私はむかし関中に住んでいる時、あなたと袂を分かっていましたが、今、天の果てと思っていたこの成都の地に来て流浪を続けているのです。その間も、あちこちかけめぐったことはいちいち言うことはできないほどであるのだが、それがまたあなたとこうしていっしょに談笑できるというのも偶然のことである。

 
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製作年:  764  廣德二年  53

卷別: 卷二二八  文體: 五言古詩 

詩題: 寄司馬山人十二韻 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

及地點: 玉壘山 (劍南道北部 無第二級行政層級 玉壘山) 別名:玉壘     

交遊人物: 司馬山人 書信往來

 

 

寄司馬山人十二韻

(仙道を習得した司馬山人に寄せる)

昔分袂,天邊今轉蓬。

私はむかし関中に住んでいる時、あなたと袂を分かっていましたが、今、天の果てと思っていたこの成都の地に来て流浪を続けているのです。

驅馳不可,談笑偶然同。

その間も、あちこちかけめぐったことはいちいち言うことはできないほどであるのだが、それがまたあなたとこうしていっしょに談笑できるというのも偶然のことである。

道術曾留意,先生早擊蒙。

わたしは、かつて儒教を勉強し、心に留めていたこともあったが、先生は早速に私の蒙昧を打開してくれたのです。

家家迎薊子,處處識壺公。

長安にいる頃、どの家でも、薊子でしかないこのわたくしを迎えていただいたし、またいたるところで壺公とおもわれるあなたを知らぬものなどいなかったのである。

 

長嘯峨嵋北,潛行玉壘東。有時騎猛虎,虛室使仙童。

髮少何勞白,顏衰肯更紅。望雲悲轗軻,畢景羨沖融。

 

喪亂形仍役,淒涼信不通。懸旌要路口,倚劍短亭中。

永作殊方客,殘生一老翁。相哀骨可換,亦遣馭清風。 

 

(司馬山人に寄す十二韻)#1

 昔袂を分ち,天邊 今 轉蓬なり。

驅馳 からず,談笑 偶然 同じ。

道術 曾て意を留む,先生 早く蒙を擊つ。

家家 薊子を迎う,處處 壺公を識る。

#2

長嘯す 峨嵋の北,潛行す 玉壘の東。

時に有ってか 猛虎に騎る,虛室 仙童を使う。

髮少し 何ぞ白なるを勞せん,顏 衰うるも肯えて更に紅なり。

雲を望みて 轗軻を悲み,畢景に沖融なるを羨む。

#3

喪亂に形に 仍お役せらる,淒涼 信 通ぜず。

旌を懸く要路の口,劍に倚る短亭の中。

永く殊方の客と作る,殘生 一老翁。

相哀むは 骨 換う可けん,亦た 清風に馭せ遣めん。 

 

Ta唐 長安近郊圖  新02 

『寄司馬山人十二韻』 現代語訳と訳註

(本文)

寄司馬山人十二韻

昔分袂,天邊今轉蓬。

驅馳不可,談笑偶然同。

道術曾留意,先生早擊蒙。

家家迎薊子,處處識壺公。

 

(下し文)

(司馬山人に寄す十二韻)#1

 昔袂を分ち,天邊 今 轉蓬なり。

驅馳 く可からず,談笑 偶然 同じ。

道術 曾て意を留む,先生 早く蒙を擊つ。

家家 薊子を迎う,處處 壺公を識る。

 

(現代語訳)

(仙道を習得した司馬山人に寄せる)

私はむかし関中に住んでいる時、あなたと袂を分かっていましたが、今、天の果てと思っていたこの成都の地に来て流浪を続けているのです。

その間も、あちこちかけめぐったことはいちいち言うことはできないほどであるのだが、それがまたあなたとこうしていっしょに談笑できるというのも偶然のことである。

わたしは、かつて儒教を勉強し、心に留めていたこともあったが、先生は早速に私の蒙昧を打開してくれたのです。

長安にいる頃、どの家でも、薊子でしかないこのわたくしを迎えていただいたし、またいたるところで壺公とおもわれるあなたを知らぬものなどいなかったのである。

題新津北橋棲00 

(訳注)

寄司馬山人十二韻

 (仙道を習得した司馬山人に寄せる)

司馬山人 仙道を習得した山中に住む人。長安で交流していた。

 

昔分袂,天邊今轉蓬。

私はむかし関中に住んでいる時、あなたと袂を分かっていましたが、今、天の果てと思っていたこの成都の地に来て流浪を続けているのです。

 長安をいう。

分袂 別れること。この時は杜甫が長安にいて送り出したことをいう。

天邊 長安から見ると天涯の地であることをいう成都のこと。

轉蓬 ヨモギの根が断ち切れ、枯れて寄せあつまって風に吹かれて移動すること。定住することなく彷徨う旅人。

 

驅馳不可,談笑偶然同。

その間も、あちこちかけめぐったことはいちいち言うことはできないほどであるのだが、それがまたあなたとこうしていっしょに談笑できるというのも偶然のことである。

驅馳 安史の乱に翻弄され、朝廷から疎外と政策批判などによりはじき出されたことをいう。

 

道術曾留意,先生早擊蒙。

わたしは、かつて儒教を勉強し、心に留めていた問題点を指摘され、先生は早速に私の蒙昧を打開してくれたのです。

道術 儒教の勉強。

留意 問題点を指摘する。

擊蒙 擊去童蒙。蒙昧を打開すること。

 

家家迎薊子,處處識壺公。

長安にいる頃、どの家でも、薊子でしかないこのわたくしを迎えていただいたし、またいたるところで壺公とおもわれるあなたを知らぬものなどいなかったのである。

○迎薊子 後漠の薊子訓をいう、彼は神異の道を知り京師に到るや公卿以下数百人の家を訪問し、道の話をした。これを自分に此する。

識壺公 昔、唐の長安に常に薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は薬を相手の言い値で売っていた。この老人がどういう人なのか、知る人はいなかった。 そのとき、汝南しょなんの費長房という人が町の奉行に就任した。被が楼の上に立って町を見回していると、翁は一つの壺を持っていて、日暮れ時になると人に知られずにこの壺の中に躍り入った。長房はこれをたびたび目撃して、この翁はただ人でないと知り訪ねて行き、敬って食物などをすすめると翁は非常に喜んだ。かくして何年か経たって、翁が長房に「君には金骨の相がある。仙道を学ぶことができよう。日が暮れて人のいない時分に来なさい」と告げた。言われたとおり日暮れに行くと、翁は 「我われに続いて壺の中に躍り入れ」と言って、先に翁が躍り入り、長房がそれに続いた。壺の中には天地、日月があり、宮殿、楼閣は見事であった。侍者は数千人いて老翁を助け敬っていた。長房は快楽に浸ひたりながらも、なお故郷を忘れることができなかった。老翁はそのような長房の気持ちを察して「もし君が帰りたいと思っているなら、これに乗って行きなさい」と、一つの竹の竿さおを与えた。長房はこの竹の竿に乗って長安に帰ってきたのである。

 

 この竿を葛陂かっぴという所の水の中に投げ捨てると、竿はすぐに青い竜となって天に登り去った。