君が長江に船を浮かべてゆく先には、一柱觀があり、そこを通るだろう、そこに行くまでには途中にある、望臺を通るころ、日が落ちかかるのを見ることだろう。私の思いは、とこしえに東北の方角にある長安・洛陽の故郷へと馳せるが、昔、若い時に遊んだ斉州が今わ何処にあるやら、どうなっているやらわからないが何時までも思いを追い続けていることにする。


 
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製作年:        764年廣德二年53

卷別:  卷二二八       文體:  五言律詩

    杜少陵集 巻十四

詩題:  送舍弟頻赴齊州,三首之二【送舍弟潁赴齊州,三首之二】

作地點:        成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

寫及地點:齊州 (河南道 齊州 齊州)        

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山   

淄川 (河南道 淄州 淄川) 別名:徐關     

交遊人物:杜穎  當地交遊(劍南道北部 益州 成都)

 

送舍弟潁赴齊州,三首之一

実弟の穎が齊州へ赴くのを送った詩で、第一首は別れを惜しむ意をのべる。)764年広徳二年秋、成都での作。

岷嶺南蠻北,徐關東海西。

この地は南に雲南という南蛮があり、北側に岷山など雪嶺山脈が横たわっている、君のゆく斉州には東海の西に徐関がある。

此行何日到,送汝萬行啼。

このたびの旅行では君はいつむこうへ到着するだろうか、わたしは君を送るために万行の涙をそそいで啼くだけである。

域惟高枕,清風獨杖藜。

わたしは都からこんな遠いところで、ただ枕を高くして寝ているだけだ、秋のすがすがしい風にただひとり友からもらったあかぎの枚を点いて暮らしてゆくのである。

危時暫相見,衰白意都迷。

しかし、こんな危険な時世であるから、君と面会することも、ただ、しばしの間にとどまることであろうとおもうのに、今、また別れねばならぬとあっては、老いのこの身にとっては、意の中がすべて昏乱してしまうばかりである。

 

(舍弟〔潁〕が頻に齊州に赴くを送るその一)

岷嶺 南蛮の北、徐関 東海の西。

此の行 何の日か到らん、汝を送りて万行啼く。

絶域 惟だ高枕、清風独り蔾【れい】を杖く。

時 危くして暫く相い見る、衰白 意 都【すべ】て迷う。

 

送舍弟潁赴齊州,三首之二

(実弟の穎が齊州へ赴くのを送った詩で、第二首は別れた後、弟に思い続けているということの意をのべる。その2)

風塵暗不開,汝去幾時來。

君が行こうとする東部は、戦乱兵馬の巻き起こす風塵はまだ依然として暗く閉ざして開かない。だから帰って来るのが何時の事になるだろうか。

兄弟分離苦,形容老病催。

ここで、兄弟が別れることは本当に苦しいことだ。特に私の形容は老化と病気がちであることで崩れてしまっている。

江通一柱觀,日落望臺。

君が長江に船を浮かべてゆく先には、一柱觀があり、そこを通るだろう、そこに行くまでには途中にある、望臺を通るころ、日が落ちかかるのを見ることだろう。

客意長東北,齊州安在哉。

私の思いは、とこしえに東北の方角にある長安・洛陽の故郷へと馳せるが、昔、若い時に遊んだ斉州が今わ何処にあるやら、どうなっているやらわからないが何時までも思いを追い続けていることにする。

 

(舍弟〔潁〕が頻に齊州に赴くを送るその二)

風塵 暗うして開けず,汝去って 幾時か來らん。

兄弟 分離苦しむ,形容 老病催す。

江は 一柱觀に通じ,日は 望臺に落つ

客意 長に東北にあり,齊州 安くに在り哉。

 

送舍弟潁赴齊州,三首之三

諸姑今海畔,兩弟亦山東。

去傍干戈覓,來看道路通。

短衣防戰地,匹馬逐秋風。

莫作俱流落,長瞻碣石鴻。

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送舍弟潁赴齊州,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

送舍弟潁赴齊州,三首之二

風塵暗不開,汝去幾時來。

兄弟分離苦,形容老病催。

江通一柱觀,日落望臺。

客意長東北,齊州安在哉。

 

(下し文)

(舍弟〔潁〕が頻に齊州に赴くを送るその二)

風塵 暗うして開けず,汝去って 幾時か來らん。

兄弟 分離苦しむ,形容 老病催す。

江は 一柱觀に通じ,日は 望臺に落つ。

客意 長に東北にあり,齊州 安くに在り哉。

 

(現代語訳)

(実弟の穎が齊州へ赴くのを送った詩で、第二首は別れた後、弟に思い続けているということの意をのべる。その2)

君が行こうとする東部は、戦乱兵馬の巻き起こす風塵はまだ依然として暗く閉ざして開かない。だから帰って来るのが何時の事になるだろうか。

ここで、兄弟が別れることは本当に苦しいことだ。特に私の形容は老化と病気がちであることで崩れてしまっている。

君が長江に船を浮かべてゆく先には、一柱觀があり、そこを通るだろう、そこに行くまでには途中にある、望臺を通るころ、日が落ちかかるのを見ることだろう。

私の思いは、とこしえに東北の方角にある長安・洛陽の故郷へと馳せるが、昔、若い時に遊んだ斉州が今わ何処にあるやら、どうなっているやらわからないが何時までも思いを追い続けていることにする。

 

(訳注)

送舍弟潁赴齊州,三首之二

(実弟の穎が齊州へ赴くのを送った詩で、第二首は別れた後、弟に思い続けているということの意をのべる。その2)764年広徳二年秋、成都での作。

○舎弟穎 作者の弟、名は

○斉州 今の山東省済南府。

唐時代剣南道北部075 

 

風塵暗不開,汝去幾時來。

君が行こうとする東部は、戦乱兵馬の巻き起こす風塵はまだ依然として暗く閉ざして開かない。だから帰って来るのが何時の事になるだろうか。

風塵 安史軍は平定されたものの、諸公・潘鎮が不安定であり、緊張状態にあった。

 

兄弟分離苦,形容老病催。

ここで、兄弟が別れることは本当に苦しいことだ。特に私の形容は老化と病気がちであることで崩れてしまっている。

 

江通一柱觀,日落望臺。

君が長江に船を浮かべてゆく先には、一柱觀があり、そこを通るだろう、そこに行くまでには途中にある、望臺を通るころ、日が落ちかかるのを見ることだろう。

江 長江をいう。

〇一柱観 湖北省荊州府松滋縣の東、邱家湖の中にあるという。六朝宋の臨川王劉義慶が、荊州の長官であったとき羅公洲に大きな道観を立ててただ一本の柱を用いたという、杜甫が行こうとしていた荊州の名所をあげたものである。

杜甫『所思』 

苦憶荊州醉司馬,謫官樽酒定常開。

九江日落醒何處,一柱觀頭眠幾回?

可憐懷抱向人盡,欲問平安無使來。

故憑錦水將霜淚,好過瞿唐灩澦堆。

(思う所あり)

苦だ憶う荊州の酔司馬、謫官【たくかん】樽酒定めて常に開かん。

九江 日落ちて醒【さ】むる何れの処ぞ、一柱 観頭【かんとう】眠ること幾回ぞ。

憐れむ可し 懐抱【かいほう】人に向かって尽す、平安を問わんと欲すれども使いの来たる無し。

故に錦水に憑りて双涙【そうるい】を将【も】ちゆかしむ、好し過ぎよ瞿唐【くとう】灩堆【よんよたい】。

所思 七言律詩  成都5-(32) 杜甫 <480  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2370 杜甫詩1000-480-668/1500

臺 成都の北 5kmにあるが、ここは杜甫が弟の事を思っているところをいう。

蜀中九日  王勃

九月九日望鄕臺, 他席他鄕送客杯。

人情已厭南中苦, 鴻雁那從北地來。

九月九日  望鄕臺, 他席他鄕  客を送る杯。

 人情 已に厭ふ  南中の苦, 鴻雁 那ぞ 北地より來る。

 

客意長東北,齊州安在哉。

私の思いは、とこしえに東北の方角にある長安・洛陽の故郷へと馳せるが、昔、若い時に遊んだ斉州が今、何処にあるやら、どうなっているやらわからないが何時までも思いを追い続けていることにする。

客意 

長東北 成都から長安・洛陽が北、そこから斉州が東。

齊州 杜甫が20代後半736年~741年蘇源明と遊ぶ。

安在哉 今、何処にあるやら、どうなっているやらわからないが何時までも思いを追い続けていることにする。
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