《釋悶》天下の正道に基づかなければいけないことを忘れている、というのも『荘子』がいっている「天下を治めようとせず、日が昇れば襄城の野で気ままに過ごせるように、害するものをとりのぞくことだけする」ということを、危難の時期こそ、智謀が必要とされる時に鞭を振り上げるそれもウイグルという異民族に援軍を頼み、ただち、取り除くべき「害になるもの」を用いたのである。そのためこのように長安の城郭を異民族で一杯にしたのだ。


2014年1月28日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(21)#11(有徳の餐宴)-2 文選 賦 賦<113―21>18分割38回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1023 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3663
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《潮州刺史謝上表》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <936>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3664韓愈詩-242-(4)
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 廣徳2年764-7-#1 《釋悶》 蜀中転々 杜甫 <657-1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3665 杜甫詩1000-657-1-927/1500751-1
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 268 《梁國惠康公主挽歌,二首之一》 韓愈  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3666 (01/28)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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廣徳2764-7-#1 《釋悶》 蜀中転々 杜甫 <657-1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3665 杜甫詩1000-657-1-927/1500751-1

 

 

 

作時年:  764  廣德二年  53 

卷別: 卷二二○  文體: 七言古詩 

詩題: 釋悶 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:  長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都

 

釋悶

四海十年不解兵,犬戎也復臨咸京。

失道非關出襄野,揚鞭忽是過胡城。

豺狼塞路人斷烽火照夜屍縱橫。

(文章に書くことさえもだえ苦しんでいるほどの日々を過ごしている)

中国、この10年の時代は兵がその武器を緩めて暮らしていくことはなかった。西域の異民族の国々に侵略され、その上都長安まで侵入され、大明宮までも臨まれたのである。

天下の正道に基づかなければいけないことを忘れている、というのも『荘子』がいっている「天下を治めようとせず、日が昇れば襄城の野で気ままに過ごせるように、害するものをとりのぞくことだけする」ということを、危難の時期こそ、智謀が必要とされる時に鞭を振り上げるそれもウイグルという異民族に援軍を頼み、ただち、取り除くべき「害になるもの」を用いたのである。そのためこのように長安の城郭を異民族で一杯にしたのだ。

異民族の暴略は国内を混乱させ、強盗・野盗と化し長安に向かう蜀道を閉鎖し人の行き来を断絶した。烽火は日夜絶えることもなく、屍も、道々に縦横に放置されている。

 

天子亦應厭奔走,群公固合思升平。

但恐誅求不改轍,聞道嬖孽能全生。

江邊老翁錯料事,眼暗不見風塵清。

 

(釋悶【しゃくもん】)

四海の十年 兵を解けず,犬戎 也し復た咸京【かんきょう】を臨む。

道を失い關に非らずして襄野に出づ,鞭を揚げ忽ち是に胡城を過る。

豺狼 路を塞ぎ 人斷烽火 照夜 屍 縱橫す。

 

天子 亦た應えて厭し奔走し,群公 固より合して升平を思う。

但し 誅求し改轍をめざるを恐れん,聞道ならく嬖孽【へきげつ】 能く生を全うす。

江邊 老翁 事を料るを錯し,眼 暗く風塵 清くするをも見えず。

 

 

『釋悶』 現代語訳と訳註

(本文)

釋悶

四海十年不解兵,犬戎也復臨咸京。

失道非關出襄野,揚鞭忽是過胡城。

豺狼塞路人斷烽火照夜屍縱橫。

 

 

(下し文)

 

 

(現代語訳)

(文章に書くことさえもだえ苦しんでいるほどの日々を過ごしている)

中国、この10年の時代は兵がその武器を緩めて暮らしていくことはなかった。西域の異民族の国々に侵略され、その上都長安まで侵入され、大明宮までも臨まれたのである。

天下の正道に基づかなければいけないことを忘れている、というのも『荘子』がいっている「天下を治めようとせず、日が昇れば襄城の野で気ままに過ごせるように、害するものをとりのぞくことだけする」ということを、危難の時期こそ、智謀が必要とされる時に鞭を振り上げるそれもウイグルという異民族に援軍を頼み、ただち、取り除くべき「害になるもの」を用いたのである。そのためこのように長安の城郭を異民族で一杯にしたのだ。

異民族の暴略は国内を混乱させ、強盗・野盗と化し長安に向かう蜀道を閉鎖し人の行き来を断絶した。烽火は日夜絶えることもなく、屍も、道々に縦横に放置されている。

 

 

(訳注)

釈悶 

(文章に書くことさえもだえ苦しんでいるほどの日々を過ごしている)

釈とは?隠語辞典。 (1) ()仏教徒が、釈迦の宗教的一族であるとして、法名の上に姓として付ける語。 ()浄土真宗で、戒名の上に付ける語。 (2)経や論に対し、中国や日本の仏教徒の書いた注釈のこと。 (3)文章・語句.

悶とは。意味や解説。非常な苦しみの形容。立っていることができないほど悶 もだ え苦しんで、転がってはいずり回ること。▽「悶絶」は悶え苦しんで意識を失うこと。苦しんで気絶すること。「

迹門しゃくもん【迹門】とは。意味や解説。天台宗で、法華経28品のうち、序品(じょぼん)から安楽行品までの前半14品の称。

 

 

四海 十年 解兵 ,犬戎 也復臨 咸京

中国、この10年の時代は兵がその武器を緩めて暮らしていくことはなかった。西域の異民族の国々に侵略され、その上都長安まで侵入され、大明宮までも臨まれたのである。

「四海」中國全域、四海。

「十年」755年安史の乱以来の、十年。

「犬戎」ウイグルから吐蕃にかけて、中国の西域にあった、民族邦國名、犬戎。

「咸京」咸陽、長安。

 

 

失道 非關 襄野 ,揚鞭 忽是 胡城

天下の正道に基づかなければいけないことを忘れている、というのも『荘子』がいっている「天下を治めようとせず、日が昇れば襄城の野で気ままに過ごせるように、害するものをとりのぞくことだけする」ということを、危難の時期こそ、智謀が必要とされる時に鞭を振り上げるそれもウイグルという異民族に援軍を頼み、ただち、取り除くべき「害になるもの」を用いたのである。そのためこのように長安の城郭を異民族で一杯にしたのだ。

「出襄野」《莊子》雜篇·卷八中《徐無鬼》に基づく。

黃帝將見大隗乎具茨之山,方明為御,昌驂乘,張若朋前馬,昆閽滑稽後車;至於襄城之野,七聖皆迷,無所問塗。適遇牧馬童子,問塗焉,曰:「若知具茨之山乎?」曰:「然。」「若知大隗之所存乎?」曰:「然。」 黃帝曰:「異哉小童!非徒知具茨之山,又知大隗之所存。請問為天下。」 小童曰:「夫為天下者,亦若此而已矣,又奚事焉!予少而自遊於六合之,予適有瞀病,有長者教予曰:『若乘日之車而遊於襄城之野。』今予病少痊,予又且復遊於六合之外。夫為天下亦若此而已。予又奚事焉!」 黃帝曰:「夫為天下者,則誠非吾子之事。雖然,請問為天下。」

小童辭。黃帝又問。小童曰:「夫為天下者,亦奚以異乎牧馬者哉!亦去其害馬者而已矣!」黃帝再拜稽首,稱天師而退。

 

豺狼 塞路 ,烽火 照夜 縱橫

異民族の暴略は国内を混乱させ、強盗・野盗と化し長安に向かう蜀道を閉鎖し人の行き来を断絶した。烽火は日夜絶えることもなく、屍も、道々に縦横に放置されている。

「豺狼」各地で反乱を起こした者たち、重税に堪えかね逃亡した者たちが山野に住み、農村を襲ったため狼豺という。