(当時の悲惨な状況、避難民の中で偶然生き残った一人について詠う。)兵乱を避けるため、二十一組の家族が同時に蜀に逃げ込んできたが、不幸なことにたった一人の男だけが無事に、駱谷関をぬけだすことができた。

 

 
 2014年10月10日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-41 《三絕句,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<841> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4940 杜甫詩1500-841-1159/2500765年永泰元年54歲-41 
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765年永泰元年54-41 《三句,三首之二》 杜甫index-15 杜甫<841 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4940 杜甫詩1500-841-1159/2500765年永泰元年54-41

 

 

卷別:    卷二二九              文體:    七言

詩題:    句,三首之二

及地點:              駱谷關 (京畿道 京兆府 駱谷關)       

 

句,三首之二

(当時の悲惨な状況、避難民の中で偶然生き残った一人について詠う。)

二十一家同入蜀,惟殘一人出駱谷。

兵乱を避けるため、二十一組の家族が同時に蜀に逃げ込んできたが、不幸なことにたった一人の男だけが無事に、駱谷関をぬけだすことができた。

二女齧臂時,回頭卻向秦雲哭。

その男が言うには、自分たちは一緒に逃げたのであるが、みんなが危ないというので親子バラバラに別れ、その時に二人の娘と自分とが、別れても安全を祈念して肘を噛みあったのである。逃げる時には、連れ合って走り、頭を娘の方に向けて長安の方とおもえる雲に向かって声を張り上げて叫び鳴いた。

 

(句,三首之二)

二十一家 同じく蜀に入り,惟だ一人を殘して駱谷を出ず。

自らく 二女臂を齧みし時,頭を回して卻って秦雲に向って哭く。

 

 

『三句,三首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

句,三首之二

二十一家同入蜀,惟殘一人出駱谷。

二女齧臂時,回頭卻向秦雲哭。

 

 

(下し文)

(句,三首之二)

二十一家 同じく蜀に入り,惟だ一人を殘して駱谷を出ず。

自らく 二女臂を齧みし時,頭を回して卻って秦雲に向って哭く。

 

 

(現代語訳)

(当時の悲惨な状況、避難民の中で偶然生き残った一人について詠う。)

兵乱を避けるため、二十一組の家族が同時に蜀に逃げ込んできたが、不幸なことにたった一人の男だけが無事に、駱谷関をぬけだすことができた。

その男が言うには、自分たちは一緒に逃げたのであるが、みんなが危ないというので親子バラバラに別れ、その時に二人の娘と自分とが、別れても安全を祈念して肘を噛みあったのである。逃げる時には、連れ合って走り、頭を娘の方に向けて長安の方とおもえる雲に向かって声を張り上げて叫び鳴いた。

 

函谷関長安地図座標001

(訳注)

句,三首之二

(当時の悲惨な状況、避難民の中で偶然生き残った一人について詠う。)

 

二十一家同入蜀,惟殘一人出駱谷。

兵乱を避けるため、二十一組の家族が同時に蜀に逃げ込んできたが、不幸なことにたった一人の男だけが無事に、駱谷関をぬけだすことができた。

入蜀 765年永泰元年9月僕固懐恩が回紇と吐蕃に誘いかけ、入寇したのだが、その前に吐蕃を奉天に、、吐谷渾奴刺を籃屋(B-1)に赴かしめ、回紇はこれらをバックアップするように後に続いた。この詩の人々はこの時、長安側から逃げた人をいう。 

駱谷 駱谷関のこと。長安側から、黒川をさかのぼって、太白山の東側の蜀へ通づる関所。(A-0地点)

 

二女齧臂時,回頭卻向秦雲哭。

その男が言うには、自分たちは一緒に逃げたのであるが、みんなが危ないというので親子バラバラに別れ、その時に二人の娘と自分とが、別れても安全を祈念して肘を噛みあったのである。逃げる時には、連れ合って走り、頭を娘の方に向けて長安の方とおもえる雲に向かって声を張り上げて叫び鳴いた。

 生き残りの本人が言うこと。

齧臂時 おやこでいっしょににげるのはきけんということでべつべつににげる。その時安全と再会を祈念し誓いあって親子で肘を噛みあう。
長安付近図00