杜甫《送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕》漢の班昭が息子の赴任地について行ったということがある。きっと風に乗って中州や渚をすすんで、錦の帆を高く挙げていたことであろう。春の竹が青々と育つ頃に船出したのであろう。毎日毎日、この涪江の魚漁して、ここに来ればきっと食べ頃になっている。

 

2013年11月19日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《兩都賦序》(7) 文選 賦<111―7>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩953 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3313
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(19)-#17韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <866>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3314韓愈詩-220-#17
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ694 《送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕》 蜀中転々 杜甫 <601>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3315 杜甫詩1000-601-857/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ78魏武帝(曹操) 《蒿里行》 魏詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3316 (11/19)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor南歌子三首 其一 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-354-7-#16  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3317
 
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《送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕》 蜀中転々 杜甫 <601  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3315 杜甫詩1000-601-857/1500

 

詩 題:送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕

卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

及地點:黔州 (黔中道 黔州 黔州) 別名:黔中、黔州、黔府

巫州 (黔中道 巫州 巫州) 別名:黔陽     

交遊人物: 王判官

掲 載; 杜甫1000首の601首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-857回目   40956            

 

 

送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕

(王判官で扶侍の役割でもって黔中に往復するを送別する。韻に「開」の字を得る)

大家東征逐子迴,風生洲渚錦帆開。

漢の班昭が息子の赴任地について行ったということがある。きっと風に乗って中州や渚をすすんで、錦の帆を高く挙げていたことであろう。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來。

春の竹が青々と育つ頃に船出したのであろう。毎日毎日、この涪江の魚漁して、ここに来ればきっと食べ頃になっている。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

こうした別れは、どんなに思ってももう耐えることが出来ないものであり、遭難や危険なことがあるだろうが、あなたは深い仗をもっており、あなたの才知でもってこの急場の事態を救ってもらいたい。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯。

これまでには湖南省西部の古城である黔陽に天子の書簡を持っていくことなどまさに稀なことでアットものである。まあ、そうはいっても怪しむようなことではないので、もっともっと酒をすすめて杯を傾けようではないか。 

 

(含異文)

大家東征逐子〔〈班大家賦〉:「余隨子乎東征。」〕迴,風生洲渚錦帆開。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來【白白江魚入饌來】。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯【莫怪頻煩勸酒杯】。 

Nature1-011 

 

 

『送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕』 現代語訳と訳註

(本文)

送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕

大家東征逐子迴,風生洲渚錦帆開。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯。
(
含異文)

大家東征逐子〔〈班大家賦〉:「余隨子乎東征。」〕迴,風生洲渚錦帆開。

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來【白白江魚入饌來】。

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯【莫怪頻煩勸酒杯】。 

doteiko012 

 

(下し文)

王十五判官扶侍を送り黔中に還る〔「開」字を得る。〕

大家 東に征く子に逐いて迴る,風生え洲渚【しゅうちょ】錦帆開く。

青青として竹筍に 迎え船出づ,日日に江魚 入りて饌【たべどき】に來る。

離別 無限の意に堪ず,艱危 仗深く濟時の才あり。

黔陽【こんよう】の信使 應に稀少なり,怪しむ莫れ頻頻【ひんびん】酒杯を勸めんことを。
 

(現代語訳)

(王判官で扶侍の役割でもって黔中に往復するを送別する。韻に「開」の字を得る)

漢の班昭が息子の赴任地について行ったということがある。きっと風に乗って中州や渚をすすんで、錦の帆を高く挙げていたことであろう。

春の竹が青々と育つ頃に船出したのであろう。毎日毎日、この涪江の魚漁して、ここに来ればきっと食べ頃になっている。

こうした別れは、どんなに思ってももう耐えることが出来ないものであり、遭難や危険なことがあるだろうが、あなたは深い仗をもっており、あなたの才知でもってこの急場の事態を救ってもらいたい。

これまでには湖南省西部の古城である黔陽に天子の書簡を持っていくことなどまさに稀なことでアットものである。まあ、そうはいっても怪しむようなことではないので、もっともっと酒をすすめて杯を傾けようではないか。

 

(訳注)

送王十五判官扶侍還黔中〔得開字。〕

(王判官で扶侍の役割でもって黔中に往復するを送別する。韻に「開」の字を得る)

 

大家東征逐子迴,風生洲渚錦帆開。

漢の班昭が息子の赴任地について行ったということがある。きっと風に乗って中州や渚をすすんで、錦の帆を高く挙げていたことであろう。

・大家東征 班昭《東征賦》「惟永初之有七兮,余隨子乎東征。」(惟れ永初の有七,余れ子に隨いて東に征く)永元七年のこと、わたしは赴任する息子と一緒に東の東留へとむかった。文選、曹大家『東征賦』

・大家 後漢の作家、中国初の女性歴史家である班昭のこと。班昭(はん しょう、45? - 117?)は、中国・後漢の作家。中国初の女性歴史家。一名・姫。字は恵姫、または恵班。扶風安陵(陝西省咸陽市)の出身。歴史家・班彪の娘として生まれ、同じく歴史家・班固と、西域で活躍した武将である班超は兄である。班超の三男である班勇は甥。14歳で曹世叔に嫁ぎ、世叔の死後、彼女の才名を聞いた和帝が召し出して宮中に入れ、後宮后妃の師範とした。人々は敬して曹大家と称した。

 

青青竹筍迎船出,日日江魚入饌來。

春の竹が青々と育つ頃に船出したのであろう。毎日毎日、この涪江の魚漁して、ここに来ればきっと食べ頃になっている。

 

離別不堪無限意,艱危深仗濟時才。

こうした別れは、どんなに思ってももう耐えることが出来ないものであり、遭難や危険なことがあるだろうが、あなたは深い仗をもっており、あなたの才知でもってこの急場の事態を救ってもらいたい。

・濟時1 助ける。すくう。「済世(さいせい)・済度・済民/救済・共済・経済(けいざい)2 しあげる。すます。

 

黔陽信使應稀少,莫怪頻頻勸酒杯。

これまでには湖南省西部の古城である黔陽に天子の書簡を持っていくことなどまさに稀なことでアットものである。まあ、そうはいっても怪しむようなことではないので、もっともっと酒をすすめて杯を傾けようではないか。

・黔陽 湖南省西部の古城である黔陽。雲南から湖南にかけて、吐蕃、南蛮からの侵入に防衛強化の必要があった。

・頻頻 形容動詞として用いられるもの「何かがしきりと起こるさま」を表す言葉。頻繁(ひんぱん)は、形容動詞および名詞として用いられ、「何かがしきりに行われるさま」。というのが現代日本の使用法であるが、ここでは御酒をすすめる行為に使っている。
成都遂州00