奉節-7 《貽華陽柳少府 -#1》 杜甫 自分は喬木の間に馬をつないで、辺りの人に野寺の門がどこにあるのか尋ねて入っていった。柳侯はにこにこと着物を着て出てきたが、我を見て温和な顏をしている。
766年大暦元年55歲-15-1奉節-7 《貽華陽柳少府 -#1》 杜甫index-15 杜甫<878-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5240
杜甫詩1500-878-1-1219/2500766年大暦元年55歲-15-1
年:766年大暦元年55歲
卷別: 卷二二一 文體: 五言古詩
詩題: 貽華陽柳少府
作地點:夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)
及地點:華陽 (山南西道洋州 華陽)
夔州 (山南東道 夔州 夔州) 別名:夔府、信州
交遊人物:柳少府 書信往來(山南西道 洋州華陽)
貽華陽柳少府 #1
繫馬喬木間,問人野寺門。柳侯披衣笑,見我顏色溫。
並坐石下堂,俯視大江奔。火雲洗月露,絕壁上朝暾。
-#2
自非曉相訪,觸熱生病根。南方六七月,出入異中原。
老少多暍死,汗踰水漿翻。俊才得之子,筋力不辭煩。
-#3
指揮當世事,語及戎馬存。涕淚濺我裳,悲氣排帝閽。
鬱陶抱長策,義仗知者論。吾衰臥江漢,但愧識璵璠。
-#4
文章一小技,於道未為尊。起予幸斑白,因是托子孫。
俱客古信州,結廬依毀垣。相去四五里,徑微山葉繁。
#5
時危挹佳士,況免軍旅喧。醉從趙女舞,歌鼓秦人盆。
子壯顧我傷,我驩兼淚痕。餘生如過鳥,故里今空村。
貽華陽柳少府 #1
華陽縣の尉官であった柳某を尋ねて貽った詩。)766年大暦元年55歲
繫馬喬木間,問人野寺門。
自分は喬木の間に馬をつないで、辺りの人に野寺の門がどこにあるのか尋ねて入っていった。
柳侯披衣笑,見我顏色溫。
柳侯はにこにこと着物を着て出てきたが、我を見て温和な顏をしている。
並坐石下堂,俯視大江奔。
大きな岩の下の講堂に二人並んで座り、そこから俯いて見てみると長江の流れが走っている。
火雲洗月露,絕壁上朝暾。
時あたかも朝焼け空の雲がひろがって月の光をおびた朝露に洗われて、絶壁から朝日が昇ってくる。
(華陽の柳少府に貽【おく】る) #1
馬を繫ぐ 喬木の間,人に問う 野寺の門。
柳侯 衣を披いて笑う,我を見て 顏色溫なり。
並び坐す 石下の堂,俯して視る 大江に奔るを。
火雲 月露に洗われ,絕壁に 朝暾【ちょうとん】上る。
-#2
曉に相い訪うに非ざる自りは,熱に觸れて病根生ぜん。
南方 六七月,出入 中原に異なり。
老少 多く暍死【えつし】し,汗は 水漿の翻るに踰【こ】ゆ。
俊才 之の子を得,筋力 煩【はん】を辭せず。
『貽華陽柳少府』 現代語訳と訳註解説
(本文) 貽華陽柳少府 #1
繫馬喬木間,問人野寺門。
柳侯披衣笑,見我顏色溫。
並坐石下堂,俯視大江奔。
火雲洗月露,絕壁上朝暾。
(含異文) -#1
繫馬喬木間,問人野寺門。柳侯披衣笑【柳侯披衣嘯】,見我顏色溫。
並坐石下堂【並坐堂下石】【並坐石堂下】,俯視大江奔。火雲洗月露,絕壁上朝暾。
(下し文)
(華陽の柳少府に貽【おく】る) #1
馬を繫ぐ 喬木の間,人に問う 野寺の門。
柳侯 衣を披いて笑う,我を見て 顏色溫なり。
並び坐す 石下の堂,俯して視る 大江に奔るを。
火雲 月露に洗われ,絕壁に 朝暾【ちょうとん】上る。
(現代語訳)
華陽縣の尉官であった柳某を尋ねて貽った詩。)766年大暦元年55歲
自分は喬木の間に馬をつないで、辺りの人に野寺の門がどこにあるのか尋ねて入っていった。
柳侯はにこにこと着物を着て出てきたが、我を見て温和な顏をしている。
大きな岩の下の講堂に二人並んで座り、そこから俯いて見てみると長江の流れが走っている。
時あたかも朝焼け空の雲がひろがって月の光をおびた朝露に洗われて、絶壁から朝日が昇ってくる。
(訳注)
貽華陽柳少府 #1
(華陽縣の尉官であった柳某を尋ねて貽った詩。)766年大暦元年55歲
華陽 山南西道洋州 華陽
柳少府 野寺にきている華陽縣の尉官であった柳某。
繫馬喬木間,問人野寺門。
自分は喬木の間に馬をつないで、辺りの人に野寺の門がどこにあるのか尋ねて入っていった。
柳侯披衣笑,見我顏色溫。
柳侯はにこにこと着物を着て出てきたが、我を見て温和な顏をしている。
並坐石下堂,俯視大江奔。
大きな岩の下の講堂に二人並んで座り、そこから俯いて見てみると長江の流れが走っている。
石下堂 寺の御堂が谷間の崖の下に位置していること。
火雲洗月露,絕壁上朝暾。
時あたかも朝焼け空の雲がひろがって月の光をおびた朝露に洗われて、絶壁から朝日が昇ってくる。
洗月露 谷間の巌崖に生えた木々に露が残月の光に光っている様子をいう。





