厳武が杜甫に贈った詩 《寄題杜二錦江野亭》あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。
2013年8月16日 | 同じ日の紀頌之5つのブログ |
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寄題杜二錦江野亭 (寄題杜拾遺錦江野亭) 厳武
(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)
漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。
あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。
莫倚蓄題鸚鵡賦、何須不著鵔義冠。
禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。
腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。
おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。
興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。
自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。
『寄題杜二錦江野亭』 現代語訳と訳註
(本文)
漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。
莫倚蓄題鸚鵡賦、何須不著鵔義冠。
腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。
興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。
(下し文)
(杜二が錦江の野亭に寄せ題す) 厳武
漫りに江頭に向かって釣竿【ちょうかん】を把る、懶【らん】にして沙草に眠り風瑞を愛す。
善く鸚鵡の賦を題するに倚ること莫れ、何ぞ夋義の冠を着けざるを須いん。
腹中の書籍幽時に曬【さら】し、肘後の医方は静処に看る。
興発せば会ず能く駿馬を馳せ、終に当に直に使君灘に到るべし。
(現代語訳)
(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)
あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。
禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。
おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。
自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。
(訳注)
寄題杜二錦江野亭 (寄題杜拾遺錦江野亭) 厳武
(友人の杜甫殿の錦江の野亭にこの詩を寄せる。)
○杜二(杜拾遺) 杜甫をさす。
○錦江野亭 草堂をさす。
漫向江頭把釣竿、懶眠沙草愛風湍。
あなたはそんなことをせずともよいのに錦江ほとりに釣竿を把ったり、無精もので砂の原の草に眠ったり、風に音する早瀬の音を愛したりしている。
○江頭 錦江のほとり。
○把釣竿 杜の隠居生活をいう。
○懶 らん 杜甫のぶしょうなこと。隠遁者には誉め言葉になる。
○沙草 沙上のくさ。風瑞 風声をおびたはやせのおと。
★この二句は隠遁者の風流を云う。
莫倚蓄題鸚鵡賦、何須不著鵔義冠。
禰衛のごとく「鸚鵡の賦」をよくつくれるといってもそんなことをたのむことはないし、あくまで仕官しないと鵔義の冠を着けないといって頑張っている必要がどこにある。
〇禰 衡(でい こう、あるいは「ねい こう」とも、173年-199年)は、中国後漢末期の人。字は正平。青州平原郡般県 の人。興平年間、荊州に避難した。建安年間の初め、遷都されたばかりの許に上京した。しかし、才能を鼻にかけて傲慢な態度をとったうえ、他人の評価に対しては酷評を行なったため、人々から憎まれた。ただ、孔融だけは禰衡を高く評価し、曹操にも推薦していた。
○倚 たよりにする、誇る意となる。
○題 つくること。
○鸚鵡賦 後漢の禰衛は、章陵の太守黄射のところにあってこの賦を作った。
○何須 そんな必要はない。
○鵔義冠 錦鷄鳥のはねでかざったかんむり、漢の時、侍中の官のかむったもの。
腹中書籍幽時曬、肘後醫方静處看。
おまえはしずかなときに腹のなかの書物を虫ぼしにしたり、てぢかな医術の心得の本などを静かな処で看ている。
○幽時 しずかなとき。
○曬さらし むしばしする、郝隆というものが七月七日に腹中の書をさらすのだといって日向で仰向けに寝そ
べり,これを書物の虫干しと称した。
○肘後医方 肘にかける医術の書、菅の葛洪は「肘後急要方四巻」をあらわした。○興発 此より二句は武自ずからいう、発はおこること。
興發會能馳駿馬、應須直到使君灘。
自分は風流の興がおこったならば必ず駿馬をとはしてすぐおまえのそばの「使君灘」までゆこうとおもっている。
○会 必ずに同じ、俗語である。
○使君灘 浣花渓の近傍にかかる名の灘があったのであろう。杜甫が忠義のものであることは私は分かっていて、その君が住んでいる早瀬があるところというほどの意味。