(厳武が「軍城早秋」と題する詩を作ったので、それに和してつくった詩。広徳二年七月の作。)雲間にそびえる滴博嶺の戍る場所はもはやこちらの手に奪還したのであるが、これからは雪のみねのかなたに横たわる蓬婆山の城を奪おうという了見なのである。

 
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詩題: 奉和嚴大夫軍城早秋 

製作年:  764  廣德二年  53

卷別: 卷二二八  文體: 七言 

杜少陵集巻十四 

及地點:  的博嶺 (劍南道北部 維州 的博嶺) 別名:滴博     

蓬婆山 (劍南道北部 柘州 蓬婆山)     

交遊人物: 嚴武 書信往來(劍南道北部 益州 成都)

 

 

 

厳武《軍城早秋》

昨夜秋風入漢関 朔雲辺雪満西山 

更催飛将追臨虜 莫遣沙場匹馬還

(軍務中の城の早秋のことをよんだ。)

吾が唐の国境の関所には昨日あたり秋風が吹き入って、雲も西山の下にみる、雪も(或は「月の光も」)一ぱいになった。

このとき味方は更に漢の李広にも此すべき名将をうながして、吐蕃の騎れる虜を追い撃ちさせる、戦場での敵の馬は、たとい一匹たりとも無事にかえしてはならぬ。

(軍城の早秋)

昨夜 秋風 漢関に入る、朔雲 辺雪 西山に満つ。

更に飛将を催して臨虜を追わしむ、沙場の匹馬をして還らしむること莫れ。

 

 

杜甫《奉和厳鄭公軍城早秋

秋風褭褭動高旌,玉帳分弓射虜營。

已收滴博雲間戍,更奪蓬婆雪外城。

(厳武が「軍城早秋」と題する詩を作ったので、それに和してつくった詩。広徳二年七月の作。)

秋風がなよなよと高い族のうえに吹きそめた。このとき将軍は陣幕のなかで部将に弓を分かち授けてそれで異民族の吐蕃の軍営を射させるのである。

雲間にそびえる滴博嶺の戍る場所はもはやこちらの手に奪還したのであるが、これからは雪のみねのかなたに横たわる蓬婆山の城を奪おうという了見なのである。

 

(厳鄭公が軍城早秋を和し奉る)

秋風 褭褭 高旌に動く、玉帳 弓を分かちて虜営を射る。

己に収む 滴博雲間の戍、奪わんと欲す 蓬婆 雪外の城。

nat0001 

 

奉和厳鄭公軍城早秋』 現代語訳と訳註

(本文)

奉和厳鄭公軍城早秋

秋風褭褭動高旌,玉帳分弓射虜營。

已收滴博雲間戍,更奪蓬婆雪外城。

 

(含異文)

秋風褭褭動高旌,玉帳分弓射虜營。

已收滴博【案:嶺在維州。】雲間戎,更奪蓬婆雪外城【次取蓬婆雪外城】【案:雪山外有蓬婆嶺。】。

 

(下し文)

(厳鄭公が軍城早秋を和し奉る)

秋風 褭褭 高旌に動く、玉帳 弓を分かちて虜営を射る。

己に収む 滴博雲間の戍、奪わんと欲す 蓬婆 雪外の城。

 

(現代語訳)

(厳武が「軍城早秋」と題する詩を作ったので、それに和してつくった詩。広徳二年七月の作。)

秋風がなよなよと高い族のうえに吹きそめた。このとき将軍は陣幕のなかで部将に弓を分かち授けてそれで異民族の吐蕃の軍営を射させるのである。

雲間にそびえる滴博嶺の戍る場所はもはやこちらの手に奪還したのであるが、これからは雪のみねのかなたに横たわる蓬婆山の城を奪おうという了見なのである。

題新津北橋棲00 

(訳注)

奉和厳鄭公軍城早秋

(厳武が「軍城早秋」と題する詩を作ったので、それに和してつくった詩。広徳二年七月の作。)

○厳鄭公 鄭国公厳武をさす。

○軍城早秋 厳武が作った詩の題である。

 

秋風褭褭動高旌,玉帳分弓射虜營。

秋風がなよなよと高い族のうえに吹きそめた。このとき将軍は陣幕のなかで部将に弓を分かち授けてそれで異民族の吐蕃の軍営を射させるのである。

褭褭 なよなよと風の吹くさま。

○動 吹きそめることをいう。

高旌 は羽をふさふさにして竿につけたはた。軍旗のふきながし。

○玉帳 将軍のりっぱな陣幕。

〇分弓 分とは部下の諸将に配分して授けることをいう。

○虜営 虜は吐番のえびすをさす。

 

 

已收滴博雲間戍,更奪蓬婆雪外城。

雲間にそびえる滴博嶺の戍る場所はもはやこちらの手に奪還したのであるが、これからは雪のみねのかなたに横たわる蓬婆山の城を奪おうという了見なのである。

○収 こちらの手に入れること。

〇滴博雲間戍 「雲間滴博戍」というのを置きかえた形である。滴博は嶺の名、維州に

ある、雲間とは高いことをいう。

○蓬婆雪外城 これも「雪外蓬婆城」というのを置きかえた形である、蓬婆は山の名、一に大雪山ともいう、柘県の西北百里にあるという、そこに吐蕃の城があるのである、雪外とは地が高く雪をいただいた山山のそのまた外方にあることをいう。

 

(厳鄭公が軍城早秋を和し奉る)

秋風 褭褭 高旌に動く、玉帳 弓を分かちて虜営を射る。

己に収む 滴博雲間の戍、奪わんと欲す 蓬婆 雪外の城。
安史の乱当時の勢力図