《宗武生日》詩は先祖以来わが家の伝統の仕事なのである。世の人がわが詩を伝えるのは、その情が世間に認めているからなのである。詩の情は六朝の『文選』を熟読して理解するのである、同じ六朝からの五色の衣の華美な詩文の形式的で軽薄なまねをしていくことはしないということである。


2013年9月12日  同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

645 《宗武生日》 蜀中転々 杜甫 <550  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2975 杜甫詩1000-550-789/1500

 

 

詩題: 宗武生日 

作者: 杜甫  762  寶應元年51

卷別: 卷二三一  文體: 五言古詩 

寫作地點: 夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州

掲 載; 杜甫1000首の550首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-789回目   40888

 

 

宗武生日

(二男の宗武の誕生日の日に)

小子何時見,高秋此日生。

こどもよ!おまえはいつこの世に生まれたのか?それは天高い秋も盛りである今日の日だ。

自從都邑語,已伴老夫名。

街中どこでも自分で物が言えるようになってから、汝の名はすでに老人であるわが名とともにあるのである。

詩是吾家事,人傳世上情。

詩は先祖以来わが家の伝統の仕事なのである。世の人がわが詩を伝えるのは、その情が世間に認めているからなのである。

熟精文選理,休覓綵衣輕。

詩の情は六朝の『文選』を熟読して理解するのである、同じ六朝からの五色の衣の華美な詩文の形式的で軽薄なまねをしていくことはしないということである。

凋瘵筵初秩,攲斜坐不成。

そんなことをいいつつも病気がちである中で初めての官からの宴席がひらかれたのであるが、ふつうに座ることができず頭をもちあげたり、体は斜めにしかできない。

流霞分片片,涓滴就徐傾。

すこしばかりの酒をちびり、ちびり分けてもらい、おもむろに杯を傾けて一滴一滴のみほすだけなのだ。

 

(宗武が生れし日)

小子 何の時か見えん、高秋 此の日生す。

都邑【とゆう】に語るにより、已に老夫の名を伴う。

詩は是れ吾が家の事なり、人の伝すは世上の情なり。

文選【もんぜん】の理を熟精【じゅくせい】し、彩衣の軽くするを覔【もと】む休【や】む。

凋瘵【ちょうさい】にして筵【えん】初めて秩【ちつ】し、敧斜【きしゃ】して 坐 成らず。

流霞【りゅうか】片片【へんぺん】に 分ち、涓滴【けんてき】徐【おもむろ】に傾くに就【つ】く。

 

 杜甫像0012












『宗武生日』 現代語訳と訳註

(本文)

宗武生日

小子何時見,高秋此日生。

自從都邑語,已伴老夫名。

詩是吾家事,人傳世上情。

熟精文選理,休覓綵衣輕。

凋瘵筵初秩,攲斜坐不成。

流霞分片片,涓滴就徐傾。

 

詩文(含異文)

小子何時見,高秋此日生。

自從都邑語,已伴老夫名【已律老夫名】。

詩是吾家事,人傳世上情。

熟精文選理,休覓綵衣輕。

凋瘵筵初秩,攲斜坐不成。

流霞分片片【流霞分幾片】【流霞飛片片】【流霞飛幾片】,涓滴就徐傾。 

 

 

(下し文)

(宗武が生れし日)

小子 何の時か見えん、高秋 此の日生す。

都邑【とゆう】に語るにより、已に老夫の名を伴う。

詩は是れ吾が家の事なり、人の伝すは世上の情なり。

文選【もんぜん】の理を熟精【じゅくせい】し、彩衣の軽くするを覔【もと】む休【や】む。

凋瘵【ちょうさい】にして筵【えん】初めて秩【ちつ】し、敧斜【きしゃ】して 坐 成らず。

流霞【りゅうか】片片【へんぺん】に 分ち、涓滴【けんてき】徐【おもむろ】に傾くに就【つ】く。

 

 

(現代語訳)

(二男の宗武の誕生日の日に)

こどもよ!おまえはいつこの世に生まれたのか?それは天高い秋も盛りである今日の日だ。

街中どこでも自分で物が言えるようになってから、汝の名はすでに老人であるわが名とともにあるのである。

詩は先祖以来わが家の伝統の仕事なのである。世の人がわが詩を伝えるのは、その情が世間に認めているからなのである。

詩の情は六朝の『文選』を熟読して理解するのである、同じ六朝からの五色の衣の華美な詩文の形式的で軽薄なまねをしていくことはしないということである。

そんなことをいいつつも病気がちである中で初めての官からの宴席がひらかれたのであるが、ふつうに座ることができず頭をもちあげたり、体は斜めにしかできない。

すこしばかりの酒をちびり、ちびり分けてもらい、おもむろに杯を傾けて一滴一滴のみほすだけなのだ。

 

 

(訳注)

宗武生日

(二男の宗武の誕生日の日に)

二男の宗武が詩のセンスがあったのだろう、文選をしっかり勉強して、六朝の華美な軽薄詩文を軽蔑し、文選を熟読せよと教える。

 

小子 何時 ,高秋 此日

こどもよ!おまえはいつこの世に生まれたのか?、それは天高い秋も盛りである今日の日だ。

・「子」親人眷屬、子。杜甫より十歳下の四十一歳妻楊氏、長女は十六歳、長子宗文は十三歳、次子宗武は十歳、次女は八歳である。

・「秋日生」四季、秋日。生れる。

 

 

自從都邑 ,已伴 老夫

街中どこでも自分で物が言えるようになってから、汝の名はすでに老人であるわが名とともにあるのである。

・「都邑」邦國都城、都邑。街中どこでも。

・「老夫」杜甫自身のこと。

・「名」官場境遇、名。

 

 

詩是 吾家 ,人傳 世上

詩は先祖以来わが家の伝統の仕事なのである。世の人がわが詩を伝えるのは、その情が世間に認めているからなのである。

・「事」一族としてのなりわい。

・「人傳」でんせつ。

 

 

熟精 文選 理,休覓 綵衣

詩の情は六朝の『文選』を熟読して理解するのである、同じ六朝からの五色の衣の華美な詩文の形式的で軽薄なまねをしていくことはしないということである。

・「文選」書籍專名。中国の六朝の梁代に編まれた詞華集。編者は梁の武帝の長子,昭明太子蕭統(しようとう)。30巻。周から梁に至る代表的な詩文約800編を網羅する。こうした詩華集の編纂事業は3世紀末から始まり,六朝時代を通じてかなりの数に上る詩文の選集が編まれたが,《文選》はその集大成として現れ,唐以後の文学にも多大の影響を及ぼした。

・「綵衣」種々の色で模様を施した衣。絲帛服飾(衣冠腰帶)、衣(綵衣)。ここでは同じ六朝からの華美な詩文の軽さをいう。

 

 

凋瘵 初秩 ,攲斜 不成

そんなことをいいつつも病気がちである中で初めての官からの宴席がひらかれたのであるが、ふつうに座ることができず頭をもちあげたり、体は斜めにしかできない。

・「凋瘵」病みおとろえる。1.;困乏。 2.指困之民或衰之象

・「筵」飲食の宴席。

・「秩」 物事がきちんと順序立っているさま。よく整った順序・次第。② 官位によって受ける俸給。また、官位。官職。

・「攲」 一方の端を高くする。② 耳や目の注意力をそのほうへ集中させる。枕などから頭をもちあげて聞き耳をたてる。

 

 

流霞 分片片 ,涓滴 就徐傾

すこしばかりの酒をちびり、ちびり分けてもらい、おもむろに杯を傾けて一滴一滴のみほすだけなのだ。

・「流霞」飲食、飲品(酒)。

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 kairo10682










 
(宗武が生れし日)

小子 何の時か見えん、高秋 此の日生す。

都邑【とゆう】に語るにより、已に老夫の名を伴う。

詩は是れ吾が家の事なり、人の伝すは世上の情なり。

文選【もんぜん】の理を熟精【じゅくせい】し、彩衣の軽くするを覔【もと】む休【や】む。

凋瘵【ちょうさい】にして筵【えん】初めて秩【ちつ】し、敧斜【きしゃ】して 坐 成らず。

流霞【りゅうか】片片【へんぺん】に 分ち、涓滴【けんてき】徐【おもむろ】に傾くに就【つ】く。