我が草堂には、濯錦江にかぶさるように竹林が繁っている。しかしこれが真夏の暑さを寒からしめてくれるのである。東側にはそれほどの繁りはなく、丁度形勢につかわしく、扉や窓を長く安置すべきと思っているところだ。

 
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765

年永泰元年54-01 《營屋》 杜甫index-15 765年永泰元年54 杜甫<801-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4720 杜甫詩1500-801-1-1115/2500765年永泰元年54-01

 

index-15 765年永泰元年54 

作年:    765年永泰元年54

卷別:    卷二二○              文體:    五言古詩

杜少陵集 巻十四
詩題:
    營屋

作地點:              成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

 

營屋

(自分で家屋をこしらえたことを詠んだもの。)

我有陰江竹,能令朱夏寒。

我が草堂には、濯錦江にかぶさるように竹林が繁っている。しかしこれが真夏の暑さを寒からしめてくれるのである。

陰通積水高入浮雲端。

この竹林の陰りは堆積された濯錦江の内側にまで通じており、この竹林の高さと云えば、浮雲の端まで入っている。

甚疑鬼物憑,不顧翦伐殘。

余りに繁っているので怪物でも住んでいるのではないかと疑われるから、切り倒して若干残せばいいと思っているというわけでもない。

東偏若面勢,牖永可安。

東側にはそれほどの繁りはなく、丁度形勢につかわしく、扉や窓を長く安置すべきと思っているところだ。

愛惜已六載,茲晨去千竿。

こんなことからもう6年もの間、この地に愛惜しているのだが、今朝方から、千本ほどこの竹林を切り払ったのである。

#2

蕭蕭見白日,洶洶開奔湍。

度堂匪華麗,養拙異考槃。

草茅雖薙葺,衰疾方少寬。

洗然順所適,此足代加餐。

寂無斤斧響,庶遂憩息歡。

(屋を營む)

我 陰江の竹有り,能く朱夏をして寒から令む。

陰は通ず 積水の高は入る 浮雲の端。

甚だ 疑う 鬼物の憑るかと,顧みず 翦伐して殘るを。

東偏 面勢に若【したが】う,【こゆう】永く安んず可し。

愛惜すること已に六載,茲の晨 千竿を去る。

#2

蕭蕭として 白日を見る,洶洶として 奔湍を開く。

堂を度る 華麗に匪らず,拙を養う 考槃に異り。

草茅 薙葺【ていしゅう】すと雖も,衰疾 方に少しく寬なり。

洗然【しゃぜん】適する所に順う,此れ加餐に代わるに足れり。

寂として 斤斧の響く無くんば,庶【こいねが】わくば 憩息の歡を遂げん。

 

(營屋)

我有陰江竹,能令朱夏寒。陰通積水,高入浮雲端。

甚疑鬼物憑【如疑鬼物憑】,不顧翦伐殘。東偏若面勢,牖永可安。

愛惜已六載,茲晨去千竿。蕭蕭見白日,洶洶開奔湍。

度堂匪華麗,養拙異考槃。草茅雖薙葺,衰疾方少寬。

洗然順所適,此足代加餐。寂無斤斧響,庶遂憩息歡。

 

杜甫草堂柴門06 

『營屋』 現代語訳と訳註

(本文)

營屋

我有陰江竹,能令朱夏寒。

陰通積水高入浮雲端。

甚疑鬼物憑,不顧翦伐殘。

東偏若面勢,牖永可安。

愛惜已六載,茲晨去千竿。

 

(下し文)

(屋を營む)

我 陰江の竹有り,能く朱夏をして寒から令む。

陰は通ず 積水の高は入る 浮雲の端。

甚だ 疑う 鬼物の憑るかと,顧みず 翦伐して殘るを。

東偏 面勢に若【したが】う,【こゆう】永く安んず可し。

愛惜すること已に六載,茲の晨 千竿を去る。

 

(現代語訳)

(自分で家屋をこしらえたことを詠んだもの。)

我が草堂には、濯錦江にかぶさるように竹林が繁っている。しかしこれが真夏の暑さを寒からしめてくれるのである。

この竹林の陰りは堆積された濯錦江の内側にまで通じており、この竹林の高さと云えば、浮雲の端まで入っている。

余りに繁っているので怪物でも住んでいるのではないかと疑われるから、切り倒して若干残せばいいと思っているというわけでもない。

東側にはそれほどの繁りはなく、丁度形勢につかわしく、扉や窓を長く安置すべきと思っているところだ。

こんなことからもう6年もの間、この地に愛惜しているのだが、今朝方から、千本ほどこの竹林を切り払ったのである。

 

杜甫草堂詳細図02

(訳注)

營屋

(自分で家屋をこしらえたことを詠んだもの。)

營屋 家屋を経営すること。家をよくすること。

 

我有陰江竹,能令朱夏寒。

我が草堂には、濯錦江にかぶさるように竹林が繁っている。しかしこれが真夏の暑さを寒からしめてくれるのである。

朱夏 真夏の暑さ。正午以降の南の夏の日を遮るほど高く、且つ、西日を遮ってくれる。

 

陰通積水高入浮雲端。

この竹林の陰りは堆積された濯錦江の内側にまで通じており、この竹林の高さと云えば、浮雲の端まで入っている。

 

甚疑鬼物憑,不顧翦伐殘。

余りに繁っているので怪物でも住んでいるのではないかと疑われるから、切り倒して若干残せばいいと思っているというわけでもない。

鬼物 竹が繁っているので怪物でも住んでいること。

 

東偏若面勢,牖永可安。

東側にはそれほどの繁りはなく、丁度形勢につかわしく、扉や窓を長く安置すべきと思っているところだ。

東偏 成都に向かう道がある。

若面勢 丁度形勢につかわしい状況。若はしたがう、地形に似つかわしいという意。

 扉と窓。牖は影や扉にくりぬいた窓をいう。

 

愛惜已六載,茲晨去千竿。

こんなことからもう6年もの間、この地に愛惜しているのだが、今朝方から、千本ほどこの竹林を切り払ったのである。

六載 成都紀行で75912月に到着し、765年正月で6年になるということ。
竹林001