あなたの来任のため此の地方に揖譲の美風が行なわれるようになるならば、留守にしている吾が草堂の松や竹がながなが荒れ果てていることなどは取り立てていうに及ばぬことで、どうでもよいのだ。


廣徳2764-89 《將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之一》 杜甫index-14 764年將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之一 杜甫<761> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4390 杜甫詩1500-761-1049/2500

 

 

廣徳2764-89

將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之一

〔寶應二年春,嚴武封鄭國公,復節度劍南。〕

杜甫index-14

 

宝応2年        764年春 52

これまでの整理

 

1) 梓州に身を寄せていた宝応元年(762)の七月から一年九か月ほどのあいだ、杜甫は涪江沿いの城市を生活の資を得るため歩きまわり、売文の生活。

 

2) 広徳元年(763)の晩秋頃、杜甫は厳武公の推薦で京兆府の功曹参軍を任ずる辞令を受けが、それを辞退する。

3) 広徳元年(763)の暮に、杜甫は梓州で州刺史らの盛大に見送られて荊州に向け旅立とうとする。

4) 広徳二年の初春に妻子を伴なって閬州(四川省閬中県)に移る。閬州(ろうしゅう)は嘉陵江の渡津で、ここから船出して長江に出、江陵けいゆで、故郷洛陽にもどる予定だった。ところが杜甫は厳武が再び、成都尹、西川節度使に赴任するということで、出発をとどまる

5)厳武公が再び剣南両川節度使兼成都尹になって、成都に赴任してくるということになったので、成都にもどることにした。

 

 

(成都に赴くに至った次第をのべている。

将赴成都草堂途中有作先寄厳鄭公 五首其一

得歸茅屋赴成都,直為文翁再剖符。

但使閭閻還揖讓,敢論松竹久荒蕪。

魚知丙穴由來美,酒憶郫筒不用酤。

五馬舊曾諳小徑,幾回書待潛夫。

(留守にしていた成都の草堂に赴こうとしている時にこの詩ができたので、予め厳鄭公に寄せた五首のその一)

自分がこのたび成都に赴き茅屋にかえることのできるのは、漢の文翁に此すべきあなたが再びここへ来任せられるがためにほかならない。

あなたの来任のため此の地方に揖譲の美風が行なわれるようになるならば、留守にしている吾が草堂の松や竹がながなが荒れ果てていることなどは取り立てていうに及ばぬことで、どうでもよいのだ。

自分は成都へかえれば丙穴の魚がもとからうまいものだということを知っているし、また郫筒の酒もわざわざ買わずとも飲めるなどと考える。

あなたは古くから吾が草堂の小径は良くご存知である。前年王符のようなこのわたくしを待っているとて何遍手紙をくだされたであろうか。実にお懐かしく思われるのである。

将に成都の草堂に赴かんとして途中作有り、先ず、厳鄭公に寄す。 五首の其の一

茅屋に帰り成都に赴くことを得るは、直ちに文翁の再び符を剖くが為なり。

但だ閭閻をして還た揖譲せしめば、敢て論ぜん 松竹の久しく荒蕪するを。

魚は知る 丙穴由来 美なるを、酒は憶う 郫筒 酤うを用いざるを。

五馬 旧と曾て小径を諳んず、幾回か書札潜夫を待ちしぞ。

 

『将赴成都草堂途中有作先寄厳鄭公 五首其一』 現代語訳と訳註

(本文)

将赴成都草堂途中有作先寄厳鄭公 五首其一

得歸茅屋赴成都,直為文翁再剖符。

但使閭閻還揖讓,敢論松竹久荒蕪。

魚知丙穴由來美,酒憶郫筒不用酤。

五馬舊曾諳小徑,幾回書劄待潛夫。

(下し文)

(将に成都の草堂に赴かんとして途中作有り、先ず、厳鄭公に寄す。 五首の其の一)

茅屋に帰り成都に赴くことを得るは、直ちに文翁の再び符を剖くが為なり。

但だ閭閻をして還た揖譲せしめば、敢て論ぜん 松竹の久しく荒蕪するを。

魚は知る 丙穴由来 美なるを、酒は憶う 郫筒 酤うを用いざるを。

五馬 旧と曾て小径を諳んず、幾回か書札潜夫を待ちしぞ。

 

(現代語訳)

(留守にしていた成都の草堂に赴こうとしている時にこの詩ができたので、予め厳鄭公に寄せた五首のその一)

自分がこのたび成都に赴き茅屋にかえることのできるのは、漢の文翁に此すべきあなたが再びここへ来任せられるがためにほかならない。

あなたの来任のため此の地方に揖譲の美風が行なわれるようになるならば、留守にしている吾が草堂の松や竹がながなが荒れ果てていることなどは取り立てていうに及ばぬことで、どうでもよいのだ。

自分は成都へかえれば丙穴の魚がもとからうまいものだということを知っているし、また郫筒の酒もわざわざ買わずとも飲めるなどと考える。

あなたは古くから吾が草堂の小径は良くご存知である。前年王符のようなこのわたくしを待っているとて何遍手紙をくだされたであろうか。実にお懐かしく思われるのである。

 

 

(訳注)

将赴成都草堂途中有作先寄厳鄭公 五首其一

(留守にしていた成都の草堂に赴こうとしている時にこの詩ができたので、予め厳鄭公に寄せた五首のその一)

○成都草堂 浣花渓の草堂。

○厳鄭公 厳武をいう、武は宝応元年に成都より召還され京兆尹となり、二年に二聖山陵橋遣使となり鄭国公に封ぜられた、それより黄門侍邸に還り、広徳二年に成都尹・剣南節度使となった。

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奉待嚴大夫

殊方又喜故人來,重鎮還須濟世才。

常怪偏裨終日待,不知旌節隔年回。

欲辭巴徼啼鶯合,遠下荊門去鷁催。

身老時危思會面,一生襟抱向誰開。

廣徳2764-65 《奉待嚴大夫》 ふたたび成都81奉待嚴大夫 杜甫<741 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4035 杜甫詩1500-741-978/250029

 

得歸茅屋赴成都,直為文翁再剖符。

自分がこのたび成都に赴き茅屋にかえることのできるのは、漢の文翁に此すべきあなたが再びここへ来任せられるがためにほかならない。

○帰茅屋赴成都 成都に赴いて茅屋に帰ることをいう。茅屋はすなわち草堂をいう。

○直為 特為におなじ。

○文翁 漠の時局に教育を施した人(八〇ページ参照)。文翁をもって厳武に比する。

○再割符 再とは厳武は今度で二回めの来任であることをいう、割符とは元来は太守の任をいうが、今は成都声の職にあてていう。漢の文帝の時、郡守に銅虎符・竹使符を与えたのにはじまり、各土第一より第五まであり、「符」は信(しるし)のことで、これを両分し、左を京師に留め、右を郡守にわたした。銅虎符は中央において軍隊を発しょうとするとき使者を郡に遣わして符を合わせ、符が合えば郡は使者の命をきいた。竹使符の用もまたおなじである。銅符の長さは六寸、竹符は五寸。二つに分かつので「符を割く」という、わが国の割り符のこと。

 

但使閭閻還揖讓,敢論松竹久荒蕪。

あなたの来任のため此の地方に揖譲の美風が行なわれるようになるならば、留守にしている吾が草堂の松や竹がながなが荒れ果てていることなどは取り立てていうに及ばぬことで、どうでもよいのだ。

○間閻 間は里の門、闇は里中の門のこと、成都府の村里をさす。

○還揖譲 揖は立って会釈するさま、譲はへりくだってゆずりあうこと、村里の教化に浴するさまをいう。

○松竹 草堂に植えてある松竹をいう。

○荒蕪 あれる。

 

魚知丙穴由來美,酒憶郫筒不用酤。

自分は成都へかえれば丙穴の魚がもとからうまいものだということを知っているし、また郫筒の酒もわざわざ買わずとも飲めるなどと考える。

○丙穴 丙穴というものは諸処にあり、魚の居る穴のことであるが、これは卭州の丙穴をいうのである、卭州は成都の西南百五十里にある。

○美 うまいこと。

○郫筒 郫は県の名で、成都の西五十里にある、其の地は大竹を産し、竹筒を以て美酒を盛る、これを郫筒という。

○不用酤 酤は買うこと、買うを用いずとは厳武が供するためである。

 

五馬舊曾諳小徑,幾回書待潛夫。

あなたは古くから吾が草堂の小径は良くご存知である。前年王符のようなこのわたくしを待っているとて何遍手紙をくだされたであろうか。実にお懐かしく思われるのである。

〇五馬 太守の称、漢の制では太守は駟馬を通例とするけれども中央の朝臣が出て太守となるときは一馬を増して五馬を用いさせた、これは成都尹である厳武をさす。

○諳小徑 語はそらでおぼえていること、小径とは草堂にかようこみちをいう。

○幾回書劄待潛夫 書札はてがみ、厳武が作者に贈ったもの。

 
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