杜甫《句,九首之七〔絶句三首之一〕》(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

 
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 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ765年永泰元年54歲-58 《絕句,九首之七〔絶句三首之一〕》 杜甫index-15 杜甫<858> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5025 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
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765年永泰元年54-58 句,九首之七〔絶句三首之一〕》 杜甫index-15 杜甫<858>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5025
杜甫詩1500-858-1176/2500765年永泰元年54
-58

 

 

年:765年永泰元年54

卷別:    卷二三四              文體:    五言

詩題:    句,九首之七〔絶句三首之一

杜少陵集 巻十四

作地點:              成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

及地點:             

巴山 (山南東道 峽州 巴山)             

九江 (江南西道 岳州 岳州)             

 

 

句,九首之七〔絶句三首之一〕

聞道巴山裡,春船正好行。

都將百年興,一望九江城。

(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

聞くところによると、今のところは、巴山の郷に居ることで、春になって舟を出して旅を始めることが一番いいということだ。

そうすれば、これからの全てのことが、残りの人生の風流、趣興が、荊州を経て、長江の支流がすべて集まる九江の城郭で一望することが出来るというものだ。

 

句,九首の七〔絶句三首の一〕)

聞道く 「巴山の裡,春船 正に行くに好し。」と

都て 百年の興を將って,一望す 九江の城。

巫山十二峰004 

句,九首之七〔絶句三首之一〕』 現代語訳と訳註解説

(本文)

句,九首之七〔絶句三首之一〕

聞道巴山裡,春船正好行。

都將百年興,一望九江城。

 

(含異文)

聞道巴山裡,春船正好行【春船正好還】。

都將百年興,一望九江城【一望九江山】。

 

(下し文)

句,九首の七〔絶句三首の一〕)

聞道く 「巴山の裡,春船 正に行くに好し。」と

都て 百年の興を將って,一望す 九江の城。

 

(現代語訳)

(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

聞くところによると、今のところは、巴山の郷に居ることで、春になって舟を出して旅を始めることが一番いいということだ。

そうすれば、これからの全てのことが、残りの人生の風流、趣興が、荊州を経て、長江の支流がすべて集まる九江の城郭で一望することが出来るというものだ。

 

蜀中転々圖 

(訳注)

句,九首之七〔絶句三首之一〕

(一年前にも春になって舟を出すのがいいと思っていたが、今度こそ最高にいいのだと詠う。)

成都草堂にあった時の詩を765年永泰元年54 に整理してこの時期の作品とされているが、詩の品格から他人の作品といわれている。杜甫の絶句は必ず作られた時期のシリーズになっているものが、必ずその詩の相手先がわかるものが浦飛んでであるが、そういった雰囲気も感じられない。

 

聞道巴山裡,春船正好行。

聞くところによると、今のところは、巴山の郷に居ることで、春になって舟を出して旅を始めることが一番いいということだ。

巴山 大巴山脈(大巴山、あるいは巴山、拼音: Dàbā shān )は、中国西南部の大きな山脈。狭義の大巴山脈は、四川省(および重慶市)の北・陝西省の南・湖北省の西の境界に位置し、陝西省南部から湖北省に広がる漢水水系と、四川省東部の嘉陵江水系との分水界をなす。海抜はおよそ1,300mから2,000m。大巴山脈の東端にある主峰・神農架は湖北省の神農架林区に位置し、その最高峰・神農頂は標高3,105.4mの高さである。

広義の大巴山脈は湖北省から四川省、陝西省、西は甘粛省にまで至る各省の境界に連なる山脈を指し、大巴山脈北西の米倉山脈なども含める。広義の大巴山脈は四川盆地と漢中盆地を隔て、東は神農架山脈・巫山山脈にまで広がり、西は摩天嶺に接し、北は漢水に面する。巴蜀(四川盆地)を他の地方から隔てる山脈として、古くから軍事的に重要であった。

杜甫『巴山』

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山遇中使,云自陜城來。

盜賊還奔突,乘輿恐未回。

天寒邵伯樹,地闊望仙臺。

狼狽風塵裡,群臣安在哉。

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山 中使に遇し,自ら陜城に來たるを云う。

盜賊 還た奔突す,輿に乘りて未だ回らざるを恐ろ。

天寒く 邵伯の樹,地闊がりて 望仙の臺。

狼狽するは風塵の裡に,群臣は安在する哉。

巴山で出会った。(つれづれに思うこと)

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道陜州の陜縣から来たということである。

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)

 

都將百年興,一望九江城。

そうすれば、これからの全てのことが、残りの人生の風流、趣興が、荊州を経て、長江の支流がすべて集まる九江の城郭で一望することが出来るというものだ。

九江 中国江西省の河港都市。揚子江南岸、dictionary/daijisen/gaiji/02010.gif" alt="" />(はよう)湖北岸にあり、茶の積み出し港。景勝地の廬山(ろざん)がある。

中国,江西省北部の都市。長江中流右岸にある水陸交通の要地。長江と【は】陽湖(はようこ)への入口に当たり,南潯鉄路で南昌と結ばれる。1858年開港。古くから米,茶の大市がたち,付近に産する磁器や紙など伝統工業製品を移出する。

中国,江西省北部の市。人口46(1994)。北は長江(揚子江)に面し,南は廬山を背にし,鄱陽(はよう)湖の入口にあって,長江中流域の要害の位置をなし,古くから戦略上の拠点であると同時に,水陸交通の要地であった。漢代から尋陽県が置かれ,三国時代には呉と魏の境界にあり,呉の水軍の基地であった。南朝により尋陽郡治が置かれて以来,江州,九江郡などと名称は変わっても,江西北部地区の中心で,茶や米の農産物,景徳鎮からの陶器,木材などの集散地として発展した。

 

 

遊子

巴蜀愁誰語,門興杳然。

九江春草外,三峽暮帆前。

厭就成都蔔,休為吏部眠。

蓬萊如可到,衰白問群仙。

(遊 子)

巴蜀 愁い誰とか語らん、呉門 興 杳然たり

九江 春草の外,三峽 暮帆の前。

就くことを厭【いと】う成都の蔔、為すことを休めよ 吏部の眠り。

蓬莱 如【も】し到る可くんば、衰白 群仙を問わん。

(旅に出よう)

巴蜀の地における愁いは何人とともにこれを語ろうか、かたるべき人はない。呉門の方まで興に乗って遊びにゆきたいと思うがそれはあてどもなくはるかなものだ。

いまここに春の草が生えつらなっておるが九江はその草のはてにある。暮の帆舟がめさきにみえるが三峡はその前の方に横たわっておるのだ。

自分は厳君平のように成都へいって売卜生活をするのはいやだ。隣合の同僚の酒を盗み飲んで眠るような畢卓のまねもしてはならぬ。(早くこの蜀を立ち去ることだ。)

東海はるかとおい蓬莱山にもし行きつけるものなら、老年ながらそこへ仙人たちをたずねていきたいと思うのだ。

廣徳2764-76 《遊子》 ふたたび成都遊子 杜甫<752 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4090 杜甫詩1500-752-989/250040