《愁坐》梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

 

《愁坐》十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは宵に月が出ると水に月をうつすのだ。

 

《愁坐》このとき杜甫は梓州の州官舎の事務室によく出入りしており、長安洛陽に帰りたいと願っていたがこの詩の中で葭萌関と左擔関が異民族によって侵略され封鎖されていたため、蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたということを詠う。


2014年1月2日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《瀧吏》嶺南行(4)-5韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <910>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3534韓愈詩-235
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738 《愁坐〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <645  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3535 杜甫詩1000-645-901/1500〔草堂逸詩拾遺-(14)

 

詩 題:愁坐〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 愁坐【〔草堂逸詩拾遺-(14) 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 高齋 (劍南道北部 梓州 梓州・葭萌 (山南西道 利州 葭萌)   ・左擔 (劍南道北部 劍州 陰平)     

掲 載; 杜甫1000首の645首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-901回目

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(14)

愁坐

(蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたことを詠う。)

高齋常見野,愁坐更臨門。 

梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

十月山寒重,孤城月水昏。 

十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは酔いに月が出ると水に月をうつすのだ。

葭萌氐種迥,左擔犬戎存。 

利州の葭萌関というところでは昔から異民族の氐種族との戦いを繰り広げたところであり、西隣の剣州の左擔(陰平)でも、異民族の西戎がいるのである。

終日憂奔走,歸期未敢論。 

明けても暮れても戦いに明け暮れて困ったものである。私が故郷に帰る時期は未だにかなわぬことで論じても仕方いことなのだ。

 

愁坐

高齋 常に野を見て,愁坐して更に門を臨む。 

十月 山 寒く重くなり,孤城 月 水昏す。 

葭萌 氐種 迥い,左擔 犬戎 存す。 

終日 奔走するを憂い,歸期 未だ敢えて論ぜず。 

剣門関01 

 

『愁坐』 現代語訳と訳註

(本文)

愁坐

高齋 常見野,愁坐更臨門。 

十月山寒重,孤城月水昏。 

葭萌氐種迥,左擔犬戎存。 

終日憂奔走,歸期未敢論。 

異文

高齋常見野,愁坐更臨門。

十月山寒重,孤城月水昏【孤城水氣昏】。

葭萌氐種迥,左擔犬戎存【左擔犬戎屯】。

終日憂奔走,歸期未敢論。 

 

(下し文)

愁坐

高齋 常に野を見て,愁坐して更に門を臨む。 

十月 山 寒く重くなり,孤城 月 水昏す。 

葭萌【かみょう】氐種【ししゅ】 迥【むか】い,左擔【さたん】犬戎【けんじゅう】存す。 

終日 奔走するを憂い,歸期 未だ敢えて論ぜず。 

 nat0017

(現代語訳)

(蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたことを詠う。)

梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは宵に月が出ると水に月をうつすのだ。

利州の葭萌関というところでは昔から異民族の氐種族との戦いを繰り広げたところであり、西隣の剣州の左擔(陰平)でも、異民族の西戎がいるのである。

明けても暮れても戦いに明け暮れて困ったものである。私が故郷に帰る時期は未だにかなわぬことで論じても仕方いことなのだ。

 

 

(訳注)

愁坐

(蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたことを詠う。)

このとき杜甫は梓州の州官舎の事務室によく出入りしており、長安洛陽に帰りたいと願っていたがこの詩の中で葭萌関と左擔関が異民族によって侵略され封鎖されていたため、蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたということを詠う。

 

 

高齋 常見 ,愁坐 更臨門

梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

「高齋」州の州官舎の事務室。

「門」長安に向かう剣門一帯方面のこと。 杜甫は3年前の同じ時期に北の秦州方面から蜀道で剣門を経てせいとにはいったのである。

 

十月 山寒 ,孤城 月水

十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは酔いに月が出ると水に月をうつすのだ。

「孤城」涪江の西側にある梓城。近くには何もなくポツンとある。月が黄昏時に出てくるということは十月半ばころということになる。したがって山には雪が積もり始めている。

 

葭萌 氐種 迥,左擔 犬戎

利州の葭萌関というところでは昔から異民族の氐種族との戦いを繰り広げたところであり、西隣の剣州の左擔(陰平)でも、異民族の西戎がいるのである。

「葭萌」利州、葭萌関。()〔所在地:四川省広元市昭化古城〕現在は昭化古城という地名になっている。葭萌関に戦いにおいて、張飛と馬超が死闘を繰り広げたと言われる場所。百合とも言われる一騎打ちは決着が付かず、野戦をするため松明を用いて勝負したが結局、勝敗が付かなかった。古城内には蜀の武将の塑像が作られている。

「氐種」紀元前3世紀から1世紀ごろにかけて東アジア、中央アジアに存在した遊牧民族、民族邦國名、氐族は「後漢書」の西南諸国の中に、昆明の東北に「氐種属する白馬国がある」とみえることから、氐氏は本来雲南地方に発するとおもわれる。

「左擔」剣南道北部剣州陰平(e)地名、行政地名、左擔。

「犬戎」【けんじゅう】古代中国の西戎(せいじゅう)の一。殷・周・春秋の時代に陝西省方面で勢力を振るったが、秦に圧迫されて衰えた。犬夷(けんい)。昆夷(こんい)

 

終日 奔走 ,歸期 未敢

明けても暮れても戦いに明け暮れて困ったものである。私が故郷に帰る時期は未だにかなわぬことで論じても仕方いことなのだ。

成都遂州00 

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(14)

愁坐

高齋常見野,愁坐更臨門。 

十月山寒重,孤城月水昏。 

葭萌氐種迥,左擔犬戎存。 

終日憂奔走,歸期未敢論。 

 

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(蜀道を旅して帰郷することが出来ず愁いていたことを詠う。)

梓州の州官舎の事務室から常時、野原の景色を見ることが出来る。そして憂いて座り臨んでみたりするのは、私が帰郷する蜀道の門関のことなのである。

十月に入ると山には寒気が入り込み、空模様も重たくなってくる。野にポツンとある梓城郭からは酔いに月が出ると水に月をうつすのだ。

利州の葭萌関というところでは昔から異民族の氐種族との戦いを繰り広げたところであり、西隣の剣州の左擔(陰平)でも、異民族の西戎がいるのである。

明けても暮れても戦いに明け暮れて困ったものである。私が故郷に帰る時期は未だにかなわぬことで論じても仕方いことなのだ。