杜甫《送元二適江左》ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。


2013年11月25日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(5)#2-3 文選 賦<112―5>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩959 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3343
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(25)-#23韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <872>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3344韓愈詩-220-#23
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 700 《送元二適江左》 蜀中転々杜甫 <607>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3345 杜甫詩1000-607-863/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 84蘇武 《詩四首 其一》 古詩源  漢詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3346 (11/25)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 蝴蝶兒 一首 張泌【ちょうひつ】  ⅩⅫ唐五代詞・ 「花間集」 Gs-360-7-#22  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3347
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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700 《送元二適江左〔自注:元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。〕》 蜀中転々杜甫 <607  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3345 杜甫詩1000-607-863/1500

 

卷二二七  文體: 五言律詩 

詩 題:送元二適江左

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 潤州 (江南東道 潤州 ) 別名:昇州、丹陽・白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝樓、公孫城     

交遊人物 元二 元結といわれる。王維送元二使安西』「渭城朝雨浥輕塵,客舍靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」

掲 載; 杜甫1000首の607首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-863回目

 

 

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

亂後今相見,秋深複遠行。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

風塵為客日,江海送君情。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

經過自愛惜,取次莫論兵。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

 

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注〕元結なり。《次山集》を考す,未だ嘗て蜀に入らず,亦た未だ嘗て江左に至らず,且つ與後の注 應に孫科舉 合せず,殆て是に非らず。

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。

杏の白花012 

 

『送元二適江左』 現代語訳と訳註

(本文)

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。

亂後今相見,秋深複遠行。

風塵為客日,江海送君情。

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

經過自愛惜,取次莫論兵。

 

(下し文)

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注元結なり。《次山集》を考す,未だ嘗て蜀に入らず,亦た未だ嘗て江左に至らず,且つ與後の注 應に孫科舉 合せず,殆て是に非らず。

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。

 

(現代語訳)

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

 

(訳注)

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

○元二 元二は原注に元結のことという。銭謙益は元結の伝にょって元結となすことの誤りを弁じて、精は菊にも至らず江左にもいったことがないとしている。王維送元二使安西』「渭城朝雨浥輕塵,客舍靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」元二の安西に適くを送る」詩がある。杜甫の詩は、当時送別の際に有名になって歌われていた王維の詩に影響を受けていることは間違いないようである。

○江左 江東のこと、すなわち江南のことで、今の江寧府地方をいう。

 

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

 

亂後今相見,秋深複遠行。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

 

風塵為客日,江海送君情。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

○江海 中国では江のひろい処を海という、長江下流域の江左の方面の江は江海である。

 

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

○晋室丹陽尹 晋の時の丹陽は今の江寧府地方にあたる、尹は市長とかその長官である。

○公孫白帝城 白帝城は四川省夔州府の魚復浦にある城で漢末に公孫述が築いたものである、地理よりいえば白帝城を過ぎてのちに丹陽の方へ赴くのであるが、押韻の都合でおきかえていったのである、丹陽白帝の二句は経過の地をいい、次ぎの「経過」の語へ接する句法である。

 

經過自愛惜,取次莫論兵。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

○経過 白帝城、丹陽をとおったときにはの意。

〇自愛惜 自己の身をたいせつにする。

○取次 或は従容の意といい、或は即次の意といい、或は次第の意という。今は次第の意に従う。

○論兵 兵略上について議論する。元二は孫呉の科という武事の試験科目に応じたことのある人であるという。

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(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。