杜甫《贈鄭十八賁 -#2きみは立身出世を心がけずに地道に進もうとしている、これからもそうするのか、まさか、抜け駆けをするような不正手段をとることなど、いまさら忍びないことだろう。

 
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 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-6-2 《贈鄭十八賁 -#2》 杜甫index-15 杜甫<869-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5150 
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766年大暦元年55-6-2 《贈鄭十八賁 -#2 杜甫index-15 杜甫<8692 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5150 


杜甫詩
1500-8692-1201/2500766年大暦元年55-6-2

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    贈鄭十八賁【雲安令。】

作地點:              雲安(山南東道 / 夔州 / 雲安)

交遊人物:鄭賁

 

 

贈鄭十八賁【雲安令。】

溫溫士君子,令我懷抱盡。

君は温厚な君子と云える人である、自分をして、胸の思いを十分に隠すことなく述べ尽くせることができる人である。


芝冠眾芳,安得闕親近。

たとえば君は多くの芳しい草木の上に位する靈芝に喩えられるほどの人で、どうして親しくすることが出来ようか。

遭亂意不歸,竄身跡非隱。

自分は十年以上も兵乱に遭遇し故郷に帰ることが出来ないかもしれないのだ、この身をずっと逃げ隠れして、山の中に隠遁者の行跡を追いかけているわけではないのである。

細人尚姑息,吾子色愈謹。

世にいる普通、あるいは小人であるなら、姑息なことをして人との交際をするのを好とするものであるが、君はそうではなくまじわればまじわるほど敬謹な面持ちで私と付き合ってくれる。

 

高懷見物理,識者安肯哂。

君の胸中は凡人の俗人を抜けて事物の道理を見ているのである、そうした君の姿を見て見識のある人であれば笑ったりすることがあろうか。

卑飛欲何待,捷徑應未忍。

それに、きみは立身出世を心がけずに地道に進もうとしている、これからもそうするのか、まさか、抜け駆けをするような不正手段をとることなど、いまさら忍びないことだろう。

示我百篇文,詩家一標準。

この頃私に示してくれた百篇の詩文をみるに、詩家の一つの標準というべきものである。

羈離交屈宋,牢落顏閔。

わたしはもう十年以上親故と離れ離れになって旅に出ていて、屈原や宋玉というべき君と出会ったのだが、少し意気消沈して顔回、閔損にも比すべき君に出会ったのである。

水路迷畏途,藥餌駐修軫。

往くべき道が、航路か陸路か、迷えば恐ろしい道である。病気のために薬餌の必要でここの地に進めるべき車をとどめているのだ。 

古人日以遠,青史字不泯。

步趾詠唐虞,追隨飯葵

數杯資好事,異味煩縣尹。

心雖在朝謁,力與願矛盾。

抱病排金門,衰容豈為敏。

 

鄭十八賁に贈る【雲安令。】

溫溫たる士は君子なり,我を令て懷抱を盡くさしむ。

靈芝 眾芳に冠たり,安んぞ親近を闕くことを得ん。

亂に遭う 意うに歸らざむ,身を竄す跡 隱に非ず。

細人は姑息を尚ぶ,吾子 色 愈よ謹しめり。

-2

高懷 物理を見る,識者 安んぞ肯て哂わん。

卑飛 何をか待んと欲する,捷徑【しょうけい】應に未だ忍びざるなるべし。

我に示す 百篇の文,詩家の一標準なり。

羈離 屈宋に交わる,牢落 顏閔【がんぴん】に

水路 畏途【いと】迷い,藥餌【やくじ】修軫【しゅうしん】を駐む。

-3

古人 日に以て遠し,青史 字 泯【ほろ】びず。

步趾 唐虞を詠じ,追隨 葵【ききん】を飯す

數杯 好事に資【よ】る,異味 縣尹【けんいん】煩わす。

心 朝謁【ちょうえつ】に在りと雖も,力 願と矛盾す。

病を抱きて金門を排す,衰容 豈に敏を為さんや。

唐時代 地図山南 東・西道50 

『贈鄭十八賁』 現代語訳と訳註解説

(本文)-2

高懷見物理,識者安肯哂。

卑飛欲何待,捷徑應未忍。

示我百篇文,詩家一標準。

羈離交屈宋,牢落顏閔。

水路迷畏途,藥餌駐修軫。

 

(含異文)

高懷見物理,識者安肯哂。卑飛欲何待,捷徑應未忍。示我百篇文,詩家一標準。羈離交屈宋,牢落顏閔。水路迷畏途【水路迷長途】,藥餌駐修軫。

 

(下し文) -2

高懷 物理を見る,識者 安んぞ肯て哂わん。

卑飛 何をか待んと欲する,捷徑【しょうけい】應に未だ忍びざるなるべし。

我に示す 百篇の文,詩家の一標準なり。

羈離 屈宋に交わる,牢落 顏閔【がんぴん】にう。

水路 畏途【いと】迷い,藥餌【やくじ】修軫【しゅうしん】を駐む。

 

(現代語訳)

君の胸中は凡人の俗人を抜けて事物の道理を見ているのである、そうした君の姿を見て見識のある人であれば笑ったりすることがあろうか。

それに、きみは立身出世を心がけずに地道に進もうとしている、これからもそうするのか、まさか、抜け駆けをするような不正手段をとることなど、いまさら忍びないことだろう。

この頃私に示してくれた百篇の詩文をみるに、詩家の一つの標準というべきものである。

わたしはもう十年以上親故と離れ離れになって旅に出ていて、屈原や宋玉というべき君と出会ったのだが、少し意気消沈して顔回、閔損にも比すべき君に出会ったのである。

往くべき道が、航路か陸路か、迷えば恐ろしい道である。病気のために薬餌の必要でここの地に進めるべき車をとどめているのだ。 

蜀中転々圖

(訳注)2

贈鄭十八賁【雲安令。】

鄭賁は雲安における友人で、この詩の半年前(この年は9月閏月がある)の9月重陽の日に鄭兄弟と六朝“陸機”兄弟に喩えて詩の贈答をしている。

765年永泰元年54-51 《雲安九日,鄭十八攜酒陪諸公宴》 杜甫index-15 杜甫<851 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4990

765年永泰元年54-52 《答鄭十七郎一 杜甫index-15 杜甫<852 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4995

 

高懷見物理,識者安肯哂。

君の胸中は凡人の俗人を抜けて事物の道理を見ているのである、そうした君の姿を見て見識のある人であれば笑ったりすることがあろうか。

物理 事物の道理。

識者 見識の優れた人。

哂 わらう。

 

卑飛欲何待,捷徑應未忍。

それに、きみは立身出世を心がけずに地道に進もうとしている、これからもそうするのか、まさか、抜け駆けをするような不正手段をとることなど、いまさら忍びないことだろう。

卑飛 低く飛ぶ。立身出世を心がけずに進む。

捷徑 抜け道、近道。官途へ出るに不正手段を使ってでもすすむこと。

 

示我百篇文,詩家一標準。

この頃私に示してくれた百篇の詩文をみるに、詩家の一つの標準というべきものである。

標準 目印、手本。

 

羈離交屈宋,牢落顏閔。

わたしはもう十年以上親故と離れ離れになって旅に出ていて、屈原や宋玉というべき君と出会ったのだが、少し意気消沈して顔回、閔損にも比すべき君に出会ったのである。

羈離 旅に出て親故と離れ離れになっている身の上のこと。

牢落 さびしいさま。少し意気消沈しているさま。

顏閔 孔子の弟子。顔回、字は子淵、孔子より30歳年少。魯の人。孔門十哲の一人で、随一の秀才。孔子にその将来を嘱望されるも夭折する。顏回は名誉栄達を求めず、ひたすら孔子の教えを理解し実践することを求めた。その暮らしぶりは極めて質素であったという。このことから老荘思想発生の一源流とみなす説もある。・閔損、字は子騫、孔子より15歳年少; 「母在一子寒 母去三子寒」という言葉がある。昔、中国に閔損(びんそん)という子 供がいた。後に孔子の弟子になる人であるが、閔損の継母 (ままはは)が彼を邪険にして、寒い冬の日でも下の弟二人には綿入れを着せ、彼には単衣(ひとえ)の着物しか与えなかった。閔損の継母は腹を痛めた二人の子供が可愛い、だんだんと閔損を疎略(そりゃく)に扱うようになる。父はそのことに気付き、継母を家から追い出そうとした。その時、閔損が、 「母在(あ)れば一子(いっし)寒し、母去(ゆ)けば三 子寒し」と言って父を諌(いさ)めた。

 『今ここで母を家から出したら、三人の子供が母の温かい愛情を受けられずに淋しい思いをします。しかし、母が残れば私一人が少々淋しい思いをするだけで、下の二人は母の愛情を受けることができます。どうか、母を家から出さないで下さい。』と父に意見をしたという論語にある話である。

 

水路迷畏途,藥餌駐修軫。

往くべき道が、航路か陸路か、迷えば恐ろしい道である。病気のために薬餌の必要でここの地に進めるべき車をとどめているのだ。

畏途 恐ろしい道路。

藥餌 くすり、滋養食。

駐修軫 この地に進めるべき車をとどめている