杜甫 奉節-8 巻15-26 雷 》南方というのは水蒸気と熱射による毒気のあるところで、農業にとって干ばつ床の毒気には苦しめられるというダブルの被害をこうむった。

 

 
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766年大暦元年55-16-1奉節-8 《1526 雷 -1 杜甫index-15 杜甫<879-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5265

 

 

杜甫詩1500-879-1-1224/2500 766年大暦元年55-16-1

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:   

 

 


(夏になって、大干ばつに遭遇したが、遠くで雷を聞いてこの時の様子を詠った。)

大旱山岳燋,密雲復無雨。

ただでさえ灼熱であるのに、大干ばつになっているから見渡す山岳まで焦げているようだ、そこへ厚い雲がかかってきても、また、雨が降る事は無い

南方瘴癘地,罹此農事苦。

南方というのは水蒸気と熱射による毒気のあるところで、農業にとって干ばつ床の毒気には苦しめられるというダブルの被害をこうむった。

必舞雩,峽中喧擊鼓。

王朝の支配する領地内であればどこでも、《周禮•春官•司巫》にのっとり、雨乞いのために舞をするが、三峡内の町々では、その上、喧しいほど太鼓を打ち鳴らすのである。

真龍竟寂寞,土梗空俯僂。

しかし、雨降らしの神である真龍は何の沙汰もなく寂寞としているのであって、それでも、泥人形をやら、桃の木で作った人形やら、龍の人形やらを祀って背をかがめ、空しく最敬礼の土下座をしている。

 

吁嗟公私病,斂缺不補。

故老仰面啼,瘡痍向誰數。

或前聞,鞭石非稽古。

請先偃甲兵,處分聽人主。

 

萬邦但各業,一物休盡取。

水旱其數然,堯湯免親睹。

上天鑠金石,群盜亂豺虎。

二者存一端,愆陽不猶愈。

 

昨宵殷其雷,風過齊萬弩。

復吹霾翳散,虛覺神靈聚。

氣暍腸胃融,汙滋衣裳

吾衰尤拙計,失望築場圃。

 

(雷)

大旱にして山岳燋げたり,雲に密なるも復た雨無し。

南方 瘴癘の地,此れを農事の苦しみと罹る。

必ず舞雩【ぶう】し,峽中は擊鼓を喧しとす。

真龍 竟に寂寞たり,土梗 空しく僂に俯す。

#2

吁嗟 公私 病めり,斂 缺【か】けて補わず。

故老 面を仰いで啼き,瘡痍【そうい】誰に向って數えん。

【おう】を暴す或いは前聞し,石を鞭つは稽古に非ず。

請うは 先ず甲兵を偃せ,處分 人主に聽【まか】せん。

#3

萬邦 但だ各の業をし,一物も盡く取るを休まん。

水旱は其の數 然り,堯・湯 親【みずか】ら睹【み】ること免れん。

上天は金石を鑠【とか】し,群盜は豺虎に亂る。

二者は一端を存し,愆陽【けんよう】は猶お愈【まさ】らずや。

#4

昨宵 殷たる其の雷あり,風過ぎて萬弩齊し。

復た霾翳【ばいえい】を吹いて散ぜしむ,虛しく神靈の聚まるを覺ゆ。

氣暍【きえつ】して腸胃融【とお】る,汙 滋【うるお】して衣裳がる

吾 衰えて尤【も】っとも 計 拙なり,失望す 「場圃を築くこと」に。

 

夔州東川卜居図001

『雷』 現代語訳と訳註解説

(本文)


大旱山岳燋,密雲復無雨。

南方瘴癘地,罹此農事苦。

必舞雩,峽中喧擊鼓。

真龍竟寂寞,土梗空俯僂。

 

(含異文)

大旱山岳燋,密雲復無雨【密雲覆如雨】。南方瘴癘地,罹此農事苦。

必舞雩,峽中喧擊鼓。真龍竟寂寞,土梗【案:土人也。】空俯僂【土梗空僂俯】。

 

(下し文)

(雷)

大旱にして山岳燋げたり,雲に密なるも復た雨無し。

南方 瘴癘の地,此れを農事の苦しみと罹る。

は必ず舞雩【ぶう】し,峽中は擊鼓を喧しとす。

真龍 竟に寂寞たり,土梗 空しく僂に俯す。

 

(現代語訳)

(夏になって、大干ばつに遭遇したが、遠くで雷を聞いてこの時の様子を詠った。)

ただでさえ灼熱であるのに、大干ばつになっているから見渡す山岳まで焦げているようだ、そこへ厚い雲がかかってきても、また、雨が降る事は無い

南方というのは水蒸気と熱射による毒気のあるところで、農業にとって干ばつ床の毒気には苦しめられるというダブルの被害をこうむった。

王朝の支配する領地内であればどこでも、《周禮•春官•司巫》にのっとり、雨乞いのために舞をするが、三峡内の町々では、その上、喧しいほど太鼓を打ち鳴らすのである。

しかし、雨降らしの神である真龍は何の沙汰もなく寂寞としているのであって、それでも、泥人形をやら、桃の木で作った人形やら、龍の人形やらを祀って背をかがめ、空しく最敬礼の土下座をしている。

唐時代 地図山南 東・西道50 

(訳注)


(夏になって、大干ばつに遭遇したが、遠くで雷を聞いてこの時の様子を詠った。)766年大暦元年55

夔州一年目、大暦元年の夏は異常な旱魃続きだった。

そのことは杜甫の《雷》《火》《熱三首》《毒熱寄簡崔評事十六弟》などの詩に連続して描かれている。雨乞いのため当地独特の風習も行われたが、旱魃は三ヶ月あまりの長きに及んだ。

 

大旱山岳燋,密雲復無雨。

ただでさえ灼熱であるのに、大干ばつになっているから見渡す山岳まで焦げているようだ、そこへ厚い雲がかかってきても、また、雨が降る事は無い

大旱 766年大暦元年春より、3カ月足らず雨が降らず干ばつとなり、庚子(68日)に到りてはじめて雨が降ったという。

 

南方瘴癘地,罹此農事苦。

南方というのは水蒸気と熱射による毒気のあるところで、農業にとって干ばつ床の毒気には苦しめられるというダブルの被害をこうむった。

瘴癘地 水蒸気と熱射による毒気をいう。実際にはマラリヤである。

 

必舞雩,峽中喧擊鼓。

王朝の支配する領地内であればどこでも、《周禮•春官•司巫》にのっとり、雨乞いのために舞をするが、三峡内の町々では、その上、喧しいほど太鼓を打ち鳴らすのである。

 王朝の支配する領地内。

舞雩 雨乞いの祭りを行い、巫女によって舞をする。《周禮》司巫職,《周禮·春官·司巫》「司巫,掌群巫之政令,若國大旱,則帥巫而舞雩。」とある。

峽中 三峡内の町々では。

擊鼓 雨乞いのために太鼓を打ち鳴らす。「神農禱雨書」・《神農求雨書》曰:春甲乙不雨,東爲青龍,又爲大龍,東方老人舞之,壬癸雨。 又曰:北如此不雨,命巫祝雨,曝之不雨,禱山神,積薪其旁,擊鼓而焚之。


 

真龍竟寂寞,土梗空俯僂。

しかし、雨降らしの神である真龍は何の沙汰もなく寂寞としているのであって、それでも、泥人形をやら、桃の木で作った人形やら、龍の人形やらを祀って背をかがめ、空しく最敬礼の土下座をしている。

真龍 雨降らしの神。雷と風雲を起すものとされる。

寂寞 1 ひっそりとして寂しいさま。2 心が満たされずにもの寂しいさま。

土梗 土は泥人形、梗は桃の木で作った人形、龍の人形やらを祀るもの。

俯僂 神に祈る形を言い、背をかがめて最敬礼、土下座をすること。