杜甫《杜鵑 -#1》 剣南西部西川には杜鵑が有るが、その東部東川にはいない。涪州・万州には杜鵑がいないが、雲安には有る。

 
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766

年大暦元年55-2-1 《杜鵑 -#1》 杜甫index-15 杜甫<865ー#1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5090


杜甫詩
1500-865ー#1-1189/2500766年大暦元年55-2-1

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    杜鵑

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

及地點:             

劍南西川節度使 (成都) 別名:西川

劍南東川節度使 (梓州) 別名:東川

涪州 (山南西道 涪州 涪州)              

萬州 (山南東道 萬州 萬州)              

雲安 (山南東道 夔州 雲安) 別名:南楚         

 

杜鵑

(杜鵑について感じたことをのべたうた。)

西川有杜鵑,東川無杜鵑。

剣南西部西川には杜鵑が有るが、その東部東川にはいない。

涪萬無杜鵑,雲安有杜鵑。

涪州・万州には杜鵑がいないが、雲安には有る。

我昔遊錦城,結廬錦水邊。

自分はむかし成都の錦官城にあそんで盧を錦江のほとりに結んだ。

有竹一頃餘,喬木上參天。

そこには百畝ばかりの竹林があり喬木はたかく天にまじわるほどである。

#2

杜鵑暮春至,哀哀叫其間。

我見常再拜,重是古帝魂。

生子百鳥巢,百鳥不敢嗔。

仍為餧其子,禮若奉至尊。

#3

鴻雁及羔羊,有禮太古前。

行飛與跪乳,識序如知恩。

聖賢古法則,付與後世傳。

君看禽鳥情,猶解事杜鵑。

今忽暮春間,我病經年。

身病不能拜,淚下如迸泉。

(杜鵑)

西川に杜鵑有り、東川に杜鵑無し。

涪万に杜鵑無し、雲安に杜鵑有り。』

我昔 錦城に遊び、庵を結ぶ 錦水の辺。

竹有り一頃余、喬木上天に参わる。

#2

杜鵑 暮春に至る、哀哀 其の間に叫ぶ。

我見て常に再拝す、是れ古帝の魂なるを重んず。

子を生む 百鳥の巣、百鳥 敢てらず。

お 為に其の子にわしむ、礼 至尊に奉ずるが若し。』

#3

鴻雁及び烹羊、礼有り 太古の前。

行飛と跪乳と、序を識り 如恩を知る。

聖賢 古法則、後世に付与して伝えしむ。

君看よ禽鳥の情、猶お杜鵑に事うるを解す。』

今 忽ち暮春の間、値う 我が病みて年を経るに。

身病みて 拝する能わず、涙下りて泉の如し。』

 

唐時代 地図山南 東・西道50 

『杜鵑』 現代語訳と訳註解説

(本文)

杜鵑

西川有杜鵑,東川無杜鵑。

涪萬無杜鵑,雲安有杜鵑。

我昔遊錦城,結廬錦水邊。

有竹一頃餘,喬木上參天。

 

(含異文)

西川有杜鵑,東川無杜鵑。涪萬無杜鵑【涪南無杜鵑】,雲安有杜鵑。我昔遊錦城,結廬錦水邊。有竹一頃餘,喬木上參天。

 

(下し文)

(杜鵑)

西川に杜鵑有り、東川に杜鵑無し。

涪万に杜鵑無し、雲安に杜鵑有り。』

我昔 錦城に遊び、庵を結ぶ 錦水の辺。

竹有り一頃余、喬木上天に参わる。

 

(現代語訳)

(杜鵑について感じたことをのべたうた。)

剣南西部西川には杜鵑が有るが、その東部東川にはいない。

涪州・万州には杜鵑がいないが、雲安には有る。

自分はむかし成都の錦官城にあそんで盧を錦江のほとりに結んだ。

そこには百畝ばかりの竹林があり喬木はたかく天にまじわるほどである。

 

(訳注)

杜鵑

(杜鵑について感じたことをのべたうた。)

大暦元年春、雲安にあっての作。同じ題でほかに二首ある。

○杜鵑  ほととぎす。蜀の望帝の春を思う心は、血を吐いて悲しげになく杜鵑(ホトトギス)に魂を托(たく)した。(そのように、血を吐きながらなく思いである)。
不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄、子規、躑躅。李白【宣城見杜鵑花】. 蜀國曾聞子規鳥,宣城還見杜鵑

成都に着いた翌年夏に『杜鵑行』を作っている。

杜鵑行 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -16-1)  <379> 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1831 杜甫詩1000-379-557/1500

杜鵑行 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(2 -16-2)  <379> 2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1835 杜甫詩1000-379-558/1500

 

西川有杜鵑,東川無杜鵑。

剣南西部西川には杜鵑が有るが、その東部東川にはいない。

○杜鵑 ほととぎす、「成都記」によれば、杜鵜は昔の蜀の天子の魂が化してなったものだという。

ホトトギスは、カッコウ目・カッコウ科に分類される鳥類の一種。特徴的な鳴き声とウグイスなどに托卵する習性で知られている。日本では古来から様々な文書に登場し、杜鵑、杜宇、蜀魂、不如帰、時鳥、子規、田鵑など、漢字表記や異名が多い。

劍南西川節度使 (成都) :治所在成都府,管成都府、彭州、蜀州、州、眉州、嘉州、邛州、州、嶲州、戎州、州、合州、文州、扶州、奉州、霸州、姚州、州、茂州、黎州、雅州。763年,增加通州、巴州、蓬州、渠州,

劍南東川節度使 (梓州) :治所在梓州(今三台縣),下轄梓州、遂州、綿州、劍州、龍州、普州、陵州、瀘州、榮州、資州、簡州、閬州。759年增加昌州、渝州、合州。764年和西川合併,767年再分東西川,開始治遂州,為東川都防禦觀察使,兼靜戎軍使。後來恢復東川節度使,治梓州。

 

涪萬無杜鵑,雲安有杜鵑。

涪州・万州には杜鵑がいないが、雲安には有る。

涪萬 涪州(-1)・万州(―2) 

 

我昔遊錦城,結廬錦水邊。

自分はむかし成都の錦官城にあそんで盧を錦江のほとりに結んだ。

錦水邊 杜甫は成都の浣花渓に住居を定めたことを「寄題江外草堂」詩に、「誅茅初一畝,廣地方連延。經營上元始,斷手寶應年。」とある。成都の中心から4kmほど離れた閑静な田園地帯で、浣花渓(錦江支流であり、河岸の西端、)の北の百花潭岸辺にあった。

成都(1)浣花渓の草堂(2) 卜居 杜甫 <354  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1727 杜甫詩 700- 531

成都(1)浣花渓の草堂(10) 堂成 杜甫 <363  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1759 杜甫詩 700- 539

 

有竹一頃餘,喬木上參天。

そこには百畝ばかりの竹林があり喬木はたかく天にまじわるほどである。

有竹・喬木 成都の草堂付近の環境について多くの作品を残している。

杜甫『堂  成』

背郭堂成蔭白茅,綠江路熟俯青郊。

榿林礙日吟風葉,籠竹和煙滴露梢。

暫止飛烏將數子,頻來語燕定新巣。

旁人錯比揚雄宅,懶惰無心作解嘲。

(堂成る)

郭を背に堂成りて白茅【はくぼう】に蔭【おお】わる、江に縁う路 熟【じゅく】して青郊に俯す。

榿林【きりん】日を礙【さえぎ】り 風葉は吟ず、籠竹【ろうちく】煙に和し 露梢より滴【したた】る。

暫く止まる飛鳥は数子を将【ひき】い、頻りに来たる語燕は新巣を定む。

旁人錯【あやま】って揚雄の宅を此す、懶惰【らんだ】にして解嘲【かいちょう】を作るに心無し。

成都(1)浣花渓の草堂(5) 從韋二明府續處覓綿竹 杜甫 <356  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1739 杜甫詩 700- 534