屏跡,三首之三 いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。
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屏跡,三首之三 蜀中転々 杜甫 <527> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2830 杜甫詩1000-527-760/1500
詩題: 屏跡,三首之三
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳
卷別: 卷二二七 文體: 五言古詩
掲 載;
杜甫1000首の527首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-760回目 40859
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(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)
晚起家何事,無營地轉幽。
いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。
竹光團野色,舍影漾江流。
家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。
失學從兒懶,長貧任婦愁。
子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。
百年渾得醉,一月不梳頭。
人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。
『屏跡三首』之三 現代語訳と訳註
(本文)
晚起家何事,無營地轉幽。
竹光團野色,舍影漾江流。
失學從兒懶,長貧任婦愁。
百年渾得醉,一月不梳頭。
詩文(含異文):
晚起家何事,無營地轉幽。
竹光團野色【竹光圍野色】,舍影漾江流【山影漾江流】。
失學從兒懶,長貧任婦愁。
百年渾得醉,一月不梳頭。
(下し文)
晚く起く家何の事かある,營む無くして地轉【うた】た幽なり。
竹光 野色に團たり,舍影 江流に漾【ただよ】う。
失學 兒の懶なるに從【まか】す,貧しさを長くして婦の愁うるに任す。
百年渾【すべ】て醉うことを得ん,一月頭を梳【くしけず】らず。
(現代語訳)
(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)
いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。
家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。
子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。
人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。
(訳注)
『屏跡三首』之三
(浣花草堂において人とのまじらいをせず隠遁生活していることをのべる。その3)
たっぷり朝寝坊をして「晩く起きる」というのはもともと隠者の特権である。仕官の身では早朝から官服に身をかためて勤めに出なければならない。隠遁生活の一コマを歌うのがこの詩のテーマだから、そういう言葉が出てくるのは当然である。たっぷり朝寝坊をして「晩く起きる」というのはもともと隠者の特権である。仕官の身では早朝から官服に身をかためて勤めに出なければならない。隠遁生活の一コマを歌うのがこの詩のテーマだから、そういう言葉が出てくるのは当然である。
『屏跡三首』の三首とも浣花渓草堂において作ったものではない。現実感、生活観のない表現である。梓州かどこかにいて草堂の生活を頭に浮かべて作ったものであろう。
晚起家何事,無營地轉幽。
いつも朝、遅く起きだすのであるがわたしにはこれといって仕事もないから。また農業経営をすることもないから日頃からしずかな土地である。
○晩起 あさおそくおきること。
○家何事 わがこの隠居の家ではいかなる仕事があるか、仕事はべつにない、だからおそくおきでもさしつかえないというのである。
○無營 為すことのないこと。農業経営をしていない。
竹光團野色,舍影漾江流。
家は竹林のひかりこんもりとしていて、原野の色よこたわるその中にある、濯錦江のながれには草堂の影をうつしただようているのである。
○竹光団野色 隠棲生活には竹林の奥まったところが必須アイテムである。成都の洪水を防ぐ遊水地のような場所であったから、原野の中に竹藪が団塊のように存在していることを表現している。
○舎影 草堂のかげ。
失學從兒懶,長貧任婦愁。
子供達はなまけて勉学するのを怠るのであがそのままにしている、長いこと貧乏しつづけていて妻が心配しているがこれもそのままにしているというものだ。
○失学 学業を怠ることをいう。子供が勉強しないといろんなところで述べているがこまったものという表現は一度もしていない。
○長貧 長い貧乏暮らしをしていることを云うが。杜甫は、儒学者であるため質素倹約を表現するための文某という語を使用している。道教の隠遁者と儒教の隠遁者とではその生活を表現の仕方が違うものである。
百年渾得醉,一月不梳頭。
人生百年というが、できることなら生涯、酔いっぱなしでいたいものだとおもっている。そのためならひと月じゅうとう、頭に櫛をいれなくてもいいと思っている。
○婦 つま。
〇百年 人生百年。生涯。
○得酔 すべての隠遁者の希望のことば。






