貴方が朝廷にあがったとしてしめやかにゆったりとした調子で天子が「山野に隠遁しているものがおるか」とお尋ねになっても「江漢(巴蜀)の地に釣り糸をたれているもの(杜甫のこと)がおります」などと言ってはなりません。

  

蜀中転々圖

        
 2014年4月14日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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廣徳2764-67 《奉寄章十侍御》 ふたたび成都 杜甫<743 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4045 杜甫詩1500-743-980

 
製作年:  764  廣德二年  53

卷別: 卷二二八  文體: 七言律詩 

詩題: 奉寄章十侍御

自注:時初罷梓州刺史東川留後,將赴朝廷,章彝初為嚴武判官,後為武所殺。武再鎮蜀,彝已入覲,豈未行而殺之耶? 

及地點:  揚州 (淮南道 揚州 揚州) 別名:廣陵、淮南、淮海   ・河 (都畿道 懷州 )     

交遊人物: 章彝

地點:書信往來(山南西道 閬州 閬州)

 

 

奉寄章十侍御

(章彝に寄せ奉る)
〔時初罷梓州刺史東川留後,將赴朝廷,章彝初為嚴武判官,後為武所殺。武再鎮蜀,彝已入覲,豈未行而殺之耶?〕

(此の時、初めて梓州刺史と東川節度使留守居役をやめ、朝廷に向かうという。又この時初めて厳武判官と出会う、後に厳武は幕府でその役目を殺されていたが、蜀を再び鎮圧したが、章彝はこの時やる気をなくしていた、しかし、どういうわけか殺害するのだがこの期はそういうことにはならなかった。)

淮海維揚一俊人,金章紫綬照青春。 

あなたは淮海の揚州府の出身の者の中で飛び切りの一番すぐれた人であり、腰に佩びる金紫綬は晴れやかなこの春の日を照らしている。

指麾能事迴天地,訓練強兵動鬼神。 

あなたは天子の兵卒を指揮する能力が大いにあるということは天地をも廻旋するようであるとしている。その強兵を訓練する力は鬼神を冴え充分に動かすものである。

湘西不得歸關羽,猶宜借寇恂 

湘西という重要地点は関羽ともいうべき章彝殿の手にはかかることはできなくなるという、河内というこの地に漢の寇恂のような人である章彝殿を借りなくてよいのだ。

朝覲從容問幽仄,勿云江漢有垂綸。 

貴方が朝廷にあがったとしてしめやかにゆったりとした調子で天子が「山野に隠遁しているものがおるか」とお尋ねになっても「江漢(巴蜀)の地に釣り糸をたれているもの(杜甫のこと)がおります」などと言ってはなりません。 

章十侍御に寄せ奉る

〔時に初めて梓州刺史東川留後を罷め,將に朝廷に赴かんとす,章彝 初めて嚴武判官と為し,後 武 所殺と為す。武再び蜀を鎮め,彝 已に覲【きん】に入り,豈に未だ行きて之を殺さんや?〕

淮海【わいかい】維揚【いよう】一俊の人,金章 紫綬 青春を照らす。 

能事を指麾【しぼう】して天地を迴り,強兵を訓練して鬼神を動す。 

湘西【しょうさい】關羽に歸すを得ず,河 猶お宜しく寇恂【こうじゅん】を借るべし。 

朝覲【ちょうきん】從容【じゅうよう】幽仄【ゆうそく】を問うも,勿云れ 「江漢に垂綸有り」と。 

 

 

『奉寄章十侍御』現代語訳と訳註

(本文)

奉寄章十侍御

〔時初罷梓州刺史東川留後,將赴朝廷,章彝初為嚴武判官,後為武所殺。武再鎮蜀,彝已入覲,豈未行而殺之耶?〕

淮海維揚一俊人,金章紫綬照青春。 

指麾能事迴天地,訓練強兵動鬼神。 

湘西不得歸關羽,河猶宜借寇恂。 

朝覲從容問幽仄,勿云江漢有垂綸。 

 

 

(下し文)

章十侍御に寄せ奉る

〔時に初めて梓州刺史東川留後を罷め,將に朝廷に赴かんとす,章彝 初めて嚴武判官と為し,後 武 所殺と為す。武再び蜀を鎮め,彝 已に覲【きん】に入り,豈に未だ行きて之を殺さんや?〕

淮海【わいかい】維揚【いよう】一俊の人,金章 紫綬 青春を照らす。 

能事を指麾【しぼう】して天地を迴り,強兵を訓練して鬼神を動す。 

湘西【しょうさい】關羽に歸すを得ず,河 猶お宜しく寇恂【こうじゅん】を借るべし。 

朝覲【ちょうきん】從容【じゅうよう】幽仄【ゆうそく】を問うも,勿云れ 「江漢に垂綸有り」と。 

 

(現代語訳)

(章彝に寄せ奉る)

(此の時、初めて梓州刺史と東川節度使留守居役をやめ、朝廷に向かうという。又この時初めて厳武判官と出会う、後に厳武は幕府でその役目を殺されていたが、蜀を再び鎮圧したが、章彝はこの時やる気をなくしていた、しかし、どういうわけか殺害するのだがこの期はそういうことにはならなかった。)

あなたは淮海の揚州府の出身の者の中で飛び切りの一番すぐれた人であり、腰に佩びる金紫綬は晴れやかなこの春の日を照らしている。

あなたは天子の兵卒を指揮する能力が大いにあるということは天地をも廻旋するようであるとしている。その強兵を訓練する力は鬼神を冴え充分に動かすものである。

湘西という重要地点は関羽ともいうべき章彝殿の手にはかかることはできなくなるという、河内というこの地に漢の寇恂のような人である章彝殿を借りなくてよいのだ。

貴方が朝廷にあがったとしてしめやかにゆったりとした調子で天子が「山野に隠遁しているものがおるか」とお尋ねになっても「江漢(巴蜀)の地に釣り糸をたれているもの(杜甫のこと)がおります」などと言ってはなりません。

 

 yuugure02

(訳注)

奉寄章十侍御

(章彝に寄せ奉る)

〔時初罷梓州刺史東川留後,將赴朝廷,章彝初為嚴武判官,後為武所殺。武再鎮蜀,彝已入覲,豈未行而殺之耶?〕

(此の時、初めて梓州刺史と東川節度使留守居役をやめ、朝廷に向かうという。又この時初めて厳武判官と出会う、後に厳武は幕府でその役目を殺されていたが、蜀を再び鎮圧したが、章彝はこの時やる気をなくしていた、しかし、どういうわけか殺害するのだがこの期はそういうことにはならなかった。)

○梓州の刺史で東川節度使の留守薬で、侍御史の職を帯びる章彝【しょうい】が刺史と留守居役をやめ、朝廷に向かうというので、章彝の功績をたたえ、別れを惜しみ、合わせて杜甫自身を朝廷に推薦をしないように頼み寄せる詩である。閬州から梓州へ送ったもの早春のことである。

 

 

杜甫の交友「章彝」(章留後)

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#1  

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#2

659 《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#1  

659 《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#2  

659 《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <564-#3

659 《將適楚留別章使君留後兼幕府諸公得柳字》 蜀中転々 杜甫 <565

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#1>

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#2>

660 《山寺〔自注:得開字,章留後同遊。〕》 蜀中転々 杜甫 <566-#3>

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#1>

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#2> 

662 《桃竹杖引贈章留後》 蜀中転々 杜甫 <568-#3>

692 《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》#1 蜀中転々 杜甫 <598

692 《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》 蜀中転々 杜甫 <599

701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608

706 《章梓州橘亭餞成都竇少尹〔章使君橘亭餞成都竇少尹〕〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <613

735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642

 

 

淮海 維揚 俊人 ,金章 紫綬 青春

あなたは淮海の揚州府の出身の者の中で飛び切りの一番すぐれた人であり、腰に佩びる金紫綬は晴れやかなこの春の日を照らしている。

「淮海維揚」江蘇省、揚州府。章彝はこの地の出身者。

「一俊人」人材千人の中で一番の優れたものをいう。

「金章紫綬」黄金の印、それに掛ける紫の紐。高級官僚の服、

絲帛服飾、衣冠腰帶、綬などをいう。

「青春」青春。 五行思想でどちらも春をいう、盛春のこと。

 

指麾 能事 天地 ,訓練 強兵 動鬼神

あなたは天子の兵卒を指揮する能力が大いにあるということは天地をも廻旋するようであるとしている。その強兵を訓練する力は鬼神を冴え充分に動かすものである。

「指麾能事」兵卒を指揮する能力が大いにあるということ。

「迴天地」天地をも廻旋する力が備わっているようである。

 

湘西 不得 關羽 ,河 猶宜借 寇恂

湘西という重要地点は関羽ともいうべき章彝殿の手にはかかることはできなくなるという、河内というこの地に漢の寇恂のような人である章彝殿を借りなくてよいのだ。

「湘西」梓州のこと。

「歸」手にはかかること。

「關羽」三國蜀のひと。

「河」行政地名、河という重要地点

「借」語義類別:人、行為動作、一般行為(人部)、借。

「寇恂」寇 恂(こう じゅん、? - 建武12年(36年))は、後漢初期の武将、政治家である。字は子翼。上谷郡・昌平県(現在の北京市昌平区)の人(『後漢書』列伝6・本伝)。爵位は雍奴侯。諡号は威侯。光武帝の功臣であり、河内郡太守、潁川郡太守、汝南郡太守、執金吾などを歴任した。「雲台二十八将」の第5位に序せられる(『後漢書』列伝12)。漢の寇恂。寇恂あざなは子翼、上谷昌平の人で、代々の名家である。光武帝の時、寇恂は河内太守を拝命し、大将軍の仕事を代行している。寇恂は経に明るく行いは修まり、名は朝廷で重きをなし、得た秩奉は厚く朋友、胡人及び従っていた吏士に施した。

 

朝覲 從容 幽仄 ,勿云 江漢 垂綸

貴方が朝廷にあがったとしてしめやかにゆったりとした調子で天子が「山野に隠遁しているものがおるか」とお尋ねになっても「江漢(巴蜀)の地に釣り糸をたれているもの(杜甫のこと)がおります」などと言ってはなりません。

「朝覲」朝も覲も天子に見えること。朝は春に参朝することで覲は秋にまみえること。

「從容」ここは能力のあるものという意。

「幽仄」山野に隠遁しているもの、隱士。

「江漢」地名合稱、長江、と漢水。

「垂綸」太公望のように隠遁して川に釣り糸を垂れている人物、隱士をいう。