ここへきてもむなしく、旅を強いられ客分となっている自分はいたずらに涙をながすだけで、この地の長官である主人(姪)の世話になろうなどとはと考えてはいけないと思っているのである。

 
 2014年10月6日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
100-#3 《長干行,二首之一 #3》李白index- 6 《726年開元十四年26歳》 <100-#3> Ⅰ李白詩1274 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4918 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorブログ
20-(9) 《上宰相書 -(9)》韓愈(韓退之)ID 793年貞元9年 26歳<1187> Ⅱ韓昌黎集 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4919 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-37 《題忠州龍興寺所居院壁》 杜甫index-15 杜甫<837> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4920 杜甫詩1500-837-1155/2500 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ519 韓昌黎集 巻五  《鎮州初歸》(韓退之) 韓愈kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 4921 (10/06) 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor19-492《南歌子二首其二》巻九 毛熙震Ⅻ唐五代詞・『花間集』全詩訳注解説Gs-675-19-(492) 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4922 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

765年永泰元年54-37 《題忠州龍興寺所居院壁》 杜甫index-15 杜甫<837> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4920 杜甫詩1500-837-1155/2500

765年永泰元年54-37

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:  卷二二九        文體:  五言律詩

詩題:  題忠州龍興寺所居院壁

作地點:        忠州(山南東道 / 忠州 / 忠州)

寫及地點:龍興寺 (山南東道忠州 忠州)    

忠州 (山南東道忠州 忠州)        

 

題忠州龍興寺所居院壁

忠州三峽井邑聚雲根。

小市常爭米,孤城早閉門。

空看過客淚,莫覓主人恩。

淹泊仍愁虎,深居賴獨園。

(忠州の竜興寺の寓居のおくざしきの壁にかきつけた詩。)

忠州は三峡の奥にあって県城の人家が崖壁のもとに集まっている。

小さい市場でいつも人が米を早く売りたいのと安く買おうと思うものとが争っているし、山の中のひとつポツンとある孤城であるから、夕方は早くから城門を閉じて防備するのである。

ここへきてもむなしく、旅を強いられ客分となっている自分はいたずらに涙をながすだけで、この地の長官である主人(姪)の世話になろうなどとはと考えてはいけないと思っているのである。

ひさしく滞在している間にも、虎におそわれるおそれがあるので、お寺にたよって、奥まった居室にひっこんでいるのである。

 

(忠州竜興寺の居る所の院壁に題す)

忠州は三峡の内、井邑 雲根に聚まる。

小市 常に米を争い、孤城 早く門を閉ず。

空しく看る 過客の涙、覓むる莫れ 主人の恩。

淹泊 仍お虎を愁い、深居 独園に頼る。

 

蜀中転々圖 

『題忠州龍興寺所居院壁』 現代語訳と訳註

(本文)

 

(含異文)

忠州三峽,井邑聚雲根。

小市常爭米,孤城早閉門。

空看過客淚【豈看過客淚】,莫覓主人恩。

淹泊仍愁虎【淹薄仍愁虎】,深居賴獨園。

 

(下し文)

(忠州竜興寺の居る所の院壁に題す)

忠州は三峡の内、井邑 雲根に聚まる。

小市 常に米を争い、孤城 早く門を閉ず。

空しく看る 過客の涙、覓むる莫れ 主人の恩。

淹泊 仍お虎を愁い、深居 独園に頼る。

 

(現代語訳)

(忠州の竜興寺の寓居のおくざしきの壁にかきつけた詩。)

忠州は三峡の奥にあって県城の人家が崖壁のもとに集まっている。

小さい市場でいつも人が米を早く売りたいのと安く買おうと思うものとが争っているし、山の中のひとつポツンとある孤城であるから、夕方は早くから城門を閉じて防備するのである。

ここへきてもむなしく、旅を強いられ客分となっている自分はいたずらに涙をながすだけで、この地の長官である主人(姪)の世話になろうなどとはと考えてはいけないと思っているのである。

ひさしく滞在している間にも、虎におそわれるおそれがあるので、お寺にたよって、奥まった居室にひっこんでいるのである。

三峡 巫山十二峰001 

 

(訳注)

題忠州龍興寺所居院壁

(忠州の竜興寺の寓居のおくざしきの壁にかきつけた詩。)

永泰元年忠州にあっての作。

◍ 聞高常侍亡〔自注:忠州作。〕

◍ 宴忠州使君姪宅

◍ 禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕

◍ 題忠州龍興寺所居院壁

 

忠州三峽井邑聚雲根。

忠州は三峡の奥にあって県城の人家が崖壁のもとに集まっている。

〇三峡内 三昧には諸説があり、上流よりかぞえで夔峡(瞿塘峡)・巫峡・西陵峡(宜昌の西にあるもの)の三つをいうと為す説がよろしいようである。内とは杜甫が上流の成都から下ってきて、忠州にいて三峡の下流の方を「峡外」とし、上流側に三峡、忠州とあるので内とする、忠州は夔峡よりさらに上流にある。したがって、内である。

○井邑 井は田地九百畝を九等分した経界を意味するがここは忠州城郭の街衡の条理をいい、邑は県をいう。井邑は県城の人家をさす。

○雲根 崖壁のもとをいう、雲は、岩場や洞窟から生じるというのが古代の考え方。

 

小市常爭米,孤城早閉門。

小さい市場でいつも人が米を早く売りたいのと安く買おうと思うものとが争っているし、山の中のひとつポツンとある孤城であるから、夕方は早くから城門を閉じて防備するのである。

○争米 米を買おうとあらそう。値段交渉を争うという。

○早閉門 はやく城門をしめる、盗賊をふせぐためである。盗賊は山に住むもので、夜に襲ってくるのである。税負担に堪えられないものは「逃散」ということで人別帳から逃れ、山に入った。杜甫《北征》、《三吏三別》李商隠《行次西郊作一百韻》など多くに述べている。

北征 #12 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 219

行次西郊作一百韻 李商隠 白文  現代語訳 (全文)

 

空看過客淚,莫覓主人恩。

ここへきてもむなしく、旅を強いられ客分となっている自分はいたずらに涙をながすだけで、この地の長官である主人(姪)の世話になろうなどとはと考えてはいけないと思っているのである。

○過客 作者自己をいう。

○主人 刺史姪をいう。

 

淹泊仍愁虎,深居賴獨園。

ひさしく滞在している間にも、虎におそわれるおそれがあるので、お寺にたよって、奥まった居室にひっこんでいるのである。

○淹泊 ひさしくとまっておる。

○獨園 絵孤独の園、寺をいう、すでにみえる。ここは竜興寺をさす。

 

 

(忠州竜興寺の居る所の院壁に題す)

忠州は三峡の内、井邑 雲根に聚まる。

小市 常に米を争い、孤城 早く門を閉ず。

空しく看る 過客の涙、覓むる莫れ 主人の恩。

淹泊 仍お虎を愁い、深居 独園に頼る。

巫山十二峰002