わたくしはこのような理不尽な朝廷が何もしない事態で哀哭しつくすべきところがどこであるのかよくわかっている、旅客の身となっているからその場所(陸渾)で正規の葬儀で正規に哭することはできずに終わるのではあるまいかと恐れている。

        
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ永泰元年764-97-7 《承聞故房相公靈櫬,自閬州啟殯歸葬東都有作,二首之二》 杜甫index-14 764年(丹旐飛飛日) 杜甫<856> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4225 杜甫詩1500-856-1016/250054 
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承聞故房相公靈櫬自閬州殯歸葬東都有作 二首

いまはなくなった宰相房琯公の霊枢が閬州より仮り埋めからだして洛陽の方へ帰葬されるということをきいてよんだ詩。

Index-15

765年永泰元年 杜甫54歳 63

855

 

承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之一

遠聞房太守,

856

 

承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之二

丹旐飛飛日,

製作年:765  永泰元年  54

卷別: 巻十四 卷二二九  文體: 五言律詩 

詩題: 承聞故房相公靈櫬,自閬州殯歸葬東都有作,二首之二 

作地點: 雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安

及地點:  閬州 (山南西道 閬州 閬州) 別名:閬、巴城     

東都 (都畿道 河南府 東都) 別名:東京     

陸渾山 (都畿道 河南府 陸渾) 別名:方山 

 

 

承聞故房相公靈櫬自閬州殯歸葬東都有作 二首

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首の一)

 

其一  

(以前宰相であった房琯公の仮埋葬していたのを東都洛陽に還されるということを耳に致したのでこの詩を作った。)

遠聞房太守,歸葬陸渾山。

はるかに聞くところによると大尉房公はご自身が若いころ10年もの間勉強された故郷の陸渾山へ帰葬されることのようだ。

一德興王后,孤魂久客間。

房琯公は中興の天子の後にあたって不易の一徳をいだいてはいるものの流寓諸客のあいだにさびしい魂を迷わせておられた。

孔明多故事,安石竟崇班。

房琯公は諸葛孔明のようにいろいろの故事をもっておられる、謝安石のようにとうとう死後にその位を高められるというようにおなりになった。

他日嘉陵涕,仍霑楚水還。

自分はいつぞやお墓におわかれをするとき嘉陵江に涙をそそいだことであったが、いままたその涙が楚地の水をうるおしてゆくことになった。

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首 其の一

房大尉の 陸渾の山に帰葬すと遠く聞く。

一徳は興王の后なり、孤魂は久客の間にあり。

孔明は故事多く、安石は 竟に崇班なり。

他日 嘉陵の涙、仍お楚水を霑して還らんとす。

 

其二

(以前宰相であった房琯公の仮埋葬していたのを東都洛陽に還されるということを耳に致したのでこの詩を作った。)その2

丹旐飛飛日,初傳發閬州。

あなたの姓名を記したはたがひらひらとひるがえる時、そのはたがこのごろやっと閬州から出発したと伝え聞いた。

風塵終不解,江漢忽同流。

兵馬の塵はあくまで解決することにはなっていないし、あなたと江漢の流れを同じくして舟をうかべることは不思議な御縁であると考えるところだ。

劍動新身匣,書歸故國樓。

今回運ばれる新しいお棺のなかには故房琯公の身にはあなたが使っていた剣がうごきだそうとしている。あなたの書物は故郷の楼にかえるのである。

盡哀知有處,為客恐長休。

わたくしはこのような理不尽な朝廷が何もしない事態で哀哭しつくすべきところがどこであるのかよくわかっている、旅客の身となっているからその場所(陸渾)で正規の葬儀で正規に哭することはできずに終わるのではあるまいかと恐れている。

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首 其の二)

丹旐【たんちょう】 飛飛たる日、初めて 閬州を発すと伝う。

風塵 終に解けず、江漢 忽ち流れを同じくす。

剣は動く 親身の匣、書は帰る故国の楼。

尽哀すべき 処有りるを知り、客と為って恐らくは長く休せん。

 

蜀中転々圖 

 

承聞故房相公靈櫬自閬州殯歸葬東都有作 二首 其二』 現代語訳と訳註

(本文)

其二   

丹旐飛飛日,初傳發閬州。

風塵終不解,江漢忽同流。

劍動新身匣,書歸故國樓。

盡哀知有處,為客恐長休。

 

(下し文)

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首 其の二)

丹旐【たんちょう】 飛飛たる日、初めて 閬州を発すと伝う。

風塵 終に解けず、江漢 忽ち流れを同じくす。

剣は動く 親身の匣、書は帰る故国の楼。

尽哀すべき 処有りるを知り、客と為って恐らくは長く休せん。

 

(現代語訳)

(以前宰相であった房琯公の仮埋葬していたのを東都洛陽に還されるということを耳に致したのでこの詩を作った。)その2

あなたの姓名を記したはたがひらひらとひるがえる時、そのはたがこのごろやっと閬州から出発したと伝え聞いた。

兵馬の塵はあくまで解決することにはなっていないし、あなたと江漢の流れを同じくして舟をうかべることは不思議な御縁であると考えるところだ。

今回運ばれる新しいお棺のなかには故房琯公の身にはあなたが使っていた剣がうごきだそうとしている。あなたの書物は故郷の楼にかえるのである。

わたくしはこのような理不尽な朝廷が何もしない事態で哀哭しつくすべきところがどこであるのかよくわかっている、旅客の身となっているからその場所(陸渾)で正規の葬儀で正規に哭することはできずに終わるのではあるまいかと恐れている。

 

杜甫詩年譜INDEX00 

(訳注)

承聞故房相公靈櫬自閬州殯歸葬東都有作 二首 其二

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首の二)

(以前宰相であった房琯公の仮埋葬していたのを東都洛陽に還されるということを耳に致したのでこの詩を作った。)

(2)この第二首は洛陽陸渾に帰って哭そうと欲することをいう。

 

丹旐飛飛日,初傳發閬州。

あなたの姓名を記したはたがひらひらとひるがえる時、そのはたがこのごろやっと閬州から出発したと伝え聞いた。

○丹旐 銘旐、これは死者の姓名を記したはたをいう。のぼりのような場合もあり。

 

風塵終不解,江漢忽同流。

兵馬の塵はあくまで解決することにはなっていないし、あなたと江漢の流れを同じくして舟をうかべることは不思議な御縁であると考えるところだ。

○風塵 兵馬の塵。

○江漢 江は長江、漢は西漢水、すなわち嘉陵江。

○同流 房琯の枢舟と杜甫自身の舟とが同じ流れにうかぶことをいう。

 

劍動新身匣,書歸故國樓。

今回運ばれる新しいお棺のなかには故房琯公の身にはあなたが使っていた剣がうごきだそうとしている。あなたの書物は故郷の楼にかえるのである。

○剣動 房公の霊、兵乱を平らげようと欲するかのごとくであることをいう。

○新身匣 匣は剣を入れた新しいはこ、身とは公の屍のことをいう。

○書 書籍、公の愛読したもの。この二句は房琯の二つの実績、一つは剣で、二つは書ということ。

○故国 故郷の河南をいう。

 

盡哀知有處,為客恐長休。

わたくしはこのような理不尽な朝廷が何もしない事態で哀哭しつくすべきところがどこであるのかよくわかっている、旅客の身となっているからその場所(陸渾)で正規の葬儀で正規に哭することはできずに終わるのではあるまいかと恐れている。

○尽哀 一哀を尽くして哭すること。一哀は、「礼記」の檀弓上、曾子問篇にみえる。

○有処 処とは陸津山の公の墓地をさすが、杜甫がわざわざなく場所があるといっているのは、朝廷が763年寶應二年四月特進・刑部尚書に拝されており、たしかに途中で病にかかり、763年廣徳元年八月(宝応二年七月広徳と改元)閬州の僧舎に卒したとはいえ、本葬儀に対して朝廷がかかわるべきである。太尉を贈られたのであれば朝廷がかかわる必要があるということをいうのである。作者の旧荘もまた陸渾にあるゆえに陸渾の地と解するのは単純すぎる。763年廣徳元年1501 《祭故相國清河房公文-(1) 杜甫index-13 763年祭故相國清河房公文-(1) 杜甫<765 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4155 杜甫詩1500-765-1002/2500

を全13回にわたって通訳しているので参照されたい。

○長休 休は休止である、『禮記』五経典に『易経』『書経』『詩経』『儀礼』『春秋』がある。そのなかの『儀礼(ぎらい)』は古代中国の官吏階級の通過儀礼である、冠礼、婚礼、喪礼、外交儀礼などを細かく規定したもので、中国の文化の規範としての役割を担ってきたのであること、したがってここで哭せんと欲することが『儀礼』にのとったものでなければ泛ばれないというものである。そのまま哭することを得ずしてやむことをいう。房琯の名誉の為にも朝廷は再考ねがいたいということを思っているのだ。

 

(故房相公靈櫬,閬州より殯をき 東都に歸葬すと承聞して作有り,二首 其の二)

丹旐【たんちょう】 飛飛たる日、初めて 閬州を発すと伝う。

風塵 終に解けず、江漢 忽ち流れを同じくす。

剣は動く 親身の匣、書は帰る故国の楼。

尽哀すべき 処有りるを知り、客と為って恐らくは長く休せん

陸渾は下の図の C-7 の位置である。
 

 河南省中南部 陸渾00