《陪王侍御宴通泉東山野亭》涪江の水の流れもやがては当たり前のこととして東の海へと流れ去ってゆく、同じように、清々しき大盃の宴会もやがて日はまた傾いていく。こうした異郷の空のもとで宴会や観賞を行うのはどこも同じようなものになる。どこにあっても都の花牡丹は同じであるのと同じである。


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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

 

637 五言律詩 《陪王侍御宴通泉東山野亭》 蜀中転々 杜甫 <542  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2935 杜甫詩1000-542-781/1500

 

 

詩題: 陪王侍御宴通泉東山野亭 

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の542首目-場面 蜀中転々

杜甫ブログ1500回予定の-781回目   40880

 

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

作地點:劍南道北部 梓州 通泉

及地點:  野亭 (劍南道北部 梓州 射洪)     

交遊人物: 王掄

 

詩文:

 

陪王侍御宴通泉東山野亭

(王侍御に同行して通泉の東山の野亭に酒宴にでる。)

江水東流去,清樽日復斜。

涪江の水の流れもやがては当たり前のこととして東の海へと流れ去ってゆく、同じように、清々しき大盃の宴会もやがて日はまた傾いていく。

異方同宴賞,何處是京華。

こうした異郷の空のもとで宴会や観賞を行うのはどこも同じようなものになる。どこにあっても都の花牡丹は同じであるのと同じである。

亭景臨山水,村煙對浦沙。

ここの野亭にしても山水に臨んでいるし、村に起ちこめる霞は入江、港や河、中洲に起ちこむものと同じように対峙している。

狂歌過于勝,得醉即為家。

一生懸命で唄う歌ではあっても調子が狂っている歌はやり過ごす以外には勝てるものがない。こうして酔うことが出来ることは、都城、国、学問を成し遂げるということである。

王侍御に陪して、通泉の東山の野亭に宴す

江水 東流して去り,清樽 日復た斜めなり。

異方 宴賞を同じうし,何處も是れ京華あり。

亭景 山水を臨み,村煙 浦沙に對す。

狂歌 過ぐれば勝り,醉うを得れば即ち家を為す。

詩人杜甫5x5 

 

『陪王侍御宴通泉東山野亭』 現代語訳と訳註

(本文)

陪王侍御宴通泉東山野亭

江水東流去,清樽日復斜。

異方同宴賞,何處是京華。

亭景臨山水,村煙對浦沙。

狂歌過于勝,得醉即為家。

 

 

(下し文)

王侍御に陪して、通泉の東山の野亭に宴す

江水 東流して去り,清樽 日復た斜めなり。

異方 宴賞を同じうし,何處も是れ京華あり。

亭景 山水を臨み,村煙 浦沙に對す。

狂歌 過ぐれば勝り,醉うを得れば即ち家を為す。

 

 

(現代語訳)

(王侍御に同行して通泉の東山の野亭に酒宴にでる。)

涪江の水の流れもやがては当たり前のこととして東の海へと流れ去ってゆく、同じように、清々しき大盃の宴会もやがて日はまた傾いていく。

こうした異郷の空のもとで宴会や観賞を行うのはどこも同じようなものになる。どこにあっても都の花牡丹は同じであるのと同じである。

ここの野亭にしても山水に臨んでいるし、村に起ちこめる霞は入江、港や河、中洲に起ちこむものと同じように対峙している。

一生懸命で唄う歌ではあっても調子が狂っている歌はやり過ごす以外には勝てるものがない。こうして酔うことが出来ることは、都城、国、学問を成し遂げるということである。

 

 

(訳注)

陪王侍御宴通泉東山野亭

(王侍御に同行して通泉の東山の野亭に酒宴にでる。)

・通泉 通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で詩を作っっている。妻を迎えて梓州において射洪とか通泉という土地で遊び、陳子昂、郭元振、王粲などの故宅を訪ねた。

通泉駅:梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。南去通泉県十五里山水:通泉県の南十五里のところの山水をいう、沈家坑という処であるという。まだ県城へつかぬ前のことである。

成都遂州00杜甫『陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江』(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)「姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。」陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】 成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500

また『王竟攜酒,高亦同過,共用寒字』「 臥疾荒郊遠,通行小徑難。故人能領客,攜酒重相看。自愧無鮭菜,空煩卸馬鞍。移樽勸山簡,頭白恐風寒。」、王竟攜酒,高亦同過,共用寒字 七言律詩 成都5-(39) 杜甫 <464  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2405 杜甫詩1000-464-675/1500

また王侍御は二年前に浣花渓の杜甫の家に訪れている。『王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到』(侍御史王掄が酒をもって草堂へくることを承諾していたのについて、此の詩をやり、高適をもついでに呼んで一緒にきてもらいたいといって作った詩。上元二年冬成都での作。)
○王十七侍禦掄 侍御史王掄。

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】 成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500

 

 

江水東流去,清樽日復斜。

涪江の水の流れもやがては当たり前のこととして東の海へと流れ去ってゆく、同じように、清々しき大盃の宴会もやがて日はまた傾いていく。

・東流 常識。中國の河川は合流し、やがては東流して大海にそそぐものということ。

 

異方同宴賞,何處是京華。

こうした異郷の空のもとで宴会や観賞を行うのはどこも同じようなものになる。どこにあっても都の花牡丹は同じであるのと同じである。

・京華 牡丹は都(長安・洛陽)の花であったが唐時代に全土に広まった。

 

亭景臨山水,村煙對浦沙。

ここの野亭にしても山水に臨んでいるし、村に起ちこめる霞は入江、港や河、中洲に起ちこむものと同じように対峙している。

 

狂歌過于勝〔狂歌過形勝〕,得醉即為家。 

一生懸命で唄う歌ではあっても調子が狂っている歌はやり過ごす以外には勝てるものがない。こうして酔うことが出来ることは、都城、国、学問を成し遂げるということである。

・狂歌 音痴。一生懸命で唄う歌。社会風刺という意味合いはもっと後世になってから。

・為家 一家を為す。都城、国、学問(儒家・道家)を成し遂げる。
DCF00096