(秋の末、厳武に同伴して摩訶池に船を浮かべて遊んだ時詠んだ詩、764年廣德二年53)〔作詩にあたって「溪」の字を課題として得た。池は張儀の子城のに在る。〕この池に流入する早瀬には流れが速いので、そこを抜けてきた風は酒の酔いを吹き醒ます、池に浮かべた船はゆっくりと迴えそうとするころには霧が立ち上りだした。

 

 
 2014年8月11日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
55 《古風,五十九首之五十五》Index-23Ⅲ-1 744年天寶三年44歳370古風,五十九首之五十五齊瑟彈東吟, <55> Ⅰ李白詩1218 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4638
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
426-#2 《南溪始泛,三首之二》韓愈(韓退之)ID index-1<1131> Ⅱ韓昌黎外集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4639韓愈詩-426-#2 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ廣徳2年764-89 《晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟〔得溪字。池在張儀子城內。〕》 杜甫index-14 764年 杜甫<790> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4640 杜甫詩1500-790-1099/2500廣徳2年764-89 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor9-436《月宮春一首》毛文錫Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-619-9-(436) 五巻漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4642 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 

廣徳2764-89 《晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟〔得溪字。池在張儀子城。〕》 杜甫index-14 764年 杜甫<790 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4640 杜甫詩1500-790-1099/2500廣徳2764-89

 

 

制作年:              764年廣德二年53

卷別:    卷二二八              文體:    五言律詩

詩題:    晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟〔得溪字。池在張儀子城。〕

及地點: 摩訶池 (劍南道北部 益州 成都)    

交遊人物:嚴武    當地交遊(劍南道北部 益州 成都)

 

 

晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟〔得溪字。池在張儀子城。〕

(秋の末、厳武に同伴して摩訶池に船を浮かべて遊んだ時詠んだ詩、764年廣德二年53)〔作詩にあたって「溪」の字を課題として得た。池は張儀の子城のに在る。〕

湍駛風醒酒,船迴霧起堤。

この池に流入する早瀬には流れが速いので、そこを抜けてきた風は酒の酔いを吹き醒ます、池に浮かべた船はゆっくりと迴えそうとするころには霧が立ち上りだした。

高城秋自落,雜樹晚相迷。

高い城には自ずからもう秋も終ろうとして葉を落して、そうした雜樹に葉がなくなれば、夕暮れてくらくなれば何を目印に舟を進めるのに迷ってしまう。

坐觸鴛鴦起,巢傾翡翠低。

坐して安息していた鴛鴦は船の進行する気配に起きだしたし、巣が傾いて住んでいるカワセミまでもが木から垂れ下がってしまっている。

莫須驚白鷺,為伴宿清溪。

こんなことではつがいで仲良く安住している白鷺まで驚かしてはならないだろう、こんな面倒な摩訶池なんかにいないで、私の居る浣花渓の清流で泊まるほうがきっと良いと思う。

 

晚秋 嚴鄭公に陪して摩訶池に舟を泛ぶ〔「溪」の字を得たり。池は張儀の子城。〕

湍 駛くして 風は酒を醒まし,船 迴れば 霧は堤に起る。

高城 秋自ら落ち,雜樹 晚れて相い迷う。

坐して觸れれば 鴛鴦起き,巢傾けば翡翠低る。

須らく白鷺を驚かす莫れ,伴を為して 清溪に宿せん。

 

ogawa09 

『晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟〔得溪字。池在張儀子城。〕』 現代語訳と訳註

(本文)

晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟〔得溪字。池在張儀子城。〕

湍駛風醒酒,船迴霧起堤。

高城秋自落,雜樹晚相迷。

坐觸鴛鴦起,巢傾翡翠低。

莫須驚白鷺,為伴宿清溪。

 

(下し文)

晚秋 嚴鄭公に陪して摩訶池に舟を泛ぶ〔「溪」の字を得たり。池は張儀の子城に在る。〕

湍 駛くして 風は酒を醒まし,船 迴れば 霧は堤に起る。

高城 秋自ら落ち,雜樹 晚れて相い迷う。

坐して觸れれば 鴛鴦起き,巢傾けば翡翠低る。

須らく白鷺を驚かす莫れ,伴を為して 清溪に宿せん。

 

(現代語訳)

(秋の末、厳武に同伴して摩訶池に船を浮かべて遊んだ時詠んだ詩、764年廣德二年53)〔作詩にあたって「溪」の字を課題として得た。池は張儀の子城のに在る。〕

この池に流入する早瀬には流れが速いので、そこを抜けてきた風は酒の酔いを吹き醒ます、池に浮かべた船はゆっくりと迴えそうとするころには霧が立ち上りだした。

高い城には自ずからもう秋も終ろうとして葉を落して、そうした雜樹に葉がなくなれば、夕暮れてくらくなれば何を目印に舟を進めるのに迷ってしまう。

坐して安息していた鴛鴦は船の進行する気配に起きだしたし、巣が傾いて住んでいるカワセミまでもが木から垂れ下がってしまっている。

こんなことではつがいで仲良く安住している白鷺まで驚かしてはならないだろう、こんな面倒な摩訶池なんかにいないで、私の居る浣花渓の清流で泊まるほうがきっと良いと思う。

haqro01 

(訳注)

晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟〔得溪字。池在張儀子城。〕

(秋の末、厳武に同伴して摩訶池に船を浮かべて遊んだ時詠んだ詩、764年廣德二年53)〔作詩にあたって「溪」の字を課題として得た。池は張儀の子城のに在る。〕

摩訶池 この池は隋の時代、成都を守っていた蜀王楊秀が成都に小さな城を増築する際に、土を掘りすぎた部分を人工湖としたもの。大きさについては、成都の水利専門家・陳渭忠(チェン・ウェイジョン)氏が「摩訶池の興廃」という本の中で、「摩訶池が完成した当初、面積は500ムー(約33万平方メートル)だったが、増築後の水域面積は約1000ムー(約66万平方メートル)と、一般的なサッカー場約100個分の大きさとなった」と記している。 唐代の詩人・杜甫らもこの摩訶池を詠んでおり、中国ではよく知られている。摩訶池は初唐、元末明初、明末と3度にわたる埋め立て作業により、水域面積が次第に縮小し、1914年にはすべてが埋め立てられ演武場となっている。2013年発掘調査されている。

摩訶 仏語。優れていること。大きいこと。偉大なこと。池の語の上に付いて美称として用いたもの。

85 《嚴鄭公階下新松【案:得霑字。】》

86 《嚴鄭公宅同詠竹【案:得香字。】》

87 《奉觀嚴鄭公廳事岷山沱江畫圖十韻【案:得忘字。】》

89 《晚秋陪嚴鄭公摩訶池泛舟〔得溪字。池在張儀子城。〕》

以上の四首が同時期に作られたものである。

 

湍駛風醒酒,船迴霧起堤。【船行霧起堤】

この池に流入する早瀬には流れが速いので、そこを抜けてきた風は酒の酔いを吹き醒ます、池に浮かべた船はゆっくりと迴えそうとするころには霧が立ち上りだした。

湍駛 湍ははやせのこと。駛は迅疾な様子を感じさせる有様。

 

高城秋自落,雜樹晚相迷。

高い城には自ずからもう秋も終ろうとして葉を落して、そうした雜樹に葉がなくなれば、夕暮れてくらくなれば何を目印に舟を進めるのに迷ってしまう。

高城 人工的な池の土で作った城は、池から見れば高い。

秋自落、晚相迷 人工的に作った池は趣きがなく、秋も終わりになろうとすると木々の葉が落ちて、動物、鳥、の目標物がなくなるし、舟の目印もなくなって迷ってしまうという意。

鴛鴦0022 

坐觸鴛鴦起,巢傾翡翠低。

坐して安息していた鴛鴦は船の進行する気配に起きだしたし、巣が傾いて住んでいるカワセミまでもが木から垂れ下がってしまっている。

この二句は、前の「迷」ことから、「鴛鴦起」し「翡翠低」れさせてしまうことをいう。

 

莫須驚白鷺,為伴宿清溪。

こんなことではつがいで仲良く安住している白鷺まで驚かしてはならないだろう、こんな面倒な摩訶池なんかにいないで、私の居る浣花渓の清流で泊まるほうがきっと良いと思う。

清溪 杜甫の居る浣花渓の清流。