(衆水が海に帰することを朝宗といい、聖天子に帰すことが重要で、自分も速くこの流れに準じて荊州に行きたいとうたう。)

 
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765年永泰元年54-48 《長江,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<848 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4975 杜甫詩1500-848-1166/2500765年永泰元年54-48

 

 

年:       永泰元年

寫作時間:           765

寫作年紀:           54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    長江,二首之二

詩序:   

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:             

長江 (山南東道 夔州 雲安) 別名:蜀江、漢江            

灩澦堆 (山南東道 夔州 夔州)          

 

長江,二首之一

眾水會涪萬,瞿塘爭一門。

朝宗人共挹,盜賊爾誰尊。

孤石隱如馬,高蘿垂飲猿。

歸心異波浪,何事即飛翻。

(この蜀という地には一時でも居たくない、中央の暗躍で四六時中権力闘争をしている、何とか三峡を早く下るようになりたいと詠う。)

多くの水が涪州万州に会合し、それらの水が更に瞿塘峡が一門に向かって争いながれる。

この大江は、諸侯の天子に拝謁するように江水が朝宗し、東海に流入することは、万人の共に取る常識なのである。此の義を解せざる汝ら盗賊どもをだれが尊敬するものがあろうか。

瞿塘では灔澦のひとつ石がかくれてわずかに馬のごとく、高処のひめかつらから水をのもうとする猿が垂れさがっている。

自分はそこをとおって荊州の方へゆこうとするのだが、自分の帰郷をおもう心は波浪ならいざ知らず波浪でもないくせに、いかなるせいかびっくりかえりつつあるのである。

(長江,二首の一)

衆水 涪 万に会し、瞿塘 一門を争う。

朝宗 人 共に拇り、盗賊 爾をば 誰か尊ばん。

孤石隱れて 馬の如し、高蘿に飲猿垂る。

帰心は 波浪に異なり、何事ぞ即ち飛翻するや。

 

長江,二首之二

浩浩終不息,乃知東極臨。

眾流歸海意,萬國奉君心。

色借瀟湘闊,聲驅灩澦深。

未辭添霧雨,接上遇衣襟。

(衆水が海に帰することを朝宗といい、聖天子に帰すことが重要で、自分も速くこの流れに準じて荊州に行きたいとうたう。)

長江の水は浩浩と大きくながれてあくまでやまぬ。これは東のはてにまでゆくのであることがわかる。

長江に流入する多くの流れは、終には、東海の大海原に帰してしまうところまさに朝宗であり、それは万国が聖徳天子に帰して、それをいただく心とにている。

瀟湘の水は遠大であるが江の水はこれに色を空より借りるからまさに遠大なのである。艶預灘のところは水が深いが江浪の声はそのふかいところまで駆りたてている。

こんなさかんな勢いで流れる水を船でくだる自分にとっては、狼のしぶきが霧や雨に加わっていっしょになって襟にのぼりかかってきてもいとわない、それより水勢が急であれば早く峡をくだれるからむしろそれをよろこばしいというものだ。

(長江,二首の二)

浩浩終に息まず、乃ち知る東極に臨むことを。

衆流 海に帰するの意、万国君を奉ずるの心。

色は瀟湘の闊なるに借し、声は灔澦の深きを駆る。

未だ辞せず霧雨に添え、接上して衣襟を過ぐることを。

 

巫山十二峰004 

『長江,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

長江,二首之二

浩浩終不息,乃知東極臨。

眾流歸海意,萬國奉君心。

色借瀟湘闊,聲驅灩澦深。

未辭添霧雨,接上遇衣襟。

 

(含異文)

浩浩終不息,乃知東極臨【乃知東極深】。

眾流歸海意,萬國奉君心。

色借瀟湘闊,聲驅灩澦深【聲驅灩澦沈】。

未辭添霧雨,接上遇衣襟【接上過衣襟】。

 

(下し文)

(長江,二首の二)

浩浩終に息まず、乃ち知る東極に臨むことを。

衆流 海に帰するの意、万国君を奉ずるの心。

色は瀟湘の闊なるに借し、声は灔澦の深きを駆る。

未だ辞せず霧雨に添え、接上して衣襟を過ぐることを。

 

(現代語訳)

(衆水が海に帰することを朝宗といい、聖天子に帰すことが重要で、自分も速くこの流れに準じて荊州に行きたいとうたう。)

長江の水は浩浩と大きくながれてあくまでやまぬ。これは東のはてにまでゆくのであることがわかる。

長江に流入する多くの流れは、終には、東海の大海原に帰してしまうところまさに朝宗であり、それは万国が聖徳天子に帰して、それをいただく心とにている。

瀟湘の水は遠大であるが江の水はこれに色を空より借りるからまさに遠大なのである。艶預灘のところは水が深いが江浪の声はそのふかいところまで駆りたてている。

こんなさかんな勢いで流れる水を船でくだる自分にとっては、狼のしぶきが霧や雨に加わっていっしょになって襟にのぼりかかってきてもいとわない、それより水勢が急であれば早く峡をくだれるからむしろそれをよろこばしいというものだ。

 瞿塘峡001

(訳注)

長江,二首之二

 

 

浩浩終不息,乃知東極臨。

長江の水は浩浩と大きくながれてあくまでやまぬ。これは東のはてにまでゆくのであることがわかる。

○浩浩 大いなるさま。

○東極 ひがしのはて、東海をいう。中国は東西南北その行き着く地の果ては崖になっていて、広大な海となるという意味。四海、天涯なども同じ考え方。

 

眾流歸海意,萬國奉君心。

長江に流入する多くの流れは、終には、東海の大海原に帰してしまうところまさに朝宗であり、それは万国が聖徳天子に帰して、それをいただく心とにている。

眾流 衆水が海に帰することを朝宗 【ちょうそう】という。1 《「朝」は春に、「宗」は夏に天子に謁見する意》古代中国で、諸侯が天子に拝謁すること。2 多くの河川がみな海に流れ入ること。3 権威あるものに寄り従うこと。中國の河川は東流して海に入るということで、常識という意味になり、西南北の三方から支流が長江に合流して、東流するのである。「「詩経」(沔水)に、「沔たる彼の流水は、海に朝宗す」とあり、その鄭箋に、諸侯が春に天子にまみえることを朝といい、夏まみえることを宗という、とみえる。ここは諸侯が天子に帰する如く衆水が海に帰することをいう。

 

色借瀟湘闊,聲驅灩澦深。

瀟湘の水は遠大であるが江の水はこれに色を空より借りるからまさに遠大なのである。艶預灘のところは水が深いが江浪の声はそのふかいところまで駆りたてている。

○色借 色は水色、借はかすことで、かることではない。

瀟湘闊 瀟湘は洞庭湖に流入する河川名で長江の支流である。は遠大なこと。

○声 波浪のおと。

灩澦深 灩澦は灔澦堆。艶預灘は深くて急流である。

 

未辭添霧雨,接上遇衣襟。

こんなさかんな勢いで流れる水を船でくだる自分にとっては、狼のしぶきが霧や雨に加わっていっしょになって襟にのぼりかかってきてもいとわない、それより水勢が急であれば早く峡をくだれるからむしろそれをよろこばしいというものだ。

○未辞 辞は辞退すること。

○添霧雨 添は加わる、霧雨があるうえに波浪が加わることをいう。

○接上 霧雨にくっついてのぼる。
巫山十二峰003