《上兜率寺》 兜率寺はその名を知られた名寺であり、寺の真如堂は真如の法を領会する堂である。その堂へ来て見るとその眺めは巴蜀の江山をわがものとしているし、その棟木・屋根ははやくも斉梁時代から建てられているものである。


2013年11月6日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如《上林賦 》(35)―#12-1 文選 賦<110-#12-1>13分割40回 Ⅱ李白に影響を与えた詩940 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3248
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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682 《上兜率寺》 蜀中転々21 杜甫 <588  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3250 杜甫詩1000-588-844/1500          

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 上兜率寺 

寫作地點: 目前尚無資料 

寫及地點:  兜率寺 (劍南道北部 梓州 )     

掲 載; 杜甫1000首の588首目-場面21

杜甫ブログ1500回予定の-844回目   40943

 

 

上兜率寺

(兜率寺とそつじ】に上る)

兜率知名寺,真如會法堂。 

兜率寺はその名を知られた名寺であり、寺の真如堂は真如の法を領会する堂である。

江山有巴蜀,棟宇自齊梁。 

その堂へ来て見るとその眺めは巴蜀の江山をわがものとしているし、その棟木・屋根ははやくも斉梁時代から建てられているものである。

庾信哀雖久,何顒好不忘。 

故郷をはなれている庚信であるこのわたしは長く悲しみつつあるのであるが周顒であるこのわたしは仏法に対してこれを好むの念は忘れたことがない。

白牛車遠近,且欲上慈航。 

わたしは果して白牛車の大乗にのってどれほどの道を行きうるのかわからないのであるが、まずまずありがたい経文というお助け舟にのぼることがこの教えであるということだ。

 

(兜率寺【とそつじ】に上る)

兜率は知名の寺あり、真如 会法の堂。

江山 巴蜀を有す、棟字 斉梁よりす。

庚信哀しむ 久しと雖も、周顒【しゅうぎょう】好むこと忘れず。

白牛 車 遠近、且つ慈航【じこう】に上らんと欲す。

 泰山の道観02写真はイメージで詩文とは全く関係ないものです。

 

『上兜率寺』 現代語訳と訳註

(本文)

上兜率寺

兜率知名寺,真如會法堂。 

江山有巴蜀,棟宇自齊梁。 

庾信哀雖久,何顒好不忘。 

白牛車遠近,且欲上慈航。 

 

詩文(含異文)

兜率知名寺,真如會法堂。

江山有巴蜀,棟宇自齊梁。

庾信哀雖久,何顒【案:當作周顒,周好佛。】好不忘。

白牛〔《法華經》「以大白牛駕寶車」〕車遠近,且欲上慈航。

 

(下し文)

(兜率寺とそつじ】に上る)

兜率は知名の寺あり、真如 会法の堂。

江山 巴蜀を有す、棟字 斉梁よりす。

庚信哀しむ 久しと雖も、周顒【しゅうぎょう】好むこと忘れず。

白牛 車 遠近、且つ慈航【じこう】に上らんと欲す。

 

 

(現代語訳)

(兜率寺とそつじ】に上る)

兜率寺はその名を知られた名寺であり、寺の真如堂は真如の法を領会する堂である。

その堂へ来て見るとその眺めは巴蜀の江山をわがものとしているし、その棟木・屋根ははやくも斉梁時代から建てられているものである。

故郷をはなれている庚信であるこのわたしは長く悲しみつつあるのであるが周顒であるこのわたしは仏法に対してこれを好むの念は忘れたことがない。

わたしは果して白牛車の大乗にのってどれほどの道を行きうるのかわからないのであるが、まずまずありがたい経文というお助け舟にのぼることがこの教えであるということだ。

 

 

(訳注)

上兜率寺

(兜率寺とそつじ】に上る)

○兜率寺 梓州には大小十二の寺があり、北には慧義寺、南には兜率寺、西には牛頭寺、東には観音寺があるという、「兜率陀」は梵語で「足ルヲ知ル」の意である。

 

兜率 知名 ,真如 法堂。

兜率寺はその名を知られた名寺であり、寺の真如堂は真如の法を領会する堂である。

○真如会法堂 真如の法を領会する堂の意、真如は円覚の自性で、本と、偽妄変易なきものをいうという。

 

 

江山 巴蜀 ,棟宇 自齊梁

その堂へ来て見るとその眺めは巴蜀の江山をわがものとしているし、その棟木・屋根ははやくも斉梁時代から建てられているものである。

○有巴蜀 巴蜀の江山を所有すること。

○棟宇 むなぎ、やね。

○自斉梁 この寺は隋の開皇中に建てられたとつたえる、作者が斉梁といったのは何か拠る所があるのであろう、斉・梁は六朝の代の国名、隋代よりもふるいもの。 

 

 

庾信 雖久 ,何顒 好不忘

故郷をはなれている庚信であるこのわたしは長く悲しみつつあるのであるが周顒であるこのわたしは仏法に対してこれを好むの念は忘れたことがない。

○庚信 北周の文豪、梁より北方に行き、南方をおもって「哀江南」 の賊を作った、作者は庚信を以て自ずからに此する。杜甫はよく喩える。杜甫『奉贈王中允維』
中允聲名久,如今契闊深。共傳收庾信,不比得陳琳。
一病緣明主,三年獨此心。窮愁應有作,試誦白頭吟。
(王中允維に贈り奉る)
中允声名久し、如今契閥深し。共に伝う庚信を収むと、此せず陳琳を得るに。
一癖明主に縁る、三年独り此の心。窮愁応に作有るなるべし、試みに謂す白頭吟。
奉贈王中允維 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 254

○周顒 何はいずれかの顒ということ。周顒は斉梁の時の人、仏教を好んだ、これも自ずからに此する。

 

 

白牛車 遠近 ,且欲 慈航

わたしは果して白牛車の大乗にのってどれほどの道を行きうるのかわからないのであるが、まずまずありがたい経文というお助け舟にのぼることがこの教えであるということだ。

○白牛車 「法華経」(誓喰品)に牛車を大乗の法にたとえる、遠近とは法のところまで達するのにみちのりは違いか近いかわからぬがの意。

○慈航 すくいのふね、清涼禅師の「般若経序」に、「般若は苦海の慈航なり」とある。ここは説法をきくことをさして慈航に上るといったものである。自分の力でなく、他人の力によって望みをかなえようとする他力本願を云う。
成都遂州00