楊貴妃をみごろしにする悲哀傷痛の君をいう。
「隨」楊一族の言いなりになっていたこと。
「燕雀」燕と雀は楊貴妃の一族を云う。
「薄宦 走 風塵」宦官。756年6月4日安禄山が長安に攻め込むということで、朝廷に巣食う宦官、朝廷の重臣はこぞって逃げ出した。長安城、大明宮はだれもいなかった。
 

綿谷 元通 漢,沱江 不向 秦。
何邕がおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
「綿谷」山南西道、利州、綿谷。(陝西省)
「沱江」四川省中部を流れる、四川盆地北西部の九頂山から発し,盆地内を南流,資陽,内江などをへて瀘州市で長江と合流する。全長655km。金堂県までの上流部では,秦代に開かれた岷江(みんこう)水系の都江堰(とこうえん)工事のあと,青白江などを集め,水利灌漑網が拡大,発展している。中・下流部では比高数十mの丘陵が起伏し,川は蛇行,水量も少ないが,古来,サトウキビやイネ栽培がすすんでいる。


五陵 花滿 眼 ,傳語 故鄉 春 。
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)
「五陵」長安の北側渭水の北に並んである歴代の朝代君王の陵墓で、長陵、安陵、陽陵、茂陵、平陵をいう。