《贈韋贊善別》私の病気、生活を扶助してくれている韋贊善君を送り旅立つのだ、すると、自然と憐れに思うことは未だに故郷に帰れないことである。ただ、ただ今ここでまさに旅客となることになみだするのであり、というのもまた自分の向おうとするこの先も扉にイバラがの巻き付いている状態であるということを思うからである。


2013年12月8日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固) 《西都賦》(18)#7(宮室の美)-1 文選 賦<112―18>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩972 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3408
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(2)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <885>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3409韓愈詩-227-2
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 713 《贈韋贊善別》 蜀中転々 杜甫 <620>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3410 杜甫詩1000-620-876/1500五言律詩
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 217  《京山行》 孟郊  唐宋詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3411 (12/08)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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713 《贈韋贊善別》 蜀中転々 杜甫 <620  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3410 杜甫詩1000-620-876/1500五言律詩         

 

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

 

作年:763  廣德元年  52 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 贈韋贊善別 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

交遊人: 韋贊善

掲 載; 杜甫1000首の620首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-876回目   40975

 

 

贈韋贊善別 

(韋贊善と送別に贈る)

扶病送君發,自憐猶不歸。

私の病気、生活を扶助してくれている韋贊善君を送り旅立つのだ、すると、自然と憐れに思うことは未だに故郷に帰れないことである。

祗應盡客淚,復作掩荊扉。

ただ、ただ今ここでまさに旅客となることになみだするのであり、というのもまた自分の向おうとするこの先も扉にイバラがの巻き付いている状態であるということを思うからである。

江漢故人少,音書從此稀。

これから向かう長江下流域から漢江を遡って行く辺りには友人がほとんどいないのであり、わずかにいる友人たちからの手紙などもほとんどないのである。

往還二十載,晚寸心違。

まさに遺憾とする、そして帰ろうとすることになるのはかれこれ20年になろうとしている。今年も終わりの月になろうとしている、少しだけだけれどこのまま行っていいのかどうかとも思っている。

 

韋贊善との別れに贈る。 

病を扶け 君を送り發ち,自ら憐れむ 猶お歸えれず。

祗だ應に盡く客淚し,復た作すは荊扉を掩う。

江漢 故人少く,音書 此れ從り稀れなる。

往き還るは 二十載,晚 寸心違う。

成都遂州002 
 

『贈韋贊善別』 現代語訳と訳註

(本文)

贈韋贊善別 

扶病送君發,自憐猶不歸。

祗應盡客淚,復作掩荊扉。

江漢故人少,音書從此稀。

往還二十載,晚寸心違。

 

(下し文)

韋贊善との別れに贈る。 

病を扶け 君を送り發ち,自ら憐れむ 猶お歸えれず。

祗だ應に盡く客淚し,復た作すは荊扉を掩う。

江漢 故人少く,音書 此れ從り稀れなる。

往き還るは 二十載,晚 寸心違う。

 

(現代語訳)

(韋贊善と送別に贈る)

私の病気、生活を扶助してくれている韋贊善君を送り旅立つのだ、すると、自然と憐れに思うことは未だに故郷に帰れないことである。

ただ、ただ今ここでまさに旅客となることになみだするのであり、というのもまた自分の向おうとするこの先も扉にイバラがの巻き付いている状態であるということを思うからである。

これから向かう長江下流域から漢江を遡って行く辺りには友人がほとんどいないのであり、わずかにいる友人たちからの手紙などもほとんどないのである。

まさに遺憾とする、そして帰ろうとすることになるのはかれこれ20年になろうとしている。今年も終わりの月になろうとしている、少しだけだけれどこのまま行っていいのかどうかとも思っている。

 

(訳注)

贈韋贊善別 

(韋贊善と送別に贈る)

 

扶病 送君 ,自憐 猶不歸

私の病気、生活を扶助してくれている韋贊善君を送り旅立つのだ、すると、自然と憐れに思うことは未だに故郷に帰れないことである。

「扶病」病気、生活を扶助。

「送」送別。

「君」韋贊善君。

「發」出發。

 

 

祗應 盡客淚 ,復作 荊扉

ただ、ただ今ここでまさに旅客となることになみだするのであり、というのもまた自分の向おうとするこの先も扉にイバラがの巻き付いている状態であるということを思うからである。

 

江漢 故人 ,音書 從此

これから向かう長江下流域から漢江を遡って行く辺りには友人がほとんどいないのであり、わずかにいる友人たちからの手紙などもほとんどないのである。

「江漢」長江、漢水。

「故人」友人知人。

「音書」文藝、音信。

 

往還 二十 寸心

まさに遺憾とする、そして帰ろうとすることになるのはかれこれ20年になろうとしている。今年も終わりの月になろうとしている、少しだけだけれどこのまま行っていいのかどうかとも思っている。

「往」語義類別:人、行為動作、一般行為(彳部)、往。

「還」語義類別:人、行為動作、一般行為(辵部)、還。

「二十載」十年数年越えると、詩的表現でいう場合。

晚」年の終ころ。十一月終わり頃からの季節を云う。年末ではない少し漠然としている時期。

「寸心違」少しだけだけれどこのまま行っていいのかどうかとも思っている。。
葭 あし002