杜甫《答鄭十七郎一(杜甫が鄭賁が兄鄭郎に答えたもので「雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴」において詠われた詩である。)

 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-52 《答鄭十七郎一絕》 杜甫index-15 杜甫<852> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4995 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
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聞道乘驄發,

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忠州三峽

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丹旐飛飛日,

857

雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴

寒花開已盡,

858

答鄭十七郎一

雨後過畦潤,

859

將曉,二首之一

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將曉,二首之二

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862

懷錦水居止,二首之二

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長吟【案:若本逸詩。】

江渚翻鷗戲,

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言

詩題:    答鄭十七郎一

交遊人物:鄭十七郎

葭 あし002 

 

答鄭十七郎一

雨後過畦潤,花殘步屐遲。

把文驚小陸,好客見當時。

(杜甫が鄭賁が兄鄭郎に答えたもので「雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴」において詠われた詩である。)

雨が降った後は、通り過ぎるあぜ路はぬかるんでいる。まだ草原の花は咲いていて、それを見ると「なにやらゆかしく」て、歩くのが遅くなる。

あなた方御兄弟の詩文を拝見して感心させられ、晋の陸機兄弟を思い浮かべるようで、弟の鄭賁君はまるで小陸というべきと驚いた次第である。こうして客人として私に接せられる兄の鄭郎くんについては、漢の鄭當時を見るというべきお方であります。

 

(鄭十七郎み答う一)

雨後 過畦【かけい】潤い,花殘 步屐【ほげき】遲し。

文を把りて小陸に驚き,客を好むは當時を見る。

 

蜀中転々圖 

『答鄭十七郎一』 現代語訳と訳註解説

(本文)

答鄭十七郎一

雨後過畦潤,花殘步屐遲。

把文驚小陸,好客見當時。

 

(下し文)

(鄭十七郎に答う一)

雨後 過畦【かけい】潤い,花殘 步屐【ほげき】遲し。

文を把りて小陸に驚き,客を好むは當時を見る。

 

(現代語訳)

(杜甫が鄭賁が兄鄭郎に答えたもので「雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴」において詠われた詩である。)

雨が降った後は、通り過ぎるあぜ路はぬかるんでいる。まだ草原の花は咲いていて、それを見ると「なにやらゆかしく」て、歩くのが遅くなる。

あなた方御兄弟の詩文を拝見して感心させられ、晋の陸機兄弟を思い浮かべるようで、弟の鄭賁君はまるで小陸というべきと驚いた次第である。こうして客人として私に接せられる兄の鄭郎くんについては、漢の鄭當時を見るというべきお方であります。

萱草002 

 

(訳注)

答鄭十七郎一

(杜甫が鄭賁が兄鄭郎に答えたもので「雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴」において詠われた詩である。)

雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴

寒花開已盡,菊蕊獨盈枝。

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地偏初衣裌,山擁更登危。

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鄭十七郎 鄭十八の兄で鄭十七をいう。郎は若者を指して言う。

 

雨後過畦潤,花殘步屐遲。

雨が降った後は、通り過ぎるあぜ路はぬかるんでいる。まだ草原の花は咲いていて、それを見ると「なにやらゆかしく」て、歩くのが遅くなる。

過畦 杜甫が歩いている田んぼのあぜ道。

花殘 田圃、野原に草花が枯れている中で残って咲いている花をいう。

步屐 あぜ道を歩く下駄をいう。

 

把文驚小陸,好客見當時。

あなた方御兄弟の詩文を拝見して感心させられ、晋の陸機兄弟を思い浮かべるようで、弟の鄭賁君はまるで小陸というべきと驚いた次第である。こうして客人として私に接せられる兄の鄭郎くんについては、漢の鄭當時を見るというべきお方であります。

把文 あなた方御兄弟の詩文を拝見して感心させられたというほどの意味。

小陸 晋の陸機兄弟に比較され、その弟に比較されるから「小陸」という鄭十八をさしていう。

好客 弟の賓客を嫌がりもせず、好んで歓迎する。

當時 漢の鄭當時 漢の鄭当時(字は荘)は常に長安の諸郊に駅馬を置いて日夜賓客を送迎した、山陽と鄭駅はともに鄭十七のことに比する。

杜甫《贈王二十四侍御契四十韻》「山陽無俗物,鄭驛正留賓。」(山陽 俗物無く、鄭駅 正に賓を留む。

竹林七賢の住んだ山陽に比すべきここには俗物はいないし、鄭当時が駅馬を置いて賓客をもてなしたようにあなたはお客をおひきとめになるのである。

○山陽 河内の山陽という、魏末に嵆康・向秀ら竹林七賢の居った処、今の河南省懐慶府修武県の北にある。河内郡位置 太行山 東南と 黄河 北。 十六: 汲県 、共県、林慮県、 嘉県 修武県 野王県 、州県、 懐県 (郡治)、 平皋県 河阳県 沁水県 山陽県 、朝歌県、 武徳県

○俗物 晋書の王戎伝に院籍(七賢の一人)が王戎にむかっていうのに、「俗物己二復夕来タリ、人意ヲ敗ル」とある。

廣徳2764-98-#7 《贈王二十四侍御契四十韻》 杜甫index-14 764年贈王二十四侍御契四十韻 杜甫<770-#7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4465 杜甫詩1500-770-#7-1064/2500
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