(代宗に仁徳が薄いこと、老化した奸臣、宦官に頼らざるを得なくなった天子と朝廷のあり方、心が痛むことばかりである。『傷春五首』の中で最も痛烈な皮肉を述べる。)吐蕃の侵略に加え、また朝廷のなかでは叛乱や裏切りがあってまた乱れた。代宗は陜州にお逃げになられその消息はわかりにくい。

 

2014年4月10日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表
曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>
●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首
index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首
index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など
孟郊張籍    
●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ
杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首
杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
      
●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor
薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5)
魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10)
温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻
毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻
魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻
 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch
杜甫全詩案内韓愈全詩 案内李白全集文選古詩源花間集案内

廣徳2764-63 《 傷春,五首〔四〕 》  杜甫<739> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4025 杜甫詩1500-739-976/250027

 


詩の背景(唐書を抜粋して、この時の情勢解説)

76310月 吐蕃が入寇した時、程元振はすぐには上奏しなかったので、結局は代宗皇帝が慌てふためいて疎開する羽目となった。 代宗皇帝が詔を発して諸道の兵を徴発しても、李光弼らは程元振が居ることを忌み、だれも駆けつけなかった。 中外は歯がみしたが、敢えて口に出す者はいなかった。


 
  まもなく吐蕃軍は長安を陥落した。吐蕃軍は 広武王・李承宏を皇帝に立てて傀儡とした。吐蕃軍は府庫を掠奪、士民は皆、乱を避けて山中や谷間に逃げる者は、数え切れないほどであった。

余りに簡単に陥落したので、吐蕃人は疑り深く、また、長安を占領しているものの吐蕃軍は間延びした形になっていた。ただ唐軍の主力に出くわしておらず、 心に疑念をもっていたのである。計略を恐れていたのである。」


 
  郭子儀は疑兵を用いて敵を退けることにした。郭子儀は一部隊に城外の山上に登らせ、一万以上のたいまつとかがり火をたかせ、太鼓を激しく打たせ、 威勢のある大声をあげさせ、それと同時に騎兵一隊を派遣して四方から出て城下を巡らせ、大軍が迫っている 様子を演出し、 しかも人を派遣して長安城内に潜入させて数百人の少年を誘って、夜中に四方で太鼓を打たせ、大声で、   「郭子儀様がやってきたぞ!唐軍が攻めてきたぞ!」   と叫ばせた。果たして、吐蕃軍は驚き慌てて長安から 急いで西方に撤収していった。


 12月 丁亥の日、吐蕃軍が去ったことを知り、代宗の車駕が陜州を出発し、京師へ戻った。
この時、左丞・顔眞卿は、まず陵廟へ謁してから宮へ帰るよう 代宗皇帝へ請うた。この時の側近、元載は従わないまま宮殿に入った。この元載も、後、裏切る。

楓の花001 


傷春,五首之四

(代宗に仁徳が薄いこと、老化した奸臣、宦官に頼らざるを得なくなった天子と朝廷のあり方、心が痛むことばかりである。『傷春五首』の中で最も痛烈な皮肉を述べる。)

再有朝廷亂,難知消息真。

吐蕃の侵略に加え、また朝廷のなかでは叛乱や裏切りがあってまた乱れた。代宗は陜州にお逃げになられその消息はわかりにくい。近傳王在洛,複道使歸秦。

ちかごろ聞いた話では「吾が君王は洛陽におられるというが、また反復常なきこと張儀のごとき使者(郭子儀)は吐蕃がおさえている秦の地、長安に向い、帰られる道を整えてくれるだろう。
奪馬悲公主,登車泣貴嬪。

吐蕃の侵入のためには、馬をうばわれて悲しんでいる公主(天子の姫宮)もあり、虜にしてつれてゆかれようとして単にのぼらせられて泣く貴嬪もある。

蕭關迷北上,滄海欲東巡。

吾が君王は漢の武帝のように粛関の方へ北行されると迷われ、或はさらに秦の始皇帝のように東方に巡幸しょうとお考えになってほしいと思うのである。

敢料安危體,猶多老大臣。

朝廷は何とこんなにも危なっかしい体制で、その上まだ、老年の大臣が多く居られることだから、かれこれと私がおしはかることは全く意味のないことである。

豈無紹血,沾灑屬車塵。

また、いざ大事という際には晋の恵帝の嵇紹のごとく敵の前に身を捨てておまもりするものがいないのか、御供の車の塵まですぐきれいにしめった布で拭き直しなおし、きめ細やかにお世話をし、御守りするものがいないのであろうか。

 


傷春,五首 〔四〕

再び 朝廷 乱れる有り、知り難し 消息の真なるを。

近ごろ伝う 王 洛に在りと、復た道【い】う 使い秦に帰ると。

奪馬 公主悲しみ、登車 貴嬪を泣かす。

蕭関 北上に迷い、滄海 東巡せんと欲す。

敢て料らんや 安危の体を、猶お多し 老いたる大臣。

豈に紹【けいしょう】の血のごとく、属車の塵に沾灑する無からんや。

 


 


『傷春,五首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

傷春,五首之四

再有朝廷亂,難知消息真。

近傳王在洛,複道使歸秦。

奪馬悲公主,登車泣貴嬪。

蕭關迷北上,滄海欲東巡。

敢料安危體,猶多老大臣。

豈無紹血,沾灑屬車塵。

 


(下し文)

傷春,五首 〔四〕

再び 朝廷 乱れる有り、知り難し 消息の真なるを。

近ごろ伝う 王 洛に在りと、復た道【い】う 使い秦に帰ると。

奪馬 公主悲しみ、登車 貴嬪を泣かす。

蕭関 北上に迷い、滄海 東巡せんと欲す。

敢て料らんや 安危の体を、猶お多し 老いたる大臣。

豈に紹【けいしょう】の血のごとく、属車の塵に沾灑する無からんや。

 


 


(現代語訳)

(代宗に仁徳が薄いこと、老化した奸臣、宦官に頼らざるを得なくなった天子と朝廷のあり方、心が痛むことばかりである。『傷春五首』の中で最も痛烈な皮肉を述べる。)

吐蕃の侵略に加え、また朝廷のなかでは叛乱や裏切りがあってまた乱れた。代宗は陜州にお逃げになられその消息はわかりにくい。

ちかごろ聞いた話では「吾が君王は洛陽におられるというが、また反復常なきこと張儀のごとき使者(郭子儀)は吐蕃がおさえている秦の地、長安に向い、帰られる道を整えてくれるだろう。

吐蕃の侵入のためには、馬をうばわれて悲しんでいる公主(天子の姫宮)もあり、虜にしてつれてゆかれようとして単にのぼらせられて泣く貴嬪もある。

吾が君王は漢の武帝のように粛関の方へ北行されると迷われ、或はさらに秦の始皇帝のように東方に巡幸しょうとお考えになってほしいと思うのである。

朝廷は何とこんなにも危なっかしい体制で、その上まだ、老年の大臣が多く居られることだから、かれこれと私がおしはかることは全く意味のないことである。

また、いざ大事という際には晋の恵帝の嵇紹のごとく敵の前に身を捨てておまもりするものがいないのか、御供の車の塵まですぐきれいにしめった布で拭き直しなおし、きめ細やかにお世話をし、御守りするものがいないのであろうか。

 


傷春五首〔四〕〔原注〕 巴闇僻遠、傷春離、始知春前己収宮閲

(春が来ても心は痛む)

(巴蜀の閬州は僻地の田舎だからこの「傷春」の詩をつくってしまったけれど、そのあとに「やっと春より前(76312月)に代宗が長安の御殿に帰りついたことを知った」というのである。)これは収京の事実を知ってからかきそえた文句なのだ。したがって、詩のなかにはすこしも収京を知ったことにふれていない。○傷春 寿げしきを見て心をいたましめたこと、代宗がお逃げになられたことを悲しんだものである。

○巴閬 巴蜀、閬州をいう。

○傷春罷 この「傷春」の詩をつくりおわったことをいう。

○春前 春より以前に。(76312月)

○収宮闕 長安の宮門をとりかえす。吐蕃は広徳元年十月に長安を陥落させ、十二月に退却した。代宗は十二月に還京されたことをいう。

五首之四

此の第は、代宗に仁徳が薄いこと、老化した奸臣、宦官に頼らざるを得なくなった天子と朝廷のあり方、心が痛むことばかりである。『傷春五首』の中で最も痛烈な皮肉を述べる。)

 


再有朝廷亂,難知消息真。

吐蕃の侵略に加え、また朝廷のなかでは叛乱や裏切りがあってまた乱れた。代宗は陜州にお逃げになられその消息はわかりにくい。

○再有 再とはさきに安禄山の乱、今また吐蕃が侵略、長安が陥落は、朝廷内の内乱、裏切りにより、吐蕃を引き入れ、傀儡の皇帝まで宦官の程元振が首謀者で長安は大パニックになったことをいう。

○消息 代宗が陜州に逃げ、大衆のもとに過信が終結しなくて反撃ができないことまでは分かっているが、洛陽には敵がいないことでどうやら安全ということで洛陽に入られたようだという、実際には、代宗は長安に帰っていた。反撃して長安に帰ったのであれば、歓呼に迎えられ、歸朝を大々的に発信されるのであろうが、逃げ回っているため、発表されなかったもの。

 


近傳王在洛,複道使歸秦。

ちかごろ聞いた話では「吾が君王は洛陽におられるというが、また反復常なきこと張儀のごとき使者(郭子儀)は吐蕃がおさえている秦の地、長安に向い、帰られる道を整えてくれるだろう。

○王在洛 王は代宗。

○洛 洛陽、仇氏は後漢の献帝が洛陽に帰った故事を用いているとしている。代宗は洛陽に入っていない。

○使帰秦 秦は長安のこと。陜州から長安に使いを出して、交渉し、策略で帰京しようとした。

 


奪馬悲公主,登車泣貴嬪。

吐蕃の侵入のためには、馬をうばわれて悲しんでいる公主(天子の姫宮)もあり、虜にしてつれてゆかれようとして単にのぼらせられて泣く貴嬪もある。

○奪馬悲公主 北魂の高歓が晋陽より鍪口に出るとき、道で北郷長公主に逢い、その馬三百匹を尽く奪ってこれを売った。吐蕃が侵入するさい、したときこれに類した行為があったことをいう。侵略を防御すべき涇州刺史の高暉はまもるべきをこともあろうに、これに降り、吐蕃の為に道案内となって深く引き入れたのである。

○登車泣貴嬪 晋の成帝の威和三年五月、蘇唆が迫って天子を石頭城に遷したとき、帝は衷泣して車に乗り、宮中は慟哭した。長安を陥落させた吐蕃軍は 広武王・李承宏を皇帝に立てて傀儡とした。吐蕃軍は府庫を掠奪、士民は皆、乱を避けて山中や谷間に逃げる者が 数え切れないほどであった。そして後宮の貴女・宮女を捕虜にして去ったことをいう。

 


蕭關迷北上,滄海欲東巡。

吾が君王は漢の武帝のように粛関の方へ北行されると迷われ、或はさらに秦の始皇帝のように東方に巡幸しょうとお考えになってほしいと思うのである。

○粛関 関の名、甘粛省平涼府鎮原県の西北にある、漠の武帝は元封四年に確に行幸して五時を弼り、回申の道を通じ、遂に北のかた弄関を出た。代宗を武帝に此する。

○迷北上 北上は北行に同じ、北の地勢がたかいので北上という、迷とはゆくともあてどのないことをいう。

○滄海欲東巡 滄海はひろいうみ、東巡とは始皇帝が天下統一のために東方を巡視したこと。秦の始皇は帝位に即いて三年、東のかた郡県を巡り、雛の嶧山を祠り、また渤海にそって東し、黄・睡を過ぎ、成山の頂を窮め、之芣に登り石を立てて秦の徳を頌した。代宗が始皇のようにしてくれたらいいという希望を述べている。杜甫はできるとは全く思っていない。

 


敢料安危體,猶多老大臣。

朝廷は何とこんなにも危なっかしい体制で、その上まだ、老年の大臣が多く居られることだから、かれこれと私がおしはかることは全く意味のないことである。

○敢料 反語である、おしはかることをせぬという意である。全く意味のないことである。

○安危体 国家の安危のさま。

○老大臣 朝廷にある大臣の年寄り。元気のいいものは宦官を懼れて朝廷に寄りつかなくて、残ったのは意見を述べない、行動できない年寄りばかりであったことをいう。

 


豈無紹血,沾灑屬車塵。

また、いざ大事という際には晋の恵帝の嵇紹のごとく敵の前に身を捨てておまもりするものがいないのか、御供の車の塵まですぐきれいにしめった布で拭き直しなおし、きめ細やかにお世話をし、御守りするものがいないのであろうか。

○豈無 無いことはあるまい、あるだろう。

○嵇紹血 晋の恵帝の時八王の乱あり、「成都王頴、京師に入り丞相となり己にして鄴に還る、東海王越、帝の命を奉じて頴を征す、司馬穎、之を蕩陰に拒ぐ、帝を奉じたる越が軍敗績す、侍中嵇紹、身を以て帝を衛り殺さる、血、帝の衣に濺ぐ、司馬司馬頴、帝を迎えて鄴に入る、左右帝の衣を浣わんと欲す、帝日く、嵇紹侍中が血なり、洗うことなかれと、頴、帝を奉じて洛に還る。」とある。八王の乱(はちおうのらん)とは、中国の王朝晋(西晋)の滅亡のきっかけを作った皇族同士の内乱である。晋により、中国は100年に渡る三国時代に終止符を打って全土が統一されたが、その平和は僅か数十年で崩れ去り、この後中国は隋が統一するまでのおよそ300年にわたり、再び動乱の時代となる。八王の乱の流れはとても複雑であるが、端的に言えば十の事件(クーデター・内戦・市街戦)を総称して八王の乱という。

○沾灑 うるおし、そそぐ。天子の車を汚れてもすぐきれいにしめった布で拭き直しなおすこと。きめ細やかにお世話をし、御守りすること。

○屬車 おとものくるま。

 


杏の花022 


傷春五首(春を傷む)

(春が来ても心は痛む)

〔原注〕 巴闇僻遠、傷春離、始知春前己収宮闕。

(巴蜀の閬州は僻地の田舎だからこの「傷春」の詩をつくってしまったけれど、そのあとに「やっと春より前(76312月)に代宗が長安の御殿に帰りついたことを知った」というのである。)

 


傷春五首〔一〕

〔一〕(代宗が長安から陜州へ逃げたことを悲しんだもの)

天下兵雖滿,春光日自濃。

西京疲百戰,北闕任群凶。

關塞三千里,煙花一萬重。

蒙塵清路急,禦宿且誰供。

殷複前王道,周遷舊國容。

蓬萊足雲氣,應合總從龍。

 


傷春,五首 〔二〕 

(この第二首は家事がままならぬ国事のあり方に傷んだ)

鶯入新年語,花開滿故枝。

天青風卷幔,草碧水通池。

牢落官軍速,蕭條萬事危。

鬢毛元自白,點向來垂。

不是無兄弟,其如有別離。

巴山春色靜,北望轉逶迤。

 


傷春,五首 〔三〕

お守りしなくてはならないものが裏切ったり、逃散して、集結し、一体化して危機にあたらないのを傷ましいと述べる。)

日月還相鬥,星辰屢合圍。

不成誅執法,焉得變危機。

大角纏兵氣,鉤陳出帝畿。

煙塵昏禦道,耆舊把天衣。

行在諸軍闕,來朝大將稀。

賢多隱屠釣,王肯載同歸。

 


傷春,五首 〔

(代宗に仁徳が薄いこと、老化した奸臣、宦官に頼らざるを得なくなった天子と朝廷のあり方、心が痛むことばかりである。『傷春五首』の中で最も痛烈な皮肉を述べる。)

再有朝廷亂,難知消息真。

近傳王在洛,複道使歸秦。

奪馬悲公主,登車泣貴嬪。

蕭關迷北上,滄海欲東巡。

敢料安危體,猶多老大臣。

豈無紹血,沾灑屬車塵。

 


傷春 五首〔五〕(春を傷む 〔五〕)

初東幸,孤兒卻走多。

難分太倉粟,競棄魯陽戈。

胡虜登前殿,王公出禦河。

得無中夜舞,誰憶大風歌。

春色生烽燧,幽人泣薜蘿。

君臣重修德,猶足見時和。

毎日のkanbuniinkai紀頌之5大詩 案内
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 李白
総合案内
李白- 1 《715年》 李白- 2 《718年》 李白- 3 《720年》 李白- 4 《724年》 李白- 5 《725年》 李白- 6《726年》
李白- 7 《728年》 李白- 8 《729年》 李白- 9 《730年》 李白10 《731年》 李白11 《732年》 李白12《733年》
李白13《734年》 李白14《735年》 李白15《736年》 李白16《737年》 李白17《738年》 李白18《739年》
李白19《740年》 李白20《741年》 李白21《742年》 李白22《743年》 李白23《744年》 李白24《745年》
李白25《746年》 李白26《747年》 李白27《748年》 李白28《749年》 李白29《750年》 李白30《751年》
李白31《752年》 李白32《753年》 李白33《754年》 李白34《755年》 李白35《756年》 李白36《757年》
李白37《758年》 李白38《759年》 李白39《760年》 李白40《761年》 李白41《762年》 李白42《年次不編》
孟浩然 詩 index 李白詩index 謝霊運 詩 index 司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》 揚雄 《 甘泉賦 》  ●諸葛亮(孔明)出師表
曹植(曹子建)詩 65首 index 文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固) ●古詩十九詩 無名氏 (1)漁父辞 屈原 『楚辞・九歌』東君 屈原 《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内>
 
●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoor
・李商隠詩 (1) 136首の75首 ・李商隠詩 (2) 135首の61首   韓愈
総合案内
孟郊 張籍 ●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首 ●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首 ●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首 ●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首
index-5 806年39歳 50首の(2)25首 index-6[807年~809年 42歳]20首 index-7[810年~811年 44歳] 34首 index-8 [812年~814年47歳]46首 index-9[815年~816年 49歳] 57首 index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首
index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首 index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首 index-13 821年~822年 55歳 22首 index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首 韓愈 哲学・儒学「五原」 賦・散文・上奏文・碑文など
 
●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoor 秦州抒情詩集・紀行集 成都草堂ロマン 漂泊詩集 杜 甫
総合案内
杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首
杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首
 
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載  ●特集  
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2 中國詩人の概要 文選(詩) 文選(賦)  
総合案内
韓愈の「孟郊(孟東野)」について 韓愈「季節の詩80首選定〔未掲載分含む〕」について 韓愈『新題二十一詠』と王維『輞川集』 韓愈『淮西を平らぐの碑』について 韓愈『琴操十首』について 韓愈哲学『論佛骨表』
 
●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 中國の  女性詩人 古詩源 玉台新詠 花間集全十巻
総合案内
薛濤の全詩 花間集(1) 花間集(2) 花間集(3) 花間集(4) 花間集(5)
魚玄機全詩 ●花間集(6) ●花間集(7) ●花間集(8) ●花間集(9) ●花間集(10)
温庭筠66首 花間集1・2巻 皇甫松11首 花間集二巻 韋莊47首 花間集二巻 薛昭蘊19首 花間集三巻 牛嶠31首 花間集三・四巻 張泌27首 花間集四巻
毛文錫31首 花間集5巻 牛希濟11首 花間集5巻 欧陽烱17首 花間集5・6巻 和凝20首 花間集6巻 顧夐56首 花間集6・7巻 孫光憲47首 花間集7・8巻
魏承班15首 花間集8・9巻 鹿虔扆6首 花間集9巻 閻選8首 花間集9巻 尹鶚6首 花間集9巻 毛熙震29首 花間集9・10巻 李珣39首 花間集10巻