杜甫《將曉,二首之二》(朝の船着き場の恒例の行事を見て、自己の老衰を嘆ずる。)出発の準備や見送りの兵士や官吏が官燭を引き戻して帰ってゆくと、船員たちは自然に出発の景気づけに楚の歌を謡い始める。

 
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765年永泰元年54-54 《將曉,二首之二》 杜甫index-15 杜甫<854 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5005

杜甫詩1500-854-1172/2500765年永泰元年54-54

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    將曉,二首之二

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

 

 

將曉,二首之一

(雲安の病床で世の明ける時に思い付いたことをうたう。)

石城除擊柝,鐵鎖欲開關。

岩石に囲まれた塞城で、夜まわりの拍子木の音が聴こえなくなった。城門の妷の閂が射してあったが、それが、明けられようとする。

鼓角悲荒塞,星河落曙山。

草が荒れほうだいの塞に軍営の鼓角が悲しく鳴り響く。星、銀河があけぼのの山に落ちかかってゆく。

巴人常小梗,蜀使動無還。

ここ巴地の人々は、いつも小さな兵乱を起している、蜀の節度使軍の使者でさえともすると帰ってこないことがあるのである。

垂老孤帆色,飄飄犯百蠻。

こんな時、自分は歳をとって老化してゆくにもかかわらず、この身一つで、船の帆を上げて飄々と百蠻の地を犯してまでの旅をせねばならないのである。(早くなおして旅立ちたい)

 

(將に曉けんとす,二首の一)

石城 擊柝【げきたく】除かる,鐵鎖 關を開かんと欲す。

鼓角 荒塞を悲しみ,星河 曙山に落つ。

巴人は常に小梗す,蜀使は動【やや】もすれば還ること無し。

老ゆるに垂【なんな】んとして 孤帆の色,飄飄として 百蠻を犯す。

 

將曉,二首之二

(朝の船着き場の恒例の行事を見て、自己の老衰を嘆ずる。)

軍吏回官燭,舟人自楚歌。

出発の準備や見送りの兵士や官吏が官燭を引き戻して帰ってゆくと、船員たちは自然に出発の景気づけに楚の歌を謡い始める。

寒沙蒙薄霧,落月去清波。

放射冷却で寒気は沙岸に薄靄がかかって、空には落ちかかった名残月が、清らかな波今に消えていった。

壯惜身名晚,衰慚應接多。

自分の青年のころに事を考えてみると功名を得るのが遅すぎたことが惜しいことであったが、老衰してきたことは、世間の交接が多いことを上手くできないことで恥入ることはあるのだ。

歸朝日簪笏,筋力定如何。

ただ、自分が朝廷に戻るとすれば、毎日、簪笏に礼服に身を正さねばならないことであるが、果たして、今の自分の筋力でそれに堪えうるかということが計りかねるところである。

(將曉,二首の二)

軍吏 官燭を回し,舟人 自ら楚歌す。

寒沙 薄霧にわる,落月 清波より去る。

壯 惜む 身名も晚たるを,衰慚 應接多。

歸朝 日びに簪笏【しんこつ】せん,筋力 定めて如何。

 

瞿塘峡001 

『將曉,二首之二』 現代語訳と訳註解説

(本文)

將曉,二首之二

軍吏回官燭,舟人自楚歌。

寒沙蒙薄霧,落月去清波。

壯惜身名晚,衰慚應接多。

歸朝日簪笏,筋力定如何。

 

(下し文)

(將曉,二首の二)

軍吏 官燭を回し,舟人 自ら楚歌す。

寒沙 薄霧にわる,落月 清波より去る。

壯 惜む 身名も晚たるを,衰慚 應接多。

歸朝 日びに簪笏【しんこつ】せん,筋力 定めて如何。

 

(現代語訳)

(朝の船着き場の恒例の行事を見て、自己の老衰を嘆ずる。)

出発の準備や見送りの兵士や官吏が官燭を引き戻して帰ってゆくと、船員たちは自然に出発の景気づけに楚の歌を謡い始める。

放射冷却で寒気は沙岸に薄靄がかかって、空には落ちかかった名残月が、清らかな波今に消えていった。

自分の青年のころに事を考えてみると功名を得るのが遅すぎたことが惜しいことであったが、老衰してきたことは、世間の交接が多いことを上手くできないことで恥入ることはあるのだ。

ただ、自分が朝廷に戻るとすれば、毎日、簪笏に礼服に身を正さねばならないことであるが、果たして、今の自分の筋力でそれに堪えうるかということが計りかねるところである。

 

蜀中転々圖 

(訳注)

將曉,二首之二

(朝の船着き場の恒例の行事を見て、自己の老衰を嘆ずる。)

杜甫は、県令の厳某に頼んで、長江を臨む小閣を借り受け、療養し始めた。病状はよくならず、翌年春まで続く。持病の喘息、と神経痛で足が動かない状況であった。早く出発したいと船着き場の様子を見て詠ったものである。

 

軍吏回官燭,舟人自楚歌。

出発の準備や見送りの兵士や官吏が官燭を引き戻して帰ってゆくと、船員たちは自然に出発の景気づけに楚の歌を謡い始める。

軍吏 石城塞の兵士や官吏、小役人。県令など、塞に来た高官の出発の準備や見送りにきたものであろう。

回官燭 暗いうちから路から船着き場にかけて、かがり火を並べているのをs船が出発したので持ち帰ることをいう。

楚歌 調子の良い楚の歌を謡い始める

 

寒沙蒙薄霧,落月去清波。

放射冷却で寒気は沙岸に薄靄がかかって、空には落ちかかった名残月が、清らかな波今に消えていった。

寒沙 放射冷却による寒気が谷間を蔽っている温度と、水面と上空の温度の違いによって靄が出る。

落月 二十日過ぎの名残月。

 

壯惜身名晚,衰慚應接多。

自分の青年のころに事を考えてみると功名を得るのが遅すぎたことが惜しいことであったが、老衰してきたことは、世間の交接が多いことを上手くできないことで恥入ることはあるのだ。

壯惜 自分の青年のころのことを惜しむ。

身名晚 功名を得るのが遅すぎたこと。

衰慚 老衰してきたことで、できこととできないことが生じてきたことを愧じいる。

應接多 世間の交接が多いことを上手くできないこと。

 

歸朝日簪笏,筋力定如何。

ただ、自分が朝廷に戻るとすれば、毎日、簪笏に礼服に身を正さねばならないことであるが、果たして、今の自分の筋力でそれに堪えうるかということが計りかねるところである。

歸朝 自分が朝廷に戻る。

日簪笏 毎日、簪笏に礼服に身を正さねばならないこと。

定如何 これに堪えうるかということが計りかねる。
巫山十二峰004