ここをおとずれるならば野店や山ぞいの橋という自然の風景美が馬蹄を包んで送ってくれるのである。いかがでしょう、あなたはこの荒れた庭の青青とした春の若草を籍いて、何よりも万事を放擲して頽倒爛泥(へべれけ)になるまでお飲みになろうということにはなりませんか。

 
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(成都に赴くに至った次第をのべている。

将赴成都草堂途中有作先寄厳鄭公 五首其一

得歸茅屋赴成都,直為文翁再剖符。

但使閭閻還揖讓,敢論松竹久荒蕪。

魚知丙穴由來美,酒憶郫筒不用酤。

五馬舊曾諳小徑,幾回書待潛夫。

(留守にしていた成都の草堂に赴こうとしている時にこの詩ができたので、予め厳鄭公に寄せた五首のその一)

自分がこのたび成都に赴き茅屋にかえることのできるのは、漢の文翁に此すべきあなたが再びここへ来任せられるがためにほかならない。

あなたの来任のため此の地方に揖譲の美風が行なわれるようになるならば、留守にしている吾が草堂の松や竹がながなが荒れ果てていることなどは取り立てていうに及ばぬことで、どうでもよいのだ。

自分は成都へかえれば丙穴の魚がもとからうまいものだということを知っているし、また郫筒の酒もわざわざ買わずとも飲めるなどと考える。

あなたは古くから吾が草堂の小径は良くご存知である。前年王符のようなこのわたくしを待っているとて何遍手紙をくだされたであろうか。実にお懐かしく思われるのである。

(将に成都の草堂に赴かんとして途中作有り、先ず、厳鄭公に寄す。 五首の其の一)

茅屋に帰り成都に赴くことを得るは、直ちに文翁の再び符を剖くが為なり。

但だ閭閻をして還た揖譲せしめば、敢て論ぜん 松竹の久しく荒蕪するを。

魚は知る 丙穴由来 美なるを、酒は憶う 郫筒 酤うを用いざるを。

五馬 旧と曾て小径を諳んず、幾回か書札潜夫を待ちしぞ。

 

(草堂の平和と厳武の来遊を予想することとをのべている。

将赴成都草堂途中有作先寄厳鄭公 五首 其二

處處青江帶白蘋,故園猶得見殘春。

雪山斥候無兵馬,錦裏逢迎有主人。

休怪兒童延俗客,不教鵝鴨惱比鄰。

習池未覺風流盡,況複荊州賞更新。

(草堂の平和と厳武の来遊を予想することとをのべている。)

清らかな水をたたえた錦江は処処に白蘋をうかせている。成都浣花渓に作った農業施設にもどればまだ春のなごりの景色を見ることができる。

あなたが来任されれば雪嶺山脈へ斥候隊に偵察に出してはあっても兵馬のさわぎはなく、わたくしがかえれば錦江の村でお迎えをしてくれる地元の主人たちもいるのだ。

時としてうちの子供らが俗悪なお客さんをひきいれることがあったとしても不思議におもわれることはありません。鵞鳥や家鴨でこれまで近所迷惑をかけたことはたびたびだったがこれからはそんなことはさせません。

あなたというものが居られることゆえ山簡の習家池ともいうべきわが草堂において風流の遊びが尽きたとはおもわれることはなく、あなたは吾が草堂に対して更にあたらしく賞美を試みられるとおもうから、風流が依然継続することと信じておるところです。

(将に成都の草堂に赴かんとして途中作有り、先ず、厳鄭公に寄す。 五首の其の二)

処処 清江 白蘋を帯ぶ、故園 猶お残春を見ることを得。

雪山の斥候 兵馬無く、錦里の逢迎 主人有り。

怪しむを休めよ 児童の俗客を延くを、鵝鴨をして此隣を悩まさしめず。

習池未だ覚えず風流の尽くるを、況や復た荊州の賞 更に新たなるをや。

 

(草堂の荒れているさまをいい、その荒れ宿に飲みにこられる意はないかと尋ねている)

將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之三

竹寒沙碧浣花溪,菱刺藤梢咫尺迷。

過客徑須愁出入,居人不自解東西。

書簽藥裹封蛛網,野店山橋送馬蹄。

豈藉荒庭春草色,先判一飲醉如泥。

春であっても竹の林というものは寒色をたたえており、水際の沙まで碧にみえる浣花渓であります。そのそばには橘の刺、藤つるのこずえ、咫尺の間近な道さえ暗さにまようのです。

こんな宿では来る客も出入りについて心配されることだろうし、中に住んでいるものでさえ自分で東西がわからないくらいなのである。

ここでは書物にぶら下げた札も、薬をいれた袋も、蜘珠の巣が張っておるかのようなもので、ここをおとずれるならば野店や山ぞいの橋という自然の風景美が馬蹄を包んで送ってくれるのである。

いかがでしょう、あなたはこの荒れた庭の青青とした春の若草を籍いて、何よりも万事を放擲して頽倒爛泥(へべれけ)になるまでお飲みになろうということにはなりませんか。

 

(将に成都の草堂に赴かんとして途中作有り、先ず、厳鄭公に寄す。 五首の其の三)

竹寒く沙 碧なり  浣花渓、橘刺【きつし】 藤梢【とうしょう】咫尺【しせき】迷う。

過客は径【ただ】ちに須【すべか】らく出入を愁うるなるべし、居人も自ら東西を解せず。

書籤【しょせん】 薬裹【やくか】 蛛網【しゅもう】封ず、野店山橋 馬蹄を送る。

肯て荒庭の春草の色を藉【し】いて、先ず一飲  酔うて泥の如くなるを判せんや。

成都遂州00

『将赴成都草堂途中有作先寄厳鄭公 五首』 現代語訳と訳註

(本文)

將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之三

竹寒沙碧浣花溪,菱刺藤梢咫尺迷。

過客徑須愁出入,居人不自解東西。

書簽藥裹封蛛網,野店山橋送馬蹄。

豈藉荒庭春草色,先判一飲醉如泥。

 

(下し文)

(将に成都の草堂に赴かんとして途中作有り、先ず、厳鄭公に寄す。 五首の其の三)

竹寒く沙 碧なり  浣花渓、橘刺【きつし】 藤梢【とうしょう】 咫尺【しせき】迷う。

過客は径【ただ】ちに須【すべか】らく出入を愁うるなるべし、居人も自ら東西を解せず。

書籤【しょせん】 薬裹【やくか】 蛛網【しゅもう】封ず、野店山橋  馬蹄を送る。

肯て荒庭の春草の色を藉【し】いて、先ず一飲  酔うて泥の如くなるを判せんや。

 

 

(現代語訳)

(草堂の荒れているさまをいい、その荒れ宿に飲みにこられる意はないかと尋ねている)

春であっても竹の林というものは寒色をたたえており、水際の沙まで碧にみえる浣花渓であります。そのそばには橘の刺、藤つるのこずえ、咫尺の間近な道さえ暗さにまようのです。

こんな宿では来る客も出入りについて心配されることだろうし、中に住んでいるものでさえ自分で東西がわからないくらいなのである。

ここでは書物にぶら下げた札も、薬をいれた袋も、蜘珠の巣が張っておるかのようなもので、ここをおとずれるならば野店や山ぞいの橋という自然の風景美が馬蹄を包んで送ってくれるのである。

いかがでしょう、あなたはこの荒れた庭の青青とした春の若草を籍いて、何よりも万事を放擲して頽倒爛泥(へべれけ)になるまでお飲みになろうということにはなりませんか。

 

 

(訳注)

將赴成都草堂途中有作,先寄嚴鄭公,五首之三

(草堂の荒れているさまをいい、その荒れ宿に飲みにこられる意はないかと尋ねている)

 

江畔独歩尋花 

竹寒沙碧浣花溪,菱刺藤梢咫尺迷。

春であっても竹の林というものは寒色をたたえており、水際の沙まで碧にみえる浣花渓であります。そのそばには橘の刺、藤つるのこずえ、咫尺の間近な道さえ暗さにまようのです。

○竹寒沙碧 竹の寒色が水に映ずるゆえに抄の色がみどりに見える。

○浣花渓 草堂の西から流れてきて東に流れる。

○橘刺 みかんの木のとげ。

○咫尺迷 八寸一尺の近い距離でさえ暗くてまよう。

 

過客徑須愁出入,居人不自解東西。

こんな宿では来る客も出入りについて心配されることだろうし、中に住んでいるものでさえ自分で東西がわからないくらいなのである。

○過客 草堂をおとずれる人。

○径 直ちに。

○愁出入 薮のなかに入るゆえに出入につけて愁うという。

○居人 草堂に住居しているもの、自家をさす。

 

書簽藥裹封蛛網,野店山橋送馬蹄。

ここでは書物にぶら下げた札も、薬をいれた袋も、蜘珠の巣が張っておるかのようなもので、ここをおとずれるならば野店や山ぞいの橋という自然の風景美が馬蹄を包んで送ってくれるのである。

○書鼓 書物の名をしるしたふだ。

○薬塞 くすりを包んだもの。薬袋であろう。

○封昧網 くものあみが封じとざす。

○野店 野中のやすみ場所。

○山橋 山ぞいの橋。

○送馬蹄 過客の馬蹄を送り来たすこと、暗に厳武の来訪の場合をいう

 

豈藉荒庭春草色,先判一飲醉如泥。

いかがでしょう、あなたはこの荒れた庭の青青とした春の若草を籍いて、何よりも万事を放擲して頽倒爛泥(へべれけ)になるまでお飲みになろうということにはなりませんか。

○豈 此の字は二句を支配する、厳武に対して問いかけることである。

○藉 草を敷物に敷く。

○荒庭 草堂のにわ。

○判 「拝」の俗字、或は「拚」に作るが同意である、楚の地方語で物を揮い棄てることを拝という、唐時の俗語としては「万事を放擲してその事をなすこと」を意味する。

杜詩にしばしば用いられる。歴史民俗用語。 読み方:センパン(senpan)さきに押した判。

○酔如泥 泥を虫の名ととく説があり、それにはいう、南海に虫あり、骨なし、名づけて泥という、水中に在れば活き、水を失えば酔うて一塊の泥の如し、と。また或はいう、此の説しかるべからず、泥とは人の酔後の状、頽倒爛泥(へべれけ)の如くなるをいうのみ、と。
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