奉節-4杜甫《縛雞行》(鶏に喰われる蟲、売られて人に喰われる鶏、鶏を縛る奴僕、それを見ている自分、それを見下ろす巫山、そこを流れる大河長江を対比させ慈愛の念を詠う)蟲と鶏とにとって、人はどうすれば厚情であり、どうすれば薄情ということになるのだろう、私からすれば、市場に持って行く、奴僕をしかりつけてその縛り付けを解いてやるといいのだろうか。

 
 2014年12月4日の紀頌之5つのブログ 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorブログ
142-3 《玉真公主別館苦雨贈衛尉張卿二首 其二 -#3》Index-10 Ⅱ―5-730年開元十八年30歳 李白<142-3> Ⅰ李白詩1333 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5213 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
  LiveDoorブログ
27-#17 《此日足可惜贈張籍-17》韓愈(韓退之)ID <1246> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5214韓愈詩-27-#17 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-12奉節-4《縛雞行》 杜甫index-15 杜甫<881> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5215 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(再)-1溫庭筠4《菩薩蠻十四首 其四》溫庭筠66首巻一4-〈4〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5217 
 薛濤の全詩花間集(1)花間集(2)花間集(3)花間集(4)花間集(5) 
 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内 
 
 

766年大暦元年55-12奉節-4《縛雞行》 杜甫index-15 杜甫<881 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5215

 

 

杜甫詩1500-881-1214/2500766年大暦元年55-12

 

作年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    樂府

詩題:    縛雞行

作地點:              奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

 

 

縛雞行

(鶏に喰われる蟲、売られて人に喰われる鶏、鶏を縛る奴僕、それを見ている自分、それを見下ろす巫山、そこを流れる大河長江を対比させ慈愛の念を詠う)

小奴縛雞向市賣,雞被縛急相喧爭。

奴僕のものが三鶏を縛って朝市で売ろうとして向う、鶏には災難が降る掛る、急に追いかけられ縛られるのであるから喧嘩のように大騒ぎしている。

家中厭雞食蟲蟻,不知雞賣還遭烹。

ところがその鶏が蟲とか蟻とかを食べるというので、それを見ている家中の者は見たくないと嫌がる。その嫌がられた鳥は、人に売られて、今度は煮たりして料理されるということは分かっていない。

蟲雞與人何厚薄,吾叱奴人解其縛。

蟲と鶏とにとって、人はどうすれば厚情であり、どうすれば薄情ということになるのだろう、私からすれば、市場に持って行く、奴僕をしかりつけてその縛り付けを解いてやるといいのだろうか。

雞蟲得失無了時,注目寒江倚山閣。

鶏と蟲の関係からすると蟲を鷄が、鶏を奴僕がしばり売り、そして料理される。奴僕は主人の私に叱られる。というように完了する事は無いというものであるが、注目すべきことは、それらすべては、未だ寒い長江のほとりの山懐の二階からただみているだけということだ。

 

 (縛雞の行)

小奴 雞を縛りて 市向うて賣らんとし,雞は 縛らるること急しくして 相い喧爭す。

家中は雞の蟲蟻を食うを厭い,雞の賣らるれば 還た烹らるるに遭うを知らず。

蟲雞と人とは何が厚く なんぞ薄きか,吾は奴人を叱って其の縛れるを解かしむ。

雞と蟲は 得失 了の時無し,注目す 寒江 山閣に倚るを。

瞿塘峡001 

 

『縛雞行』 現代語訳と訳註解説

(本文)

縛雞行

小奴縛雞向市賣,雞被縛急相喧爭。

家中厭雞食蟲蟻,不知雞賣還遭烹。

蟲雞與人何厚薄,吾叱奴人解其縛。

雞蟲得失無了時,注目寒江倚山閣。

 

 

(下し文)

(縛雞の行)

小奴 雞を縛りて 市向うて賣らんとし,雞は 縛らるること急しくして 相い喧爭す。

家中は雞の蟲蟻を食うを厭い,雞の賣らるれば 還た烹らるるに遭うを知らず。

蟲雞と人とは何が厚く なんぞ薄きか,吾は奴人を叱って其の縛れるを解かしむ。

雞と蟲は 得失 了の時無し,注目す 寒江 山閣に倚るを。

 

 

(現代語訳)

(鶏に喰われる蟲、売られて人に喰われる鶏、鶏を縛る奴僕、それを見ている自分、それを見下ろす巫山、そこを流れる大河長江を対比させ慈愛の念を詠う)

奴僕のものが三鶏を縛って朝市で売ろうとして向う、鶏には災難が降る掛る、急に追いかけられ縛られるのであるから喧嘩のように大騒ぎしている。

ところがその鶏が蟲とか蟻とかを食べるというので、それを見ている家中の者は見たくないと嫌がる。その嫌がられた鳥は、人に売られて、今度は煮たりして料理されるということは分かっていない。

蟲と鶏とにとって、人はどうすれば厚情であり、どうすれば薄情ということになるのだろう、私からすれば、市場に持って行く、奴僕をしかりつけてその縛り付けを解いてやるといいのだろうか。

鶏と蟲の関係からすると蟲を鷄が、鶏を奴僕がしばり売り、そして料理される。奴僕は主人の私に叱られる。というように完了する事は無いというものであるが、注目すべきことは、それらすべては、未だ寒い長江のほとりの山懐の二階からただみているだけということだ。

云亭 

(訳注)

縛雞行

(鶏に喰われる蟲、売られて人に喰われる鶏、鶏を縛る奴僕、それを見ている自分、それを見下ろす巫山、そこを流れる大河長江を対比させ慈愛の念を詠う)

輪廻転生の仏教的精神科、博愛的儒教精神の表れということであるが、私に叱られる奴僕、鶏に喰われる蟲、売られて人に喰われる鶏を対比させ慈愛の念を述べるが、それらの出来事も、神霊から巫山までの大きな山の連なり、前には長江の豊かな流れを前にして、小さき出来事であろうか。杜甫が「泰山に昇って孔子の小山を見下ろす」《望嶽》詩の様に儒学的に詠ったものである。《望嶽》         杜甫「會當凌絶頂,一覽衆山小。」このような心境になれたからにはいつか必ずやこの山の最頂上によじのぼり、足もとにみえる山々のよう「我も我もと往きたるは小人の常」の気持ちを見下していく。

『孟子』尽心上、「揚子法言」学行篇に、孔子が泰山に登って天下を小としたとある。

望嶽 杜甫 <7> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ98 杜甫詩 700- 7

 

小奴縛雞向市賣,雞被縛急相喧爭。

奴僕のものが三鶏を縛って朝市で売ろうとして向う、鶏には災難が降る掛る、急に追いかけられ縛られるのであるから喧嘩のように大騒ぎしている。

 

家中厭雞食蟲蟻,不知雞賣還遭烹。

ところがその鶏が蟲とか蟻とかを食べるというので、それを見ている家中の者は見たくないと嫌がる。その嫌がられた鳥は、人に売られて、今度は煮たりして料理されるということは分かっていない。

 

蟲雞與人何厚薄,吾叱奴人解其縛。

蟲と鶏とにとって、人はどうすれば厚情であり、どうすれば薄情ということになるのだろう、私からすれば、市場に持って行く、奴僕をしかりつけてその縛り付けを解いてやるといいのだろうか。

 

雞蟲得失無了時,注目寒江倚山閣。

鶏と蟲の関係からすると蟲を鷄が、鶏を奴僕がしばり売り、そして料理される。奴僕は主人の私に叱られる。というように完了する事は無いというものであるが、注目すべきことは、それらすべては、未だ寒い長江のほとりの山懐の二階からただみているだけということだ。

寒江 長江。

山閣 西閣。
三峡 巫山十二峰001