奉送嚴公入朝十韻  杜甫 粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

 

2013年8月22日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。   
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奉送嚴公入朝十韻  蜀中転々 杜甫 <534-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#1-768/1500

 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の534-#1首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-768回目   40867

厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。宝応元年夏の作。

桜桃002 






 

奉送嚴公入朝十韻

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

四海猶多難,中原憶舊臣。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

與時安反側,自昔有經綸。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

感激張天,從容靜塞塵。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

南圖回羽翮,北極捧星辰。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

#2

漏鼓還思晝,宮鶯罷囀春。空留玉帳術,愁殺錦城人。

閣道通丹地,江潭隱白蘋。此生那老蜀,不死會歸秦。

公若登臺輔,臨危莫愛身。

 

花鴨002(厳公が入朝するを送り奉る 十韻)

鼎湖【ていこ】望【せんぼう】遠く、象闕【しょうけつ】憲章新たなり。

四海 猶お多難、中原 旧臣を憶う。

時の与【ため】に反側を安んず、昔より経綸【けいりん】有り。

感激 天歩【てんぽ】を張り、従容【しょうよう】塞塵を静かにす。

南図【なんと】羽翮【うかく】を遅らし、北極 星辰を捧ず。

#2

漏鼓【ろうこ】還た昼を思う、宮鶯 春に囀るを罷む。

空しく留む玉帳の術、愁殺す錦城の人。

閣道 丹地に通ず、江潭 白蘋【はくひん】に隠る。

此の生 ぞ蜀に老いん、死せずんは会ず秦に帰らん。

公若し台輔【だいほ】に登らば、危きに臨みて身を愛すること莫れ。

 

 

『奉送嚴公入朝十韻』 現代語訳と訳註

(本文)

奉送嚴公入朝十韻

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。四海猶多難,中原憶舊臣。

與時安反側,自昔有經綸。感激張天,從容靜塞塵。

南圖回羽翮,北極捧星辰。

 

 

(下し文)

(厳公が入朝するを送り奉る 十韻)

鼎湖【ていこ】望【せんぼう】遠く、象闕【しょうけつ】憲章新たなり。

四海 猶お多難、中原 旧臣を憶う。

時の与【ため】に反側を安んず、昔より経綸【けいりん】有り。

感激 天歩【てんぽ】を張り、従容【しょうよう】塞塵を静かにす。

南図【なんと】羽翮【うかく】を遅らし、北極 星辰を捧ず。

 

 

(現代語訳)

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

 

 

(訳注)

奉送嚴公入朝十韻

(厳武が成都から中央の朝廷へかえるのを送った詩。)

○厳公入朝 762年宝応元年四月十八日粛宗が長生殿に崩じ、この月二十八日己巳、代宗が位に即いた、厳武を召して橋遣使(山陵をつくる長官)となした、武が局を出発したのは夏のことである。

 

鼎湖瞻望遠,象闕憲章新。

粛宗皇帝が黄帝のように鼎湖でおかくれになり升天されたためこちらからいくらながめても遠くてみえぬようになってしまわれた。

○鼎湖 黄帝が死んだ故事、すでに前に見える、粛宗の崩をいう。それとともに新天子代宗皇帝が御即位になって御所の御門には法令が新たにかかげられるに至った。

〇時望 こちらから升天した天子をながめること。

象闕 或は象魏という、象は法令のこと、魏は塗に当たって高くそびえることをいう、古は宮門の闕に法令を掲示した、その門を象魏という。

○憲章 法令をいう、此の句は代宗の即位をいう、即位の初めには法令が新たにでる。

 

四海猶多難,中原憶舊臣。

いま天下はまだ平定されず難儀なことが多いので、中原の地では旧臣をおもうて厳武どのを迎え用いることになるのである。

○多難 叛乱安史軍の史朝義がまだ平定されない。

○中原 都の地方、その地方の官民。

○旧臣 厳武をさす。

 

與時安反側,自昔有經綸。

君は昔から経輪で政治力があるとされる、かつては時世のために反逆の徒を安んじていた。

○与時 時世のために。

○反側 反逆の徒をさす。

○經綸 政治上のきりもりをすること。政治力がある。

 

感激張天,從容靜塞塵。

また感激して『詩経(白華)』でいう国運の難難を救うてその威力を張り、出てはゆったりとして塞のちりをしずかならしめた。

○感激 国恩にはげしく感ずる。

○張天歩 天歩は『詩経(白華)』にみえる、国運の進行をいう、張とは長安を賊の手からとりかえしたことをいう。天歩艱:天運が開けず、時勢が難しいこと。天歩艱難。

○従容 ゆったり。

○静塞塵 とりでのちりをしずかにさせる。成都に来任して其の地をしずめたことをいう。

 

南圖回羽翮,北極捧星辰。

それがこんど図南のつばさをむけかえて、北極において星辰をささぐることになった。

○南圖回羽翮 南図の羽翮をかえすということ、南図は「荘子」(逍遥遊)に鵬という大鳥が九万里に巽をうって南しょうとはかったという話がある、厳武が南方に事功をたでようとしたのに忽ち都へかえることを鵬に此していった。

○北極捧星辰 北極においで星辰をささげる、中央にかえって天子をうやまいこれに仕えることをいう。
くちなしの実01