《玩月呈漢中王》この月をながめながら旅行のことが気になるから漂泊せざるをえない世情が落ち着かないかたちでこの月をながめているのである。しかし、そうであってもただひとりで舟に乗って帰らねばならぬのは苦しいことなのだ。

 

2013年9月10日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500          

 

詩 題:

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

掲 載; 杜甫1000首の548首目- 蜀中転々 場面

杜甫ブログ1500回予定の-787回目   40886

 

玩月呈漢中王

(月の光が明るく鑑賞にひたり、この一首を漢中王にたてまつる。)

夜深露氣清,江月滿江城。

この月をながめながら旅行のことが気になるから漂泊せざるをえない世情が落ち着かないかたちでこの月をながめているのである。しかし、そうであってもただひとりで舟に乗って帰らねばならぬのは苦しいことなのだ。

浮客轉危坐,歸舟應獨行。

ここの月の光はすべての国境にある山々を同一に照らし、わたしを照らすひかりはすなわちあなたを照らしている、ただ月前の烏鵲はみずから多いに驚いて落ち着きは子ないのだ。 

關山同一照,烏鵲自多驚。

ここの月の光はすべての国境にある山々を同一に照らし、わたしを照らすひかりはすなわちあなたを照らしている、ただ月前の烏鵲はみずから多いに驚いて落ち着きは子ないのだ。 

欲得淮王術,風吹暈已生。

ま舟のでかかっているときに風が吹きだし月の傘が出だした、これではならぬによって、どうか劉安が著わした「淮南子」にいう「淮南王の術」でもってこの月の傘をはらいのけてしまいたいとおもうのである。

 

(月を翫びて漢中王に呈す)

夜深くして露気清し、江月江城に満つ。

浮客転【うたた】た危坐す、帰舟応に独行すべし。

関山同一に照らす、烏鵲【うじゃく】自ら多く驚く。

得んと欲す准王【わいおう】の術、風吹きて暈【うん】己に生ず。

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『玩月呈漢中王』 現代語訳と訳註

(本文)

玩月呈漢中王

夜深露氣清,江月滿江城。

浮客轉危坐,歸舟應獨行。

關山同一照,烏鵲自多驚。

欲得淮王術,風吹暈已生。

 

 

(下し文)

(月を翫びて漢中王に呈す)

夜深くして露気清し、江月江城に満つ。

浮客転【うたた】た危坐す、帰舟応に独行すべし。

関山同一に照らす、烏鵲【うじゃく】自ら多く驚く。

得んと欲す准王【わいおう】の術、風吹きて暈【うん】己に生ず。

 

(現代語訳)

(月の光が明るく鑑賞にひたり、この一首を漢中王にたてまつる。)

この月をながめながら旅行のことが気になるから漂泊せざるをえない世情が落ち着かないかたちでこの月をながめているのである。しかし、そうであってもただひとりで舟に乗って帰らねばならぬのは苦しいことなのだ。

 

ここの月の光はすべての国境にある山々を同一に照らし、わたしを照らすひかりはすなわちあなたを照らしている、ただ月前の烏鵲はみずから多いに驚いて落ち着きは子ないのだ。 

いま舟のでかかっているときに風が吹きだし月の傘が出だした、これではならぬによって、どうか劉安が著わした「淮南子」にいう「淮南王の術」でもってこの月の傘をはらいのけてしまいたいとおもうのである。

 

 

(訳注)

玩月呈漢中王

(月の光が明るく鑑賞にひたり、この一首を漢中王にたてまつる。)

/翫月 月の光をめでて漢中王にたてまつった詩。これは月をもてあそぶというが惜別の詩である、惜別のあわただしいとき月の光をめでるというのは王に対する恋着の情をこめたものかと察せられる。宝応元年梓州にあっての作。

中王 前詩の王をいう。

639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500

640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <545  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500

641 《戲題寄上漢中王,三首之三【案:自注:時王在梓州,初至,斷酒不飲,篇有戲述。漢中王瑀,寧王憲之子。】》 蜀中転々 杜甫 <546>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

 

 

夜深露氣清,江月滿江城。

夜がふけて秋露の気が清く置き、涪江の上の月がかわぞいの城郭には、いっぱい照らしている。

○江 涪江。涪江はゆったり流れる。

 

浮客轉危坐,歸舟應獨行。

この月をながめながら旅行のことが気になるから漂泊せざるをえない世情が落ち着かないかたちでこの月をながめているのである。しかし、そうであってもただひとりで舟に乗って帰らねばならぬのは苦しいことなのだ。

○浮客 成都にさえ返ることが出来ない諷泊する旅客、自己をさす。

○危坐 何処にいても愁いがない状態にはならないことを云う。つきを「翫ぶ」というのに世情が落ち着かないこと、杜甫には捕虜になり、そこを脱出するのに生きた心地がしなかったことのトラウマがあり、蜀に徐知道があり、両京には党項羌があり、東都には史朝義がある状況は月を見るためにゆっくり座っていても「危坐」でしかないのである。この句をそこに月を惜しむこころがこもるのであるという解説もあるが間違い。

○帰舟 王に別れて杜甫の居所成都へかえるのに舟にのるのであり、王が蓬州へかえるのであるということ。

 

關山同一照,烏鵲自多驚。

ここの月の光はすべての国境にある山々を同一に照らし、わたしを照らすひかりはすなわちあなたを照らしている、ただ月前の烏はみずから多いに驚いて落ち着きは子ないのだ。 

○同一照 照を或は点に作るのはよろしくない。

關山 国境にある山杜甫『吹笛』「吹笛秋山風月清,誰家巧作斷腸聲。風飄律呂相和切,月傍關山幾處明。胡騎中宵堪北走,武陵一曲想南征。故園楊柳今搖落,何得愁中曲盡生。」

 

欲得淮王術,風吹暈已生。

いま舟のでかかっているときに風が吹きだし月の傘が出だした、これではならぬによって、どうか劉安が著わした「淮南子」にいう「淮南王の術」でもってこの月の傘をはらいのけてしまいたいとおもうのである。

王術 王とは漢の商王劉安をいう、漢中王にたとえられる、劉安が著わした「南子」に「蘆灰に画き而して月暈闕ク」の語があり、蘆をもやした灰のうえに月の形をかき、その一部分をけすと天上の月のくもりもその部分がかける、といっている。

 月のこと、おつきさまの傘、舟がゆくのに風があってはならぬゆえ月の傘をはらいのけたいというのである。

 

 

(月を翫びて漢中王に呈す)

夜深くして露気清し、江月江城に満つ。

浮客転【うたた】た危坐す、帰舟応に独行すべし。

関山同一に照らす、烏鵲【うじゃく】自ら多く驚く。

得んと欲す准王【わいおう】の術、風吹きて暈【うん】己に生ず。Nature1-011