天子の庭、朝廷には風雲急を告げ厳しい霜にあっていて、梧桐の青葉の後宮にも昼も夜もはなやいだことはなく凋落の様相を呈している。今は古の仁徳と、忠義の封建制度というものは終焉したというのか。どうしてなのだろうか、一人だけでも虞舜の時代の音楽の簫韶九成をきくという、仁徳で施政するということができないのだろうか。


2014年4月3日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
李白index- 17 《738年開元二十六年38歳 孟浩然、元丹邱と遊ぶ》李白詩 全詩<李白index- 17> Ⅰ李白詩1088 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3988
孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表
曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)●古詩十九詩 無名氏(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>
●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
《394柳州羅池廟碑》1段目(#1)-4韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <1001>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3989韓愈詩-271-4
・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首
index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首
index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など
孟郊張籍    
●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ廣徳2年764-56 《有感,五首之四》 ふたたび成都 杜甫<732> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3990 杜甫詩1500-732-969
杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首
杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
      
●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor13-306《浣溪紗八首,其三》顧太尉敻(顧夐【こけい】)五十五首Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-489-13-(306) 花間集 巻第七漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3992
薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5)
魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10)
温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻
毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻
魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻
 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch
杜甫全詩案内韓愈全詩 案内李白全集文選古詩源花間集案内

廣徳2764-56 《有感,五首之四》 ふたたび成都 杜甫<732 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3990 杜甫詩1500-732-969

 

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 有感,五首之四 


有感,五首之一  

(その一は西域のことについて思うことがある)

將帥蒙恩澤,兵戈有年。

郭子儀を筆頭にした大将たちは、天子の慈しみを大いに受けているというのに、戦火はこの年内にもまだまだあるのだ。

至今勞聖主,何以報皇天。

今に至っても聖天子にも苦労が絶えないし、そんなことでは、皇天子にどうやって恩を酬いたらよいというのか。

白骨新交戰,雲臺舊拓邊。

この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。
乘槎斷消息,無處覓張騫。

こんなことではわたしが船筏の乗船して消息を絶ってしまいたいと思うようになるし、西域の情報を的確に知らしめて、大勝利に貢献した張騫のような人物を探し求めてもどこにもいやしないというものだ。

 


(感有り,五首の一)  

將帥 恩澤を蒙り,兵戈 年に有る

今に至り聖主勞し,何を以て 皇天に報ゆ。

白骨 交戰を新たにし,雲臺 拓邊を舊す。

槎に乘じて消息を斷つは,張騫を覓むる處無し。

華山001 


有感,五首之二  

(その二は北域幽州のこと、西と南の地域への政策批判について詠う)

幽薊餘蛇豕,乾坤尚虎狼。

北域幽州・薊州には蛇や豬などであふれた。天上天下はいまだなお虎や狼だらけである。

諸侯春不貢,使者日相望。

その地の諸侯は前年中にしないといけないのに春というのに貢納しないし、租庸使は困って朝廷に報告し援軍や援助を求めても 朝廷からの使者は一日中ただ待ちのぞんでいるのだ。

慎勿吞青海,無勞問越裳。

北西部の青海は吐蕃に侵略されたままで何もしないで慎んでいることはないはずだし、五嶺山脈を越えた南のヴェトナムの異民族に問いかけて講和する努力もしていない。

大君先息戰,歸馬華山陽。  

代宗は今まず、戰が終結して一息ついているところであり、やっと馬でもって華山を越えて、長安に帰ったところだ。

 

(感有り,五首の二)  

幽薊 蛇豕を餘し,乾坤 尚お虎狼あり。

諸侯 春貢がず,使者 日び相い望む。

慎む勿れ青海を吞むを,勞しむ無し 越裳を問うを。

大君 先ず戰を息み,馬を歸すは華山の陽に。  

 

有感,五首之三 

(その三は都を洛陽に移すというが、そのことについて思うことがある)

洛下舟車入,天中貢賦均。

洛陽には水路と陸路を整備して船と車が入れるようにするため、朝廷は納貢賦役をひとしく加重された。

日聞紅粟腐,寒待翠華春。

それなのに日々聞かれるようになるのは実る稲が腐るし寒さが続き緑の花さく春も遅くなった。

莫取金湯固,長令宇宙新。

金城湯池の守りを固めることを取り去ることはいけないし、この天下世界を新しくすることを使命としなければいけないのだ。

不過行儉德,盜賊本王臣。  


倹約と仁徳を行い華美・奢侈の行きすぎをやめ、今はびこる盗賊たちはもともと奢侈と仁徳から漏れた天子の家臣たちだったのだ。

 

(感有り,五首の三) 

洛下 舟車入るに,天中 貢賦均す。

日に聞く 紅粟腐り,寒待す 翠華の春を。

金湯の固を取る莫れ,長く宇宙新たにしましむ。

儉德を行うを過ぎずして,盜賊 本もと王の臣なり。

 

 Ta唐 長安近郊圖  新02

有感,五首之四 

(その四は朝廷のあり方について思うことがある)

丹桂風霜急,青梧日夜凋。

天子の庭、朝廷には風雲急を告げ厳しい霜にあっていて、梧桐の青葉の後宮にも昼も夜もはなやいだことはなく凋落の様相を呈している。

由來強幹地,未有不臣朝。

この地はもともと強い地の利を持っていて国の根幹をなすところなのだ。それなのにいまだに家臣たちで朝廷ウィ立て直すことさえできずにいるのだ。

受鉞親賢往,卑宮制詔遙。

親族や賢臣の者たちが武器を受けたならば朝廷のもとに行かねばならない、今は卑しいものによって宮殿を征圧されており天子の詔もはるかとどかない状態なのだ。

終依古封建,豈獨聽簫韶。

今は古の仁徳と、忠義の封建制度というものは終焉したというのか。どうしてなのだろうか、一人だけでも虞舜の時代の音楽の簫韶九成をきくという、仁徳で施政するということができないのだろうか。

 

有感,五首之四 

丹桂 風霜急なり,青梧 日夜凋む。

強幹の地に由來し,未だ臣朝ならざるに有らず。

鉞を受けて 親賢往き,宮を卑くして詔を制す遙なり。

古の封建に依るを終る,豈に獨り簫韶を聽かん。

 

 

『有感,五首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

有感,五首之四 

丹桂風霜急,青梧日夜凋。由來強幹地,未有不臣朝。

受鉞親賢往,卑宮制詔遙。終依古封建,豈獨聽簫韶。

 

 

(下し文)

有感,五首之四 

丹桂 風霜急なり,青梧 日夜凋む。

強幹の地に由來し,未だ臣朝ならざるに有らず。

鉞を受けて 親賢往き,宮を卑くして詔を制す遙なり。

古の封建に依るを終る,豈に獨り簫韶を聽かん。

 

(現代語訳)

(その四は朝廷のあり方について思うことがある)

天子の庭、朝廷には風雲急を告げ厳しい霜にあっていて、梧桐の青葉の後宮にも昼も夜もはなやいだことはなく凋落の様相を呈している。

この地はもともと強い地の利を持っていて国の根幹をなすところなのだ。それなのにいまだに家臣たちで朝廷ウィ立て直すことさえできずにいるのだ。

親族や賢臣の者たちが武器を受けたならば朝廷のもとに行かねばならない、今は卑しいものによって宮殿を征圧されており天子の詔もはるかとどかない状態なのだ。

今は古の仁徳と、忠義の封建制度というものは終焉したというのか。どうしてなのだろうか、一人だけでも虞舜の時代の音楽の簫韶九成をきくという、仁徳で施政するということができないのだろうか。

唐長安城図

 

(訳注)

有感,五首之四 

(その四は朝廷のあり方について思うことがある)

 

丹桂風霜急,青梧日夜凋。

天子の庭、朝廷には風雲急を告げ厳しい霜にあっていて、梧桐の青葉の後宮にも昼も夜もはなやいだことはなく凋落の様相を呈している。

・青梧 梧桐の青葉の中に天子と皇后が棲む。

 

由來強幹地,未有不臣朝。

この地はもともと強い地の利を持っていて国の根幹をなすところなのだ。それなのにいまだに家臣たちで朝廷ウィ立て直すことさえできずにいるのだ。

 

受鉞親賢往,卑宮制詔遙。

親族や賢臣の者たちが武器を受けたならば朝廷のもとに行かねばならない、今は卑しいものによって宮殿を征圧されており天子の詔もはるかとどかない状態なのだ。

・鉞 中国の殷・周時代を中心として使用された青銅利器で,斧の類の大型のものをいう。首を飛ばす、足に致命的な打撃を加え動けなくするための武器をいう。《説文(せつもん)》では〈戉〉字を使っている。刃巾の狭い細長い「オノ」を斧、刃巾が広く片側がくびれている「オノ」を鉞(まさかり)と呼ぶ。 斧は大きく切斧と割斧とに分けられる。

 

終依古封建,豈獨聽簫韶。

今は古の仁徳と、忠義の封建制度というものは終焉したというのか。どうしてなのだろうか、一人だけでも虞舜の時代の音楽の簫韶九成をきくという、仁徳で施政するということができないのだろうか。

・簫韶 古代虞舜の時代の音楽の簫韶九成をいうが、仁徳で施政するということをいう。三皇五帝の時代に仁徳の施政がなされ、音楽が確立された。帝舜 天下の徳を明らかにする、皆虞舜より始まるということ。

 杜甫像00