貴方様の存在は広広として大きなものであり、蜀に流されたということでおあいできるとおもっておりましたが、これまで、前にも後ろにもお会いすることはありませんでした、若しお会いできるとお約束するなら、長江を下って荊州、楚の国についてからのことになると思います。

 
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765年永泰元年54-09 《宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒》 杜甫index-15 杜甫<809 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4780 杜甫詩1500-809-1127/2500765年永泰元年54-09

 

 

作時年:765年永泰元年54-

卷別:    卷二二三              文體:    五言古詩

杜少陵集 巻十四

詩題:    宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

作地點:              嘉州(劍南道北部 / 嘉州 / 嘉州)

及地點:              青溪驛 (劍南道北部 嘉州 犍為)       

交遊人物:張之緒              書信往來

 

 

宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

(嘉州青溪驛にとまったとき、李崔国によって蜀に流された張之緒員外郎殿のことを思いやってこの詩を作る。)

漾舟千山日入泊枉渚。

千を数える山々が聳え立つ間に、舟を漂わせ日が沈んでから大河の渚がおおきく枉った津に泊まる。

我生本飄飄,今復在何許。

自分の生活はもともと落ち着いたものではなく飄々と漂っているのだが、今また、何処にいるのだろうか。

石根青楓林,猿鳥聚儔侶。

崖があり、おおきな岩根に青い楓の林があり、猿や野鳥がそれぞれの仲間を集めている。

月明遊子靜,畏虎不得語。

月は明るく照らしているから、一緒にいる旅人はみんな静かにしている。それは虎を懼れていて、喋ることもできないからである。

中夜懷友朋,乾坤此深阻。

真夜中になると、房琯のグル-プであったあなたのことを思い出すのです。どうしてかというと、こんな天地の間において、山深い所にとじこめられているということだからです。

浩蕩前後間,佳期付荊楚。

貴方様の存在は広広として大きなものであり、蜀に流されたということでおあいできるとおもっておりましたが、これまで、前にも後ろにもお会いすることはありませんでした、若しお会いできるとお約束するなら、長江を下って荊州、楚の国についてからのことになると思います。

 (青溪驛に宿して 張員外十五兄之緒を懷い奉る)

舟を漾わす千山の,日入りて枉渚に泊す。

我が生 本と飄飄たり,今 復た 何れの許に在かる。

石根の青楓林,猿鳥 儔侶を聚む。

月明らかにし 遊子靜かなり,虎を畏れて語ることを得ず。

中夜 友朋を懷い,乾坤 此に深く阻らせる。

浩蕩たり 前後の間,佳期 荊楚に付く。

 

蜀中転々圖 

『宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒』 現代語訳と訳註

(本文)

宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

漾舟千山日入泊枉渚。

我生本飄飄,今復在何許。

石根青楓林,猿鳥聚儔侶。

月明遊子靜,畏虎不得語。

中夜懷友朋,乾坤此深阻。

浩蕩前後間,佳期付荊楚。

 

 

(下し文)

(青溪驛に宿して 張員外十五兄之緒を懷い奉る)       

舟を漾わす千山の,日入りて枉渚に泊す。

我が生 本と飄飄たり,今 復た 何れの許に在かる。

石根の青楓林,猿鳥 儔侶を聚む。

月明らかにし 遊子靜かなり,虎を畏れて語ることを得ず。

中夜 友朋を懷い,乾坤 此に深く阻らせる。

浩蕩たり 前後の間,佳期 荊楚に付く。

 

(現代語訳)

(嘉州青溪驛にとまったとき、李崔国によって蜀に流された張之緒員外郎殿のことを思いやってこの詩を作る。)

千を数える山々が聳え立つ間に、舟を漂わせ日が沈んでから大河の渚がおおきく枉った津に泊まる。

自分の生活はもともと落ち着いたものではなく飄々と漂っているのだが、今また、何処にいるのだろうか。

崖があり、おおきな岩根に青い楓の林があり、猿や野鳥がそれぞれの仲間を集めている。

月は明るく照らしているから、一緒にいる旅人はみんな静かにしている。それは虎を懼れていて、喋ることもできないからである。

真夜中になると、房琯のグル-プであったあなたのことを思い出すのです。どうしてかというと、こんな天地の間において、山深い所にとじこめられているということだからです。

貴方様の存在は広広として大きなものであり、蜀に流されたということでおあいできるとおもっておりましたが、これまで、前にも後ろにもお会いすることはありませんでした、若しお会いできるとお約束するなら、長江を下って荊州、楚の国についてからのことになると思います。

 

 

(訳注)

宿青溪驛奉懷張員外十五兄之緒

(嘉州青溪驛にとまったとき、李崔国によって蜀に流された張之緒員外郎殿のことを思いやってこの詩を作る。)

李崔国は宦官を束ね、肅宗の張淑妃と結託して勢力を拡大していて、た。房琯・鄭虔などと朝廷からはじき出された人であってその人のことを思うということである。

青溪驛 嘉州青溪驛、水駅。

員外 員外郎。丞相、宰相、左丞右丞, 左司郎中のつぎにくるもの副大臣。 

十五 排行

張兄之緒 張之緒が姓名。

唐の駅伝制

唐全土には1,639もの駅站が存在し、水駅が260、水陸駅が86か所設置されていた。駅站を利用できる政府関係者は、食糧、運送、宿泊が無料であった。また、道路の五里ごとに『里隔柱』という標識が置かれ、十里ごとに別の標識を立てられた。幹線道路沿いには多数の店舗が建ち並び、交通は大いに発達した。

当時の貴族や官僚は外出には車を使わず、馬に乗り、牛車に乗るのは女性が多かった。牛車はまた、運送に利用された。

隋代からの駅伝制度を発達させ、駅站は整備され、役人の宿泊や馬の確保に使われた。一等の駅は馬75頭が置かれていた。関津制度によって、水陸の要所に関所が置かれ、旅人や荷を検分して、商人から税を徴収した。また、商業のための往来するために、商人は「過所」という通行証明書を、中央では尚書省、地方では州で発行してもらい、所持する必要があった。紛失した場合、審査の上で再発行となった。過所に許された経路を通れば、遠距離でも行くことができたが、不正に通関しようとしたものは罰を受けた。また、安史の乱以降は、人の動きが活発化して、藩鎮の州や県で「公験」という通行証明書も発行された。唐代の関津制度は、賦役逃れや誘拐、外敵の潜入を防ぐために厳格であった。唐代後半には、軍事伝達が余りに頻繁となり、駅站が増大して、駅伝制度は崩れていった。これについて、杜甫は、朝廷に仕える時から一貫して警鐘を鳴らしていた。杜甫《乾元元年華州試進士策問五首》に詳しく述べている。757年至徳二載 《乾元元年華州試進士策問五首 (23) 全体》 杜甫<1509-T 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4340 杜甫詩1500/2500

三者の思惑が合致 

 

漾舟千山日入泊枉渚。

千を数える山々が聳え立つ間に、舟を漂わせ日が沈んでから大河の渚がおおきく枉った津に泊まる。

枉渚 大河の渚がおおきく枉った津。船が繋留して流されない位置ということ。

 

我生本飄飄,今復在何許。

自分の生活はもともと落ち着いたものではなく飄々と漂っているのだが、今また、何処にいるのだろうか。

何許 この地に来たのは当てもなく泊まれる条件を満たすところであったから、安全に舟を止められる何処かという意味である。

 

石根青楓林,猿鳥聚儔侶。

崖があり、おおきな岩根に青い楓の林があり、猿や野鳥がそれぞれの仲間を集めている。

 

月明遊子靜,畏虎不得語。

月は明るく照らしているから、一緒にいる旅人はみんな静かにしている。それは虎を懼れていて、喋ることもできないからである。

 

中夜懷友朋,乾坤此深阻。

真夜中になると、房琯のグル-プであったあなたのことを思い出すのです。どうしてかというと、こんな天地の間において、山深い所にとじこめられているということだからです。

此深阻 この地に閉じこめられた。張員外郎自身とじこめられていると同じ状況なのでこういう。

 

浩蕩前後間,佳期付荊楚。

貴方様の存在は広広として大きなものであり、蜀に流されたということでおあいできるとおもっておりましたが、これまで、前にも後ろにもお会いすることはありませんでした、若しお会いできるとお約束するなら、長江を下って荊州、楚の国についてからのことになると思います。

浩蕩 広広として大きなさま。

前後 前にも後ろにもお会いすることはありませんでした。あとにもさきにも~できなかった。

佳期 会うことのできる約束の日。

 その時に書簡を届ける。

荊楚 荊州、楚の国。張員外郎が荊州の何処かにいるということであろう。あるいは、成都で軟禁状態で、他地方でないと逢うことが出来ないのかもしれない。杜甫は、房琯の一派が宦官勢力の謀によって貶められたとこで注意深い手紙しか出していない。