杜甫《嚴公廳宴この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

 

2013年8月21日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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李商隠詩 
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嚴公廳宴同詠蜀道畫圖【案:得空字。】 蜀中転々 杜甫 <533  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2865 杜甫詩1000-533-767/1500            

 

詩 題:

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

 

掲 載; 杜甫1000首の533首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-767回目   40866

厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。宝応元年成都においでの作。

 

 

嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

華夷山不斷,蜀水相通。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

興與煙霞會,清樽幸不空。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

 

厳公の庁宴に、同じく蜀道の画図を詠ず、空の字を得たり)

日臨みて公館静かなり、画満ちて地図雄なり。

剣閣は星橋の北にあり、松州は雪嶺の東なり。

夷 山断えず、呉濁 水相通ず。

興 煙霞と会す、清樽 幸いに空しからず。 

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嚴公廳宴』現代語訳と訳註

(本文) 嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

華夷山不斷,蜀水相通。

興與煙霞會,清樽幸不空。

 

 

(下し文)

(厳公の庁宴に、同じく蜀道の画図を詠ず、空の字を得たり)

日臨みて公館静かなり、画満ちて地図雄なり。

剣閣は星橋の北にあり、松州は雪嶺の東なり。

夷 山断えず、呉濁 水相通ず。

興 煙霞と会す、清樽 幸いに空しからず。

 

 

(現代語訳)

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

 

 

(訳注)

嚴公廳宴,同詠蜀道畫圖、得空字。

(厳武の官邸の酒宴にあって蜀道の画図を観てともに詠じた詩。〔空の字を得て韻に詠う〕)

○庁宴 庁は成都城の府の公堂で、詩中の「公館」をいう、宴はそこでのさかもり。

○覇道 蜀の桟道、陝西省漢中府より四川省成都府へ通ずる道路をいう。

 

日臨公館靜,畫滿地圖雄。

日が官邸のうえにかかって、やかたが静かである。そのおり座敷じゅう画がならべられ蜀道の地図のさまは最も雄大なものにみえる。

○画満 満というのは多くの画図をへやいっぱいにならべたこと。一に列に作る、列はならべること。

 

劍閣星橋北,松州雪嶺東。

この地図で守るべき範囲は成都の星橋のはるか北には剣閣があり、遠く松州では雪嶺山脈がその東に横たわっていて、西の守備範囲を示している。

○剣閣 剣門をいう。厳武の北に対しては剣門と松州を結んだ線までが北の守備範囲であることを云う

○星橋 秦の昭王(始皇帝の曽祖父)は、軍事家であり科学者の李氷に蜀郡の太守(長官)を命じ、当地に派遣した。李氷は「西北部が高く東南部が低い」成都平原の地理を利用し、民を率いて8年がかりで紀元前256年、岷江の分水と治水、土砂排出と防災の設備ともなるこの都江堰水利施設を建設したもので、成都にあるという。

・松州雪嶺東 松州に等吐蕃に対しての保守都瓐府が恭州にあり、厳武の守備範囲ではないため鶺鴒山脈の東までであった。

 

華夷山不斷,蜀水相通。

この国の西と北の異民族の敵とのさかえは山はつづいて断えないし、呉の方まで蜀から江水が相通じている。

○華夷 唐の領土と夷種の異民族の地と。

○呉萄蜀 呉は江蘇・浙江の地方をさす。

 

興與煙霞會,清樽幸不空。

こうやってこの地図を見てみるとわたしの詩興が煙霞の景の趣きと合致するものがある、そしてここには幸いに清々しい酒だるもからっぽでないからいよいよ興がつきはしない。

○興 詩興。

○煙霞 蜀道畫圖中の山水画であると谷部分は靄で描かれる遠くになるほど薄く描かれる遠近法というものと杜甫が詩に詠うのがその範囲であるという。

○空 酒のからっぽなこと。
峨眉山003