自分と厳武公の交際は、左拾遺を拝命した朝廷の中においても房琯の一党の古き仲間としても其の関係跡をかたじけのうしておるし、自分の心情は厳武公が節度使の尊いお方であるということをよりどころとしているのである。

 
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765年永泰元年54-14 《弊廬遣興奉寄嚴公》 杜甫index-15 杜甫<814> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4805 杜甫詩1500-814-1132/2500765年永泰元年54-14

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二八              文體:    五言古詩

詩題:    弊廬遣興奉寄嚴公

交遊人物:嚴武    書信往來(劍南道北部 益州 成都)

 

 

弊廬遣興奉寄嚴公

(あばら家の我が家で興を遣り、詩を作って厳武公に寄せ奉る。)

野水平橋路,春沙映竹村。

成都に続く道に大水が降って溢れ、のばしと道と水路が平らになってしまう、雨が止むと濯錦江の中洲の砂は春景色の中、竹林はこの村に映えている。

風輕粉蝶喜,花暖蜜蜂喧。

晴れ渡ると風は軽やかに吹いて、花の花粉に喜んでいる、花は暖かくなると更に開いて蜂は蜜をすに集めて煩くさわぐ。

把酒宜深酌,題詩好細論。

こうなると自分は酒を手にして十分深酒をするまで呑むし、詩を題するなら、良い仲間と仔細に論じ合わねばならない。

府中瞻暇日,江上憶詞源。

厳武公は幕府で忙しく暇な日などなくしっかり情勢を観なければいけないので、自分はこの濯錦江のほとりで、文章の淵源あることを思っておるところである。

跡忝朝廷舊,情依節制尊。

自分と厳武公の交際は、左拾遺を拝命した朝廷の中においても房琯の一党の古き仲間としても其の関係跡をかたじけのうしておるし、自分の心情は厳武公が節度使の尊いお方であるということをよりどころとしているのである。

還思長者轍,恐避席為門。

それにつけても、厳武公が、自分を訪ねてやろうと思われても、私の家が筵を門や扉としているようなむさくるしい所であるのでこればっかりは避けていただくよりないのです。

 

(弊廬 興を遣る 嚴公寄せ奉る)

野水 橋路を平かにし,春沙 竹村に映ず。

風輕くして 蝶 粉して喜び,花暖かにして 蜂 蜜をとりて 喧すし。

把酒をりては深酌を宜しくし,詩を題しては細論を好しとす。

府中 暇日を瞻て,江上 詞源を憶う。

跡は忝【かたじけな】くす 朝廷の舊,情は依る 節制の尊。

還た思う 長者の轍,恐らくは席を門と為すを避けん。

杜甫草堂詳細図02 

『弊廬遣興奉寄嚴公』 現代語訳と訳註

(本文)

弊廬遣興奉寄嚴公

野水平橋路,春沙映竹村。

風輕粉蝶喜,花暖蜜蜂喧。

把酒宜深酌,題詩好細論。

府中瞻暇日,江上憶詞源。

跡忝朝廷舊,情依節制尊。

還思長者轍,恐避席為門。

 

(下し文)

(弊廬 興を遣る 嚴公寄せ奉る)

野水 橋路を平かにし,春沙 竹村に映ず。

風輕くして 蝶 粉して喜び,花暖かにして 蜂 蜜をとりて 喧すし。

把酒をりては深酌を宜しくし,詩を題しては細論を好しとす。

府中 暇日を瞻て,江上 詞源を憶う。

跡は忝【かたじけな】くす 朝廷の舊,情は依る 節制の尊。

還た思う 長者の轍,恐らくは席を門と為すを避けん。

 

(現代語訳)

(あばら家の我が家で興を遣り、詩を作って厳武公に寄せ奉る。)

成都に続く道に大水が降って溢れ、のばしと道と水路が平らになってしまう、雨が止むと濯錦江の中洲の砂は春景色の中、竹林はこの村に映えている。

晴れ渡ると風は軽やかに吹いて、花の花粉に喜んでいる、花は暖かくなると更に開いて蜂は蜜をすに集めて煩くさわぐ。

こうなると自分は酒を手にして十分深酒をするまで呑むし、詩を題するなら、良い仲間と仔細に論じ合わねばならない。

厳武公は幕府で忙しく暇な日などなくしっかり情勢を観なければいけないので、自分はこの濯錦江のほとりで、文章の淵源あることを思っておるところである。

自分と厳武公の交際は、左拾遺を拝命した朝廷の中においても房琯の一党の古き仲間としても其の関係跡をかたじけのうしておるし、自分の心情は厳武公が節度使の尊いお方であるということをよりどころとしているのである。

それにつけても、厳武公が、自分を訪ねてやろうと思われても、私の家が筵を門や扉としているようなむさくるしい所であるのでこればっかりは避けていただくよりないのです。

 

江畔独歩尋花 

(訳注)

弊廬遣興奉寄嚴公

(あばら家の我が家で興を遣り、詩を作って厳武公に寄せ奉る。)

《正月三日歸溪上有作簡院諸公》などと共に厳武の幕府への出仕したくない旨を述べたもの。

 

野水平橋路,春沙映竹村。

成都に続く道に大水が降って溢れ、のばしと道と水路が平らになってしまう、雨が止むと濯錦江の中洲の砂は春景色の中、竹林はこの村に映えている。

野水平橋路 成都と杜甫の草堂の間には橋が数本あったようでこの詩の橋、野橋、浣花橋、市橋、と言っている。《渓漲》では「當時浣花橋,溪水纔尺餘。白石明可把,水中有行車。」溪漲 成都6-(6-#1) 杜甫 <471-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2465 杜甫詩1000-471-687/1500

《西郊》「時出碧雞坊,西郊向草堂。市橋官柳細,江路野梅香。」西郊 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500

 

風輕粉蝶喜,花暖蜜蜂喧。

晴れ渡ると風は軽やかに吹いて、花の花粉に喜んでいる、花は暖かくなると更に開いて蜂は蜜をすに集めて煩くさわぐ。

粉蝶 花粉と蝶。

 

把酒宜深酌,題詩好細論。

こうなると自分は酒を手にして十分深酒をするまで呑むし、詩を題するなら、良い仲間と仔細に論じ合わねばならない。

 

府中瞻暇日,江上憶詞源。

厳武公は幕府で忙しく暇な日などなくしっかり情勢を観なければいけないので、自分はこの濯錦江のほとりで、文章の淵源あることを思っておるところである。

府中 西川節度使の幕府の役所の中。

瞻暇日 実はこの時の吐蕃情勢はきんぱくしていたから、暇な日を見つけようと懸命に見つめる。つまり、暇がないことをいう。

詞源 厳武が文章の淵源を有しているということ。

 

跡忝朝廷舊,情依節制尊。

自分と厳武公の交際は、左拾遺を拝命した朝廷の中においても房琯の一党の古き仲間としても其の関係跡をかたじけのうしておるし、自分の心情は厳武公が節度使の尊いお方であるということをよりどころとしているのである。

朝廷舊 厳武が給仕中、杜甫が左拾遺で、共に房琯の一党であった。

節制尊 節度使の権をもつ尊いお方である

 

還思長者轍,恐避席為門。

それにつけても、厳武公が、自分を訪ねてやろうと思われても、私の家が筵を門や扉としているようなむさくるしい所であるのでこればっかりは避けていただくよりないのです。

長者轍 門を筵で作り家の戸もない家であってもそこに尊敬されるべき人物であれば長者の列をなして訪問があるという《史記》卷五十六〈陳丞相世家〉の故事。長者の厳武公が訪ねるとしたら、私でなくもっと大人物を訪ねられるべきである。
三者の思惑が合致