《倚杖》ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

2013年12月14日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(8)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <891>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3439韓愈詩-227-8
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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719 《倚杖〔原注 鹽亭縣作〕》 蜀中転々 杜甫 <626>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3440 杜甫詩1000-626-882/1500五言律詩

 

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

詩題: 倚杖〔原注 鹽亭縣作〕  

作地點: 鹽亭(劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭

掲 載; 杜甫1000首の626首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-882回目   40981

 

 

倚杖

〔原注〕 鹽亭縣作(塩亭県にて作る)

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

看花雖郭,倚杖即溪邊。

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

山縣早休市,江橋春聚船。

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

物色兼生意,淒涼憶去年。

の春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

 

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『倚杖』 現代語訳と訳註

(本文)

倚杖〔原注 鹽亭縣作〕

看花雖郭倚杖即溪邊。 

山縣早休市,江橋春聚船。 

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。 

物色兼生意,淒涼憶去年。 

 

(下し文)

(杖に倚る)〔原注 鹽亭縣作〕

花を看るは郭内なりと雖も、杖に侍るは即ち渓辺なり。

山県 早く市を休み、江橋 春船を聚む。

狎鷗 白浪を軽んじ、帰雁 青天を喜ぶ。

物色と生意と、淒涼去年を憶う

 

(現代語訳)

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

の春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

 

(訳注)

倚杖〔原注 鹽亭縣作〕

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

O「倚杖」 題の二字は詩中の俺杖の二字をぬきだして用いたものにすぎぬ。

鹽亭縣 (f-3)友人を送別するのに閬州から塩亭縣まで見送ってきた。同時期の詩は以下にある。

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

長歌意無極,好為老夫聽。 

成都遂州002 

看花雖郭倚杖即溪邊。

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

 

山縣早休市,江橋春聚船。 

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

○休市 市場を閉めている。

○春聚船 春になって市場に荷物を持ってきた舟があつまってきたこと、人民の多いこと。

 

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。 

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

狎鷗 なれたかもめ。

○軽 気軽で何の興味も示さない。

○帰雁 北へかえるかり。杜甫も故郷に帰ることを予定しているので「喜ぶ」という表現になっている。

 

物色兼生意,淒涼憶去年。 

この春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

○物色 景物のさま。

○兼 「と」。かねる; 2つのことを同時に行う。 倍の勢いで~する。

生意 嘉陵江を下ることを決意して、その時期を待っている段階で去年の寂しい気持ちであったものが、わくわくかんになっていることをいう。鴎と雁のようになっている、ネガティブな杜甫がポジティブな発想に変わっているのである。

淒涼 かなしいさま。

憶去年 去年乱を避けるためここをとおったことがあるが、そのときは物色生意ともにことしほどのどかではなかったという意。
月明峡01