人の世というものは長い歴史でこの画を見るようなものである。老人になって俗世を去るという伝説の話を空しく聞いて恨みに思うものである。それがここに描かれていて、范蠡は呉を破った後、としおいて小舟に乗って隠遁したし、王子喬は鶴に乗って昇天し、仙人になるに鶴が群れをなしたわけではない。

 

2014年3月27日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李白index- 10 《731年開元十九年31歳 長安、洛陽、嵩陽、河南、安陸と転々とする。》李白詩 全詩<李白index- 10> Ⅰ李白詩1081 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3953
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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《韓愈詩index-15 韓愈 哲学・儒学「五原」》韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <994>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3954
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index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など
孟郊張籍    
●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首
杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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廣徳2764-49 《觀李固請司馬弟山水圖,三首之二》ふたたび成都 杜甫<694> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3955 杜甫詩1000-694-962/150013

 


これまでとこれからの杜甫詩 (14)764年廣徳2年764 杜甫53歳 三月成都へ帰る 100首
#-14764年廣徳2年 杜甫53歳 100首

製作年:764  廣德二年  53 

卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 

詩題: 觀李固請司馬弟山水圖,三首之二 

 

交遊人物/地點: 李固 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)

司馬弟 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)

 

觀李固請司馬弟山水圖,三首之一

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の一)

簡易高人意,匡床竹火爐。

この画の隠君子に意志を込めて寛大で余裕のあるものになっており、ゆったりした寝床台が部屋の真ん中にあり、竹の香炉には火が見える。

寒天留遠客,碧海挂新圖。  

空の部分には寒い空がかかれそこには遠来の旅人がとどまっている。海は青く、東海の仙界に続く滄海であり、新しい画が画き加えられている。

雖對連山好,貪看島孤。  

このようにして仙界の連山が具合よく描かれ、これに対応するかのように画かれているものの、見るからに貧相な絶海の孤島がある。

群仙不愁思,冉冉下蓬壺。  

神仙五山の山々には、愁いを思うことはまったくないのだ。というのも、進んでゆけば蓬莱山の方へ下っていくものであるというものなのだ。
 

觀李固請司馬弟山水圖,三首之二

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の二)

方丈渾連水,天台總映雲。 

神仙の方丈山は蒼海の水の向うに連なっているし、こちらの仙郷の天台山はそのすべてが雲に乗ったように映している。

人間長見畫,老去恨空聞。 

人の世というものは長い歴史でこの画を見るようなものである。老人になって俗世を去るという伝説の話を空しく聞いて恨みに思うものである。

范蠡舟偏小,王喬鶴不群。 

それがここに描かれていて、范蠡は呉を破った後、としおいて小舟に乗って隠遁したし、王子喬は鶴に乗って昇天し、仙人になるに鶴が群れをなしたわけではない。

此生隨萬物,何路出塵氛。 

この世を生きてゆくには万物の成長に逆らわず随って行くことであり、それが何処に向かう道であっても世の俗物の気分の中から抜け出るということなのである。

 

(李固が司馬の弟に請うて山水圖を觀る,三首のに)

方丈 渾【すべ】て水に連り,天台 總て雲に映ず。 

人間【じんかん】長く畫を見,老い去りて空しく聞くを恨む。 

范蠡【はんれい】舟 偏に小く,王喬 鶴 群とせず。 

此の生 萬物の隨い,何れの路にか塵氛を出でん。 

杜甫詩年譜INDEX00 

 

『觀李固請司馬弟山水圖,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

觀李固請司馬弟山水圖,三首之二

方丈渾連水,天台總映雲。 

人間長見畫,老去恨空聞。 

范蠡舟偏小,王喬鶴不群。 

此生隨萬物,何路出塵氛。 

 

(下し文)

(李固が司馬の弟に請うて山水圖を觀る,三首のに)

方丈 渾【すべ】て水に連り,天台 總て雲に映ず。 

人間【じんかん】長く畫を見,老い去りて空しく聞くを恨む。 

范蠡【はんれい】舟 偏に小く,王喬 鶴 群とせず。 

此の生 萬物の隨い,何れの路にか塵氛を出でん。 

 

(現代語訳)

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の二)

神仙の方丈山は蒼海の水の向うに連なっているし、こちらの仙郷の天台山はそのすべてが雲に乗ったように映している。

人の世というものは長い歴史でこの画を見るようなものである。老人になって俗世を去るという伝説の話を空しく聞いて恨みに思うものである。

それがここに描かれていて、范蠡は呉を破った後、としおいて小舟に乗って隠遁したし、王子喬は鶴に乗って昇天し、仙人になるに鶴が群れをなしたわけではない。

この世を生きてゆくには万物の成長に逆らわず随って行くことであり、それが何処に向かう道であっても世の俗物の気分の中から抜け出るということなのである。

成都関連地図 00 

 

(訳注)

觀李固請司馬弟山水圖,三首之二

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の二)

弟は別本では第、題となっており、司馬が題した神仙三山、或は五山を描いた「山水図」について詠ったものである。

 

方丈 連水 ,天台 總映雲

神仙の方丈山は蒼海の水の向うに連なっているし、こちらの仙郷の天台山はそのすべてが雲に乗ったように映している。

・「方丈」三神山;蓬萊、方丈・瀛州を東方の三神山、仙境、方丈。

・「天台」山嶺地名、天台山。江南道教の本山のあるところ。孫綽「遊天台山賦序」に「渉海則有方丈蓬莱、陸則有四明天台」とある。参考として盛唐 孟浩然『尋天台山』「吾友太乙子,餐霞臥赤城。欲尋華頂去,不憚惡溪名。歇馬憑雲宿,揚帆截海行。高高翠微裏,遙見石樑橫。」『舟中曉望』「掛席東南望,青山水國遙。舳艫爭利涉,來往接風潮。問我今何去,天臺訪石橋。坐看霞色曉,疑是赤城標。」『越中逢天臺太乙子』「仙穴逢羽人,停艫向前拜。問余涉風水,何處遠行邁。登陸尋天臺,順流下會。茲山夙所尚,安得問靈怪。上逼青天高,俯臨滄海大。雞鳴見日出,常覿仙人旆。往來赤城中,逍遙白雲外。莓苔異人間,瀑布當空界。福庭長自然,華頂舊稱最。永此從之游,何當濟所屆。

 

人間 長見畫 ,老去 空聞

人の世というものは長い歴史でこの画を見るようなものである。老人になって俗世を去るという伝説の話を空しく聞いて恨みに思うものである。

・「人間」人世之境、人間、人間。

 

范蠡 偏小 ,王喬 不群

それがここに描かれていて、范蠡は呉を破った後、としおいて小舟に乗って隠遁したし、王子喬は鶴に乗って昇天し、仙人になるに鶴が群れをなしたわけではない。

・「范蠡」范蠡は、中国春秋時代の越の政治家、軍人。氏は范、諱は蠡、字は少伯。越王勾践に仕え、勾践を春秋五覇に数えられるまでに押し上げた最大の立役者。美女(西施)献上の策案者であり世話役でもあったが、范蠡は西施と共に小舟に乗り付き従って越を出奔し、余生を暮らしたという説もある。それが絵に描かれている

・「王喬」鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。後漢の蔡邕(さいよう)の〈王子喬碑文〉はいつの時代の人かわからぬという。《列仙伝》は,《国語》や《逸周書》に賢者として見える太子晋に結びつけ,周の霊王の太子の姫晋であるとする。笙の笛を吹くことを好み,鳳凰の鳴声を模することができた。道士の浮丘公に会い,つれられて嵩高山(すうこうざん)に入って仙人となった。魏晋南北朝時代以来,赤松子とならんで古代の仙人の代表とされ,詩文や絵画に登場することが多い。。

 

此生 萬物 ,何路 出塵

この世を生きてゆくには万物の成長に逆らわず随って行くことであり、それが何処に向かう道であっても世の俗物の気分の中から抜け出るということなのである。

・「塵」俗世、人の世。

・「氛」雰囲気、気分。杜甫像0012



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