広徳二年(七六四)三月、長安も、成都も安定し、加えて、厳武が成都に帰って來る。東・西川節度使の幕府のさんぼうとして、杜工部を杜甫のために開設してくれることとなり、杜甫は妻子をつれて、成都の草堂に戻って来た。草堂は荒れていたが、近所の人々は喜んで彼を迎えてくれた。


2014年2月7日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《東都賦》(31) 文選 賦 賦<113―31>18分割35回 Ⅱ李白に影響を与えた詩1033 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3713
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 278 《遊城南十六首:晚春》 韓愈 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3716 (02/07)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
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廣徳2764-22 《草堂 #1》 ふたたび成都 杜甫<662>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3715 杜甫詩1000-662-937/1500756

 

広徳元年(763)十一月、朝廷居る厳武が、杜甫を京兆功曹に推薦したが、その時、長安が不安定と考え、安定的な江陵に向おうとした。杜甫は、閬州から舟にのって、蜀を出てゆこうと、これをことわった。

広徳二年(七六四)三月、長安も、成都も安定し、加えて、厳武が成都に帰って來る。東・西川節度使の幕府の杜工部を杜甫のために開設してくれることとなり、杜甫は妻子をつれて、成都の草堂に戻って来た。草堂は荒れていたが、近所の人々は喜んで彼を迎えてくれた。もとの犬もよろこんで裾にまといついた。草堂の門に入って、四本の松や、五本の桃の木が、それぞれ生長しているのを見るのも彼をよろこぼせた。彼はここで以前のように静かに耕作して暮らそうと思っていたのだが、厳武は彼を推薦して、節度参謀とし、工部員外部を兼ね、緋魚袋を賜わることになった。

成都の節度使の幕府に移った厳武は、蜀に返ってくると、大いに軍容を盛んにして、九月には吐審七万の兵を破り、当狗城や、塩川城を奪いかえし、西方国境における唐軍の勢いをもり返した。杜甫も詩を作って讃辞を惜しまなかった。厳武も杜甫をいたわり、いつも幕僚と共に宴に招き、韻を分かって詩を作った。

しかし、厳武の好意があればあるほど、幕中の生活は杜甫にとっては楽しいものではなかった。杜甫は、どうしても同僚のものたちと合わないのである。それにまた幕中の生活はかなり忙しく厳しいものであった。毎朝日の出前に役所に入り、世更けて退所するのである。如何に、半官半隠が理想の杜甫にとって他の役人との関係において難しいものであった。

その様子は

遣悶奉呈嚴公二十韻【遣悶奉呈鄭公二十韻】

懷舊

宿府

に見える。

 

 

作時年:764  廣德二年  53

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 

詩題: 草堂 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都、別名:蜀・ 草堂 ・一室、西郭茅舍。 ・劍閣 (劍南道北部 劍州 劍閣)

 

草堂 #1

昔我去草堂,蠻夷塞成都。今我歸草堂,成都適無虞。』

#2

請陳初亂時,反復乃須臾。大將赴朝廷,群小起異圖。

中宵斬白馬,盟歃氣已粗。西取邛南兵,北斷劍閣隅。

#3

布衣數十人,亦擁專城居。其勢不兩大,始聞蕃漢殊。

西卒卻倒戈,賊臣互相誅。焉知肘腋禍,自及梟獍徒。』

#4

義士皆痛憤,紀綱亂相逾。一國實三公,萬人欲為魚。

唱和作威福,孰肯辨無辜。眼前列杻械,背後吹笙竽。

#5

談笑行殺戮,濺血滿長衢。到今用鉞地,風雨聞號呼。

鬼妾與鬼馬,色悲充爾。國家法令在,此又足驚籲。』

#6

賤子且奔走,三年望東。弧矢暗江海,難為遊五湖。

不忍竟舍此,複來薙榛蕪。入門四松在,步屟萬竹疏。

#7

舊犬喜我歸,低徊入衣裾。鄰舍喜我歸,酤酒攜胡蘆。

大官喜我來,遣騎問所須。城郭喜我來,賓客隘村墟。』

#8

天下尚未甯,健兒勝腐儒。飄搖風塵際,何地置老夫。

于時見疣贅,骨髓幸未枯。飲啄愧殘生,食薇不敢餘。』

 

 

#1

昔我去草堂,蠻夷塞成都。

今我歸草堂,成都適無虞。』

むかし、わたしが厳武の送別で梓州まで行くに草堂を去った。その後、たまたま、蛮夷の兵が成都へ帰る道を塞いでしまった。

このたび、わたしが草堂に帰る気になったのは、成都が高適の手によって、まさに平穏なところとなったからである。』

 

昔 我れ草堂を去りしとき、蛮夷 成都を塞ぐ。

今 我れ草堂に帰り、成都 虞【おそ】れ無しに適す。』

 

『草堂』 現代語訳と訳註

(本文) #1

昔我去草堂,蠻夷塞成都。

今我歸草堂,成都適無虞。』

 

(下し文)

(草堂)

昔 我れ草堂を去りしとき、蛮夷 成都を塞ぐ。

今 我れ草堂に帰り、成都 虞【おそ】れ無しに適す。』

 

(現代語訳)

むかし、わたしが厳武の送別で梓州まで行くに草堂を去った。その後、たまたま、蛮夷の兵が成都へ帰る道を塞いでしまった。

このたび、わたしが草堂に帰る気になったのは、成都が高適の手によって、まさに平穏なところとなったからである。』

杏の花01 

 

(訳注) #1

草堂

○草堂 浣花村の草堂。

杜甫が三年ぶりに草堂にもどってきたことをのべた詩。作者は宝応元年夏、厳武が召されて入朝するにつき成都の草堂を離れ綿州にいたった。同年七月に剣南西川兵馬使徐知道が叛き、八月に誅に伏した。当時作者は家族をたずさえて乱を避け梓州に赴いた。其の後、梓・閬の間を往来していたが、広徳二年の春厳武が再び剣南節度使として来任するということをきいて成都へもどってきた。

 

昔我去草堂,蠻夷塞成都。

むかし、わたしが厳武の送別で梓州まで行くに草堂を去った。その後、たまたま、蛮夷の兵が成都へ帰る道を塞いでしまった。

○昔 762年、宝応元年の夏をいう、時に厳武が入朝することになったので杜甫は梓州まで見送りの為草堂を離れた。

○蛮夷 徐知遇は厳武の入朝で後任の高適が成都に入幕する隙をついて、叛乱し、その後、安史の乱の終結の時期に合わせて、吐蕃が隴西に攻め入り、一気に西都から、長安に攻め込んだ。

 

今我歸草堂,成都適無虞。』

このたび、わたしが草堂に帰る気になったのは、成都が高適のてによって、まさに平穏なところとなったからである。』

○適 別の注釈に、たまたまとよませ、偶然にという意味で解釈するものがあるが、まちがい。厳武の成都尹、東・西川節度使赴任に合わせて、完全に平穏になったのを確認して、草堂に帰ったのであって、帰ってみたら偶然にも平穏になっていたというのではない。杜甫は成都が不安定だから梓州、閬州に滞在したのであり、其の地も不安定になりそうであったから、江陵遷都といううわさを信じて安定的な江陵に行こうとしていた。したがって杜甫が「たまたま帰ってみたら」ということはありえないのである。

○無虞 心配ごとがない、平和である、以上は全体についてのべる。


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l   韋諷錄事宅觀曹將軍畫馬圖

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l   奉待嚴大夫

l   奉寄高常侍【寄高三十五大夫】

l   奉寄章十侍御【案:自注:時初罷梓州刺史東川留後,將赴朝廷,章彝初為嚴武判官,後為武所殺。武再鎮蜀,彝已入覲,豈未行而殺之耶?】

l   將赴荊南寄別李劍州

l   奉寄別馬巴州【案:自注:時甫除京兆功曹,在東川。】

l   泛江

l   陪王使君晦日泛江就黃家亭子,二首之一

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l   句,二首之一

l   句,二首之二

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l   玉臺觀【案:自注:滕王造。】

l   滕王亭子

l   玉臺觀

l   渡江

l   將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之一【案:寶應二年,嚴武封鄭國公,復節度劍南。】

l   將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之二【案:寶應二年,嚴武封鄭國公,復節度劍南。】

l   將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之三【案:寶應二年,嚴武封鄭國公,復節度劍南。】

l   將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之四【案:寶應二年,嚴武封鄭國公,復節度劍南。】

l   將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之五【案:寶應二年,嚴武封鄭國公,復節度劍南。】

l   別房太尉墓【案:在閬州。】

l   自閬州領妻子卻赴蜀山行,三首之一

l   自閬州領妻子卻赴蜀山行,三首之二

l   自閬州領妻子卻赴蜀山行,三首之三

l   登樓

l   春歸

l   歸雁

l   贈王二十四侍御契四十韻【案:王契,字佐卿,京兆人。元結有〈送契之西蜀序〉。】

l   寄董卿嘉榮十韻

l   寄司馬山人十二韻

l   黃河,二首之一

l   黃河,二首之二

l   寄李十四員外布十二韻【案:自注:新除司議郎,兼萬州別駕,雖尚伏枕,已聞理裝。】

l   歸來

l   王錄事許修草堂貲不到聊小詰

l   寄邛州崔錄事

l   過故斛斯校書莊,二首之一【案:自注:老儒艱難時,病於庸蜀,歎其沒後方授一官。】【案:《英華》注:「即斛斯融。」】

l   過故斛斯校書莊,二首之二【案:自注:老儒艱難時,病於庸蜀,歎其沒後方授一官。】【案:《英華》注:「即斛斯融。」】

l   立秋雨院中有作【立秋日雨院中有作】

l   奉和嚴大夫軍城早秋

l   院中晚晴懷西郭茅舍

l   到村

l   宿府

l   遣悶奉呈嚴公二十韻【遣悶奉呈鄭公二十韻】

l   送舍弟頻赴齊州,三首之一【送舍弟潁赴齊州,三首之一】【送舍弟穎赴齊州,三首之一】

l   送舍弟頻赴齊州,三首之二【送舍弟潁赴齊州,三首之二】【送舍弟穎赴齊州,三首之二】

l   送舍弟頻赴齊州,三首之三【送舍弟潁赴齊州,三首之三】【送舍弟穎赴齊州,三首之三】

l   嚴鄭公階下新松【案:得霑字。】

l   嚴鄭公宅同詠竹【案:得香字。】

l   奉觀嚴鄭公廳事岷山沱江畫圖十韻【案:得忘字。】

l   晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟【案:得溪字。池在張儀子城。】

l   初冬

l   至後

l   村雨

l   軍中醉飲寄沈八劉叟【案:一作暢當詩。】【案:他集互見。】

l   送司馬入京【案:草堂逸詩拾遺。】

l   收京【收京闕】【案:草堂逸詩拾遺。】

l   巴西聞收宮闕送班司馬入京【案:草堂逸詩拾遺。】

l   陪鄭公秋晚北池臨眺【案:草堂逸詩拾遺。】

l   哭台州鄭司蘇少監【案:草堂逸詩拾遺。】

l   送王侍御往東川放生池祖席【案:草堂逸詩拾遺。】