杜甫《送段功曹歸廣州》君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。


2013年7月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
LiveDoor
出師表-後出師表-諸葛亮 漢詩<99-#11>Ⅱ李白に影響を与えた詩838 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2738
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoor
平淮西碑 韓愈(韓退之) <163-#8>Ⅱ中唐詩751 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2739
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor送段功曹歸廣州 蜀中転々 杜甫 <509>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2740 杜甫詩1000-509-742/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2安世房中歌十七首(其10) 唐山夫人  漢詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2741 (07/27)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor再遊玄都觀 本文 劉禹錫 薛濤関連 唐五代詞・宋詩 薛濤-239--#95 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2742
 
 ■今週の人気記事(漢詩の5ブログ各部門)
 ■主要詩人の一覧・詩目次・ブログindex
楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


 

 送段功曹歸廣州 蜀中転々 杜甫 <509>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2740 杜甫詩1000-509-742/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 
掲 載; 杜甫1000首の507首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-740回目
作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
関係地:  廣州 (嶺南道東部 廣州)、南海 (嶺南道東部 廣州 南海)、交趾 (嶺南道西部 交州 交趾)、韶州 (嶺南道東部 韶州) 別名:東吳 、錦官城 (劍南道北部 益州 成都) 別名:錦里     
交遊人物と地點: 段功曹 當地交遊(劍南道北部 梓州)
段功曹が広州へもどるのを送る詩。宝応元年梓州にあっての作。



送段功曹歸廣州
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
南海春天外,功曹幾月程。
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
峽雲籠樹小,湖日落船明。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
交趾丹砂重,韶州白葛輕。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
幸君因旅客,時寄錦官城。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。
(段功菅が広州に帰るを送る)
南海は春天の外にあり、功曹は幾月の程ぞ。
峡雲籠【こご】めて 樹 小に、湖に日落かかりて船明らかなり。
交址 丹砂 重く、韶州 白葛 軽し。
幸いに君 旅客に因りて、時に錦官城に寄せよ。



『送段功曹歸廣州』 現代語訳と訳註
(本文)

南海春天外,功曹幾月程。
峽雲籠樹小,湖日落船明。
交趾丹砂重,韶州白葛輕。
幸君因旅客,時寄錦官城。


(下し文)
(段功菅が広州に帰るを送る)
南海は春天の外にあり、功曹は幾月の程ぞ。
峡雲籠【こご】めて 樹 小に、湖に日落かかりて船明らかなり。
交址 丹砂 重く、韶州 白葛 軽し。
幸いに君 旅客に因りて、時に錦官城に寄せよ。


sora001(現代語訳)
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。


(訳注)
送段功曹歸廣州
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
・段功曹 段という人物。功曹は役職名。剣南東川幕府のもの。厳武に同行し、梓州の役所で交流し、たまたま送別の宴席に出た時に依頼されて作ったものであろう。


南海春天外,功曹幾月程。
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
○南海 広東の海。
○春天 五行思想で東は春で東の空の果てというほどの意味。春という季節は意識しない。ゆえに秋に春天という、一に青天に作る。靑も春、東という意味。
○功曹 段をさす。
○幾月程 旅行にかかる日程はいくつきのみちのりぞ。


峽雲籠樹小,湖日落船明。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
○峡雲籠樹小 上三字下二字の句法の対句である、籠樹小とよんでは雲が小さいことになって不都合である。
○湖日蕩船明 これも上三字下二字によむべきである、湖とは洞庭湖などをさす、蕩とは水面の日光がうごくこと。洞庭湖の夕暮は昔から絶景である。廣州へは湘江をさかのぼり、最上流には運河がありそのまま船の旅をする。


交趾丹砂重,韶州白葛輕。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
交祉 嶺東よりさらに南にあり、丹砂を産出する、晋の葛洪が丹砂がでるときき、勾漏の令となろうと欲したことは前(農を為す)にみえる。成都(2)浣花渓の草堂(2 -3) 為農 杜甫 <366  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1771 杜甫詩 1000- 542
為農
錦裡煙塵外,江村八九家。
圓荷浮小葉,細麥落輕花。
卜宅從茲老,為農去國賒。
遠慚勾漏令,不得問丹砂。

この錦官城の郊外の里、浣花渓の地は兵馬の塵埃から掛け離れたところで、錦江沿いの村には八九軒の家がある。
錦江の岸に近い所に円い蓮が小さい葉を水面にうかべており、陸の方では細かな麦の実の畑に軽らかな花が落ちる。
ここに居宅を建設したからにはこの地において私は歳を重ねていくのだ。ここで農民となることをけついしたからには、はるばる故郷からはなれた処に来ていることであり還る気持ちはないのである。
ここで思うのは遠いむかしの勾漏の県令、晋の道士葛洪の故事にいささかはずかしくおもうのである。それは葛洪は道士として丹砂を自信を持って得たものであるが、儒者の私は自信を以て農民になることが出来るだろうかと問うことができぬことだ。
○韶州 広東にある。
〇白葛 白いくずのかたびら。


幸君因旅客,時寄錦官城。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。
○君 段をさす。
○錦官城 外交辞令の様なものの中で表現される成都の西城である。実際に贈るとは思っていないし、冗談交じりの言葉であるから、大きく出たわけである。
実際には浣花草堂をさすと考える。
この時、杜甫は梓州の役所で杜甫宛ての手紙をみたのである。浣花渓の草堂には弟を留守においている。
この詩は送別の歌はこんなふうに作りますというようなもので心を込めて送別しているわけではない。
成都遂州00