滕王亭子二首其二 杜甫≫ここに至る春の山の路はひっそりとしている。そこには膝王君はふたたびおでかけにはならないだろう。しかし古い牆にはいまだにむかしながらの竹の色がみえる、だれも居ない閣にはひとりでに松風の音がひびいている。


        
 2014年4月29日の紀頌之5つのブログ 
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製作年:  764  廣德二年  53

卷別:巻十三 卷二二八  文體: 七言律詩 

詩題:滕王亭子

作地點:目前尚無資料 

及地點:  滕王亭子 (山南西道 閬州 閬州)   巴山 (山南西道 峽州 巴山

【自注:亭在玉臺觀。王,高宗調露年中,任閬州刺史。】

杏の白花012 

 

滕王亭子膝王に弔古の意を写した。)

(滕王のたてた亭にあそんでいにしえのことを思ったことを述べる。)

〔亭在玉臺觀王,高宗調露年中,任閬州刺史。王曾典此州。〕

〔この亭は道教の玉臺觀のに建てられている。滕王は高宗の治世の調露年間に閬州刺史ににんぜられている。滕王はかつてこの州をつかさどる。〕

君王台榭枕巴山,萬丈丹梯尚可攀。

膝王君のお築きになった台樹は閬州城北の山にさしかかってたっている、そこは今も万丈の丹梯をつたってよじることができる。

春日鶯啼修竹裏,仙家犬吠白雲間。

のぼってみれば春日であって、鶯が背の高い竹林のなかで鳴いており、仙郷の家で藥皿を舐めた犬が吠えて雲間に昇天しつつある。

清江錦石傷心麗,嫩蕊濃花滿目班。

水清き嘉陵江辺の錦石はうるわしいがそれをみると心が傷んでくる、そして、みずみずしい花蕊をもった濃い色の花が眼にうつり、みるかぎりまだら模様をなして咲いている。

人到於今歌出牧,來遊此地不知還。

今日にいたるもこの州の人民は「王がこの州を支配しておられたころには、この地(玉台山)へ遊びにこられておかえりになることをも知らずにおられた」ということを歌にいいあらわしている。

 

(滕王の亭子)

〔亭は玉臺觀の。王,高宗の調露年中に,閬州刺史に任ぜらる。〕

君王の台樹 巴山に枕し、万丈の丹梯 尚お 攀ず可し。

春日 鶯啼く 修竹の裏、仙家 犬吠ゆ 白雲の間。

清江の錦石 傷心麗わしく、嫩蕊の濃花 満目 斑なり。

人今に到るも出牧せしとき、「此の地に来遊して還るを知らざりき」と歌う。

 

滕王亭子二首其二 前作とおなじく弔古の意を写した。

(滕王のたてた亭にあそんでいにしえのことを思ったことを述べる。その二)

寂寞春山路,君王不復行。

ここに至る春の山の路はひっそりとしている。そこには膝王君はふたたびおでかけにはならないだろう。

古牆猶竹色,閣自松聲。

しかし古い牆にはいまだにむかしながらの竹の色がみえる、だれも居ない閣にはひとりでに松風の音がひびいている。

鳥雀荒村暮,雲霞過客情。

ここ荒れた村も夕ぐれになると鳥や雀が啼きさわいでいる、この夕ばえの雲霞がひろがっていると誰もが旅人の感情になって通り過ぎるだろう。

尚思歌吹入,千騎把霓旌。

いまさえ、なお、むかし王が、「千騎の兵が虹色の旗をかかげつつ」という曲を歌と吹奏楽を奏でてこの亭にはいってこられるだろうとしのばれるのである。

(滕王亭子二首其の二)

寂寞たり春山の路、君王復た行かず。

古牆 猶お竹色、虚閣 自ずから松声。

鳥雀 荒村の暮、雲霞 過客の情。

尚お 思う歌吹入りて、「千騎 霓旌を把ませしこと」を。

蜀中転々圖 

『滕王亭子二首其二』 現代語訳と訳註

(本文)

滕王亭子二首其二

寂寞春山路,君王不復行。

古牆猶竹色,虛閣自松聲。

鳥雀荒村暮,雲霞過客情。

尚思歌吹入,千騎把霓旌。

 

(下し文)

(滕王亭子二首其の二)

寂寞たり春山の路、君王復た行かず。

古牆 猶お竹色、虚閣 自ずから松声。

鳥雀 荒村の暮、雲霞 過客の情。

尚お 思う歌吹入りて、千騎 霓旌を把ませしことを。

 

(現代語訳)

(滕王のたてた亭にあそんでいにしえのことを思ったことを述べる。その二)

ここに至る春の山の路はひっそりとしている。そこには膝王君はふたたびおでかけにはならないだろう。

しかし古い牆にはいまだにむかしながらの竹の色がみえる、だれも居ない閣にはひとりでに松風の音がひびいている。

ここ荒れた村も夕ぐれになると鳥や雀が啼きさわいでいる、この夕ばえの雲霞がひろがっていると誰もが旅人の感情になって通り過ぎるだろう。

いまさえなおむかし王が、「千騎の兵が虹色の旗をかかげつつ」という曲を歌と吹奏楽を奏でてこの亭にはいってこられるだろうとしのばれるのである。

 

(訳注)

滕王亭子二首其二

(滕王のたてた亭にあそんでいにしえのことを思ったことを述べる。その二)

〔亭在玉臺觀。王,高宗調露年中,任閬州刺史。王曾典此州。〕

〔この亭は道教の玉臺觀のに建てられている。滕王は高宗の治世の調露年間に閬州刺史ににんぜられている。滕王はかつてこの州をつかさどる。〕

○滕王 名は元嬰、高祖二十二子、調露年間に寿州の刺史より隆州の刺史に移った、隆州は後に先天二年に玄宗の諱(隆基)を避けて閬州と改められた。

○玉臺觀 閬州城北七里玉臺山にある道教の寺観。同時期に玉臺觀という詩がある。

○調露(ちょうろ)は、唐の高宗李治の治世に使用された元号。679 - 680年。

○典 つかさどる、州の長官である刺史に任ぜられたことをいう。

 

寂寞春山路,君王不復行。

ここに至る春の山の路はひっそりとしている。そこには膝王君はふたたびおでかけにはならないだろう。

○君王 膝王。

 

古牆猶竹色,虛閣自松聲。

しかし古い牆にはいまだにむかしながらの竹の色がみえる、だれも居ない閣にはひとりでに松風の音がひびいている。

○虚閣 人のいない小閣。

 

鳥雀荒村暮,雲霞過客情。

ここ荒れた村も夕ぐれになると鳥や雀が啼きさわいでいる、この夕ばえの雲霞がひろがっていると誰もが旅人の感情になって通り過ぎるだろう。

○鳥雀 その声をいう。

○雲霞 その色をいう。

○過客 暗に自己をいう。

 

尚思歌吹入,千騎把霓旌。

いまさえなおむかし王が、「千騎の兵が虹色の旗をかかげつつ」という曲を歌と吹奏楽を奏でてこの亭にはいってこられるだろうとしのばれるのである。

○歌吹 歌の声、吹奏するものの声、この句は鳥雀より連想する。

○沸 かかえる。

○霓旌 にじのような色彩のはた、この句は雲霞より連想する。


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