《春日梓州登樓,二首之二》涪江と大空が一体化している河畔の高楼に登って眺め見て,隨分春も過ぎようとしていて故郷に帰ろうとしている。故郷の東方の戰場も今始めて平定された,別れには不可欠の柳があってやっとうまく移動できるようになってきた。

 

2013年10月30日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如《上林賦 》(28)―#10-3  文選 賦<110-#10-3>13分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩933 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3213
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《桃林夜賀晉公》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3214韓愈詩-218
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ675 《春日梓州登樓,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <581>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3215 杜甫詩1000-581-837/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ58  曹植(曹子建) 《吁嗟篇 魏詩》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3216 (10/30)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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《春日梓州登樓,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <581> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3215 杜甫詩1000-581-837/1500  

 

 

卷別:卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題:春日梓州登樓,二首之一 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州 掲載;杜甫1000首の580首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-836回目   40935

 

 

春日梓州登樓,二首之一

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の一。)

行路難如此,登樓望欲迷。

人生の途をゆくことのむずかしいことはこれほどである。ここの楼に登ってあたりを眺めるとどこをながめればよいのか迷ってしまう。

身無卻少壯,跡有但羈棲。

自分のからだは後戻りして若く元気つよくなることは無い、その実績はとみればただ旅住いということばかりである。

江水流城郭,春風入鼓鼙。

眺めれば城郭の方には涪江の水が流れくだり、春の風は節度使軍のたいこ、つづみの音が響き渡ってくる。

雙雙新燕子,依舊已銜泥。

そうして二つ並んで飛んでいるのは、ことし来た燕がまたいつものとおり、はやくも泥をくわえて巣をつくりはじめている。

(春日梓州にて楼に登る 二首の一)

行路難きこと此の如し、登楼望み迷わんと欲す。

身は飾って少壮なること無く、跡は但だ羈棲なる有り。

江水城郭に流れ、春風 鼓聾に入る。

双双たる新燕子、旧に依って己に泥を銜む。

 

春日梓州登樓,二首之二

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の二。)

天畔登樓眼,隨春入故園。

涪江と大空が一体化している河畔の高楼に登って眺め見て,隨分春も過ぎようとしていて故郷に帰ろうとしている。
戰場今始定,移柳更能存。

故郷の東方の戰場も今始めて平定された,別れには不可欠の柳があってやっとうまく移動できるようになってきた。
厭蜀交遊冷,思勝事繁。

蜀は徐知道の叛乱があり、吐蕃の動きが不穏で交友ができなくて、成都、蜀に住みたくなくなった。蜀から方面にいくことばかりを考えてしまう

應須理舟楫,長嘯下荊門。

まさにこうなったら舟の楫をとって旅立とうと思う,そして長く嘯いてあの荊門を下ることにしよう。

春日梓州登樓,二首之二

天畔 樓に登って眼て,隨春 故園に入る。

戰場 今 始めて定め,移柳 更に能く存る。

蜀を厭きて交遊冷し,を思うて勝事繁す。

應に須らく舟楫を理め,長く嘯いて荊門を下る。

千畳敷0010 

 

『春日梓州登樓』現代語訳と訳註

(本文)

春日梓州登樓,二首之二

天畔登樓眼,隨春入故園。

戰場今始定,移柳更能存。

厭蜀交遊冷,思勝事繁。

應須理舟楫,長嘯下荊門。

 

 

(下し文)

春日梓州登樓,二首之二

天畔 樓に登って眼て,隨春 故園に入る。

戰場 今 始めて定め,移柳 更に能く存る。

蜀を厭きて交遊冷し,うて勝事繁す。

應に須らく舟楫を理め,長く嘯いて荊門を下る。

 

 

(現代語訳)

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の二。)

涪江と大空が一体化している河畔の高楼に登って眺め見て,隨分春も過ぎようとしていて故郷に帰ろうとしている。

故郷の東方の戰場も今始めて平定された,別れには不可欠の柳があってやっとうまく移動できるようになってきた。

蜀は徐知道の叛乱があり、吐蕃の動きが不穏で交友ができなくて、成都、蜀に住みたくなくなった。蜀から方面にいくことばかりを考えてしまう

まさにこうなったら舟の楫をとって旅立とうと思う,そして長く嘯いてあの荊門を下ることにしよう。

 

 

(訳注)

春日梓州登樓,二首之二

(春の日に梓州の城楼にのぼって旅の思いをのべた詩。二首の二。)

 

 

天畔 登樓 眼 ,隨春 入 故園 。

涪江と大空が一体化している河畔の高楼に登って眺め見て,隨分春も過ぎようとしていて故郷に帰ろうとしている。

「天畔」涪江の流れは緩やかであって幅広の河とテントが一体化している河畔に高楼が立つ。

「樓」梓州の幕府の臺樓閣。

「眼」ここではじっと見つめる事。

「隨春」春が過ぎゆくころ。

「故園」家 故郷の洛陽方面を云う。

 

 

戰場 今 始定 ,移柳 更能 存。

故郷の東方の戰場も今始めて平定された,別れには不可欠の柳があってやっとうまく移動できるようになってきた。

「戰場」安禄山の乱以来、洛陽以東、戰場となっていた。

「今定」ごく最近平定されたことを云う。672 《聞官軍收河南河北》 蜀中転々4-P179 杜甫 <578  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3200 杜甫詩1000-578-834/1500

 

 

厭蜀 交遊 冷 ,思 勝事 繁。

蜀は徐知道の叛乱があり、吐蕃の動きが不穏で交友ができなくて、成都、蜀に住みたくなくなった。蜀から方面にいくことばかりを考えてしまう

「厭蜀」蜀は徐知道の叛乱があり、吐蕃の動きが不穏で成都、蜀に住みたくないこと。

 

 

應須 理 舟楫 ,長嘯 下 荊門 。

まさにこうなったら舟の楫をとって旅立とうと思う,そして長く嘯いてあの荊門を下ることにしよう。

「荊門」山名。湖北省宜都県の西北方、長江の南岸にある。河川に両岸が迫っているので呼ばれる。北岸の虎牙山と相対した江運の難所である。偶成転韻と題する詩に「頃之職を失いて南風に辞す、破帆壊漿 荊江の中。」と歌われており、李商隠はこの荊門のあたりの難所で実際に危険な目にあったらしい。杜甫「詠懐古跡五首其三」李白「秋下荊門」「渡荊門送別」三峡をすこし下ってここに差し掛かることを詠う。

荊門西下 李商隠 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 57朱槿花・佛桑華