山の雲がうごきだし、吐蕃や雲南の蠻夷との重要防御基地である蜀のとりでには秋らしく大火、心星が西へずっと低くなってきている。東川幕府のうつくしい官宅に横殴りの雨が飛んで来て、梁も棟も蕭条と音がしてさびしい秋を感じさせるのである。

 
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《立秋雨院中有作》 杜甫index-14 764年 杜甫<778-#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4545 杜甫詩1500-778-#1-1080/2500

 

 

製作年:764年  廣德二年  53

卷別:卷二二八  文體: 五言古詩 

   杜少陵集 巻十四

詩題:立秋雨院中有作〔立秋日雨院中有作〕 

 

 

立秋雨、院中有作

山雲行塞,大火複西流。

飛雨動華屋,蕭蕭梁棟秋。

窮途愧知己,暮齒借前籌。

已費清晨謁,那成長者謀。』

(杜甫が節度の参謀となって立秋の日に節度使の官邸において雨にあい感ずる所をのべた詩。864年広徳二年七月の作。)

山の雲がうごきだし、吐蕃や雲南の蠻夷との重要防御基地である蜀のとりでには秋らしく大火、心星が西へずっと低くなってきている。

東川幕府のうつくしい官宅に横殴りの雨が飛んで来て、梁も棟も蕭条と音がしてさびしい秋を感じさせるのである。

わたしは直前まで職を転々として、荊州へも行けず、往き詰まっていたおりに知己である厳武から、晩年に傾いている私に知恵をかりたいといわれてこうしていることは恐れ多いことであると愧じ入っているところである。

この年で、幕僚として毎朝、おっとめである謁見の手数をするようなことが、そのことが長官の厳武の謀をたすけてそれを成就させてやるということであっても持病持ちのじぶんとしてできようか。』

#2

解衣開北,高枕對南樓。樹濕風涼進,江喧水氣浮。

禮寬心有適,節爽病微瘳。主將歸調鼎,吾還訪舊丘。』

 

(立秋雨ふる、院中にて作有り)

山雲 絶塞に行き、大火 復た西に流る。

飛雨 華屋に動き、蕭蕭 梁棟秋なり。

窮途 知己の、暮歯【ぼし】前籌を借るに愧ず。

己に清晨の謁を費す、那ぞ長者の謀を成さん。』

 

衣を解きて北戸を開き、高枕 南楼に対す。

樹湿いて風涼進み、江 喧【かまびす】しくて水気浮かぶ。

礼寛にして心通する有り、節 爽やかにして病微しく瘳【い】ゆ。

主将 調鼎【ちょうてい】に帰せば、吾還りて旧丘を訪わん。』

 

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『立秋雨、院中有作』 現代語訳と訳註

(本文)

立秋雨、院中有作

山雲行塞,大火複西流。

飛雨動華屋,蕭蕭梁棟秋。

窮途愧知己,暮齒借前籌。

已費清晨謁,那成長者謀。』

 

(下し文)

(立秋雨ふる、院中にて作有り)

山雲 絶塞に行き、大火 復た西に流る。

飛雨 華屋に動き、蕭蕭 梁棟秋なり。

窮途 知己の、暮歯【ぼし】前籌を借るに愧ず。

己に清晨の謁を費す、那ぞ長者の謀を成さん。』

 

(現代語訳)

(杜甫が節度の参謀となって立秋の日に節度使の官邸において雨にあい感ずる所をのべた詩。864年広徳二年七月の作。)

山の雲がうごきだし、吐蕃や雲南の蠻夷との重要防御基地である蜀のとりでには秋らしく大火、心星が西へずっと低くなってきている。

東川幕府のうつくしい官宅に横殴りの雨が飛んで来て、梁も棟も蕭条と音がしてさびしい秋を感じさせるのである。

わたしは直前まで職を転々として、荊州へも行けず、往き詰まっていたおりに知己である厳武から、晩年に傾いている私に知恵をかりたいといわれてこうしていることは恐れ多いことであると愧じ入っているところである。

この年で、幕僚として毎朝、おっとめである謁見の手数をするようなことが、そのことが長官の厳武の謀をたすけてそれを成就させてやるということであっても持病持ちのじぶんとしてできようか。』

 

(訳注)

立秋雨院中有作

(杜甫が節度の参謀となって立秋の日に節度使の官邸において雨にあい感ずる所をのべた詩。864年広徳二年七月の作。)

○立秋 節の名。二十四節気の第13。七月節(旧暦6月後半から7月前半)。 現在広まっている定気法では太陽黄経が135度のときで87日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。

○院中 節度使の官邸の奥座敷をいう。

岳陽樓詩人0051 

山雲行塞,大火複西流。

山の雲がうごきだし、吐蕃や雲南の蠻夷との重要防御基地である蜀のとりでには秋らしく大火、心星が西へずっと低くなってきている。

○行 運行すること。

○絶塞 遠いはての地のとりで、吐蕃や雲南の蠻夷との重要防御基地である蜀のとりでをさしていう。

○大火 大火心星という星である。詩経·国風·豳風·七月》

○西流 流は下ること。大火、心星は六月の黄昏には正南に申し、七月となればそれより西方にうつってひくくなる。

 

飛雨動華屋,蕭蕭梁棟秋。

東川幕府のうつくしい官宅に横殴りの雨が飛んで来て、梁も棟も蕭条と音がしてさびしい秋を感じさせるのである。

○飛雨動 動とはふりだすこと。秋風が強く、横殴りの雨。

○華屋 りっばなやね、剣南東川節度使の居る家屋をいう。

○粛粛 さびしいさま。

○梁棟 はり、むなぎ、「飛雨」二句は謝桃の「朝雨ヲ観ル」詩の「朔風飛雨ヲ吹キテ、粛条江上二束タル」に本づく。

 

窮途愧知己,暮齒借前籌。

わたしは直前まで職を転々として、荊州へも行けず、往き詰まっていたおりに知己である厳武から、晩年に傾いている私に知恵をかりたいといわれてこうしていることは恐れ多いことであると愧じ入っているところである。

○塊 此の字は下旬までへかかる。

○知己 我を知ってくれる人、厳武をさす。

○暮歯 晩年をいう。

〇借前籌 漢の張良は高祖の前で御膳の薯を借りて漢の運命を寄った、筆は筈で数をよむことである、ここは厳武が作者の智恵を借りたことをいう、広徳元年六月、厳武が作者をすすめて節度の参謀となしたのはその智恵をかりたのである。

 

已費清晨謁,那成長者謀。』

この年で、幕僚として毎朝、おっとめである謁見の手数をするようなことが、そのことが長官の厳武の謀をたすけてそれを成就させてやるということであっても持病持ちのじぶんとしてできようか。』

○費 でかずをかけることをいう。

〇清晨謁 あさの謁見、作者は参謀ゆえ幕僚である、厳武は節度使であるから長官である、幕僚には長官に対する朝の謁見がある。

○那成長者謀 長者は目上の人、厳武をさす、朝、謁見などをしては厳武のためにその謀を成就させてやることはできぬ、作者は武に対して不平の口気がある。以上立秋に院中で雨にあったことと、其の時の意中をのぺる。