杜甫 奉節-15 《巻15-62 送殿中楊監赴蜀見相公 -#1》 「散る」は、今こうして、清秋の暮れになる時に貴殿の旅立ちを見送るのであるが、辺りの景色を見渡してみると、老年になった自分にはどうにも悲しくてやりきれないものだ。

 

 
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 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
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 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorブログ766年大暦元年55歲-23-1奉節-15 《巻15-62 送殿中楊監赴蜀見相公 -#1》 杜甫index-15 杜甫<886-1> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5380 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
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 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor『花間集』全詩訳注解説(改訂)-1溫庭筠38《巻1-38 南歌子七首其一》溫庭筠66首巻一38-〈38〉漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-5387 
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 魚玄機全詩●花間集(6)●花間集(7)●花間集(8)●花間集(9)●花間集(10) 
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766年大暦元年55-23-1奉節-15 《巻15-62 送殿中楊監赴蜀見相公 -#1 杜甫index-15 杜甫<886-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5380

 

 

杜甫詩1500-886-1-1247/2500766年大暦元年55-23-1

 

 

年:766年大暦元年55-

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    送殿中楊監赴蜀見相公【杜鴻漸鎮蜀,辟楊炎為判官。】

及地點:              梁州 (山南西道 梁州 梁州) 別名:漢中         

益州 (劍南道北部 益州 益州) 別名:南京、成都府     

交遊人物:楊炎    當地交遊(山南東道 夔州 夔州)

杜鴻漸 當地交遊(劍南道北部 蜀州 蜀州)

 

 

【同時期関連性のあるもの】

<!--[if !supportLists]-->  <!--[endif]-->15-41 毒熱寄簡崔評事十六弟(大暦元年初秋、残暑が厳しくたまらない暑さの中、従弟の評事官である徘行13の崔公輔より年少の徘行16の内弟崔某にこの詩を手紙として送った)

<!--[if !supportLists]-->  <!--[endif]-->15-60 殿中楊監見示張旭草書圖(朝廷の殿中省の高官の楊が菱州の地に立ち寄った際、張旭の草書図を見せてくれたので、お礼に詠んだもの)【《毒熱寄簡崔評事十六弟》と同様、朝廷によろしく計らってくれという意味を含んだ詩である】

<!--[if !supportLists]-->  <!--[endif]-->15-61 楊監又出畫鷹十二扇

(殿中監楊君が叉十二枚のついたての鷹の画をだしてみせた。その事をよんだ詩。)

<!--[if !supportLists]-->  <!--[endif]-->15-62 送殿中楊監赴蜀見相公

<!--[if !supportLists]-->  <!--[endif]-->15-63 贈李十五丈別

 

 

送殿中楊監赴蜀見相公

(殿中監である楊殿が蜀、成都に赴いて杜鴻漸相公に面会しようとするのを送った詩である。)

去水還波,洩雲無定姿。

去りゆく水には還る波がない、洩れだす雲には定まった形はないものだ。

人生在世間,聚散亦暫時。

」は、別れてしまったもの同士がかさねて逢うというのはたまたま偶然であるというのは当てにはならないことなのだ。

離別重相逢,偶然豈定期。

「散る」は、今こうして、清秋の暮れになる時に貴殿の旅立ちを見送るのであるが、辺りの景色を見渡してみると、老年になった自分にはどうにも悲しくてやりきれないものだ。

送子清秋暮,風物長年悲。

「散る」は、今こうして、清秋の暮れになる時に貴殿の旅立ちを見送るのであるが、辺りの景色を見渡してみると、老年になった自分にはどうにも悲しくてやりきれないものだ。

 

豪俊貴勳業,邦家頻出師。

相公鎮梁益,軍事無孑遺。

解榻再見今,用才復擇誰。

況子已高位,為郡得固辭。

 

難拒供給費,慎哀漁奪私。

干戈未甚息,紀綱正所持。

泛舟巨石橫,登陸草露滋。

山門日易久,當念居者思。

 

(殿中楊監が蜀に赴き相公に見ゆるを送る)

去水 還波をち,洩雲【えいうん】定姿無し。

人は生きて 世間に在り,聚散 亦た暫時なり。

離別 重ねて相い逢う,偶然 豈に期するに定まらんや。

子を送る清秋の暮,風物 長年悲しむ。

#2

峡人はとりくら鳥獣のごとく居る、其の室に層顛に附く。

下は不測の江に臨み、中に万里の船有り。

多病紛としで倚薄し、少留すれば歳年改まらんとす。

絶域 誰か懐を慰めん、開顔 名賢を喜ぶ。

-3

玄成 美價存す,子山 舊業傳う。

聞かずや 八尺の軀,常に目の憐みを受くるを

且つ辛苦の行を為す,蓋し生事に牽かる被る。

北 白帝の櫂を回らし,南 黔陽【けんよう】の天に入る。

-4

汧公【けんこう】方隅を制す,迥かに諸侯の先に出ず。

 太古の如く,時 危けれども獨り蕭然たり。

清高なること 金莖の露,正直なること 朱絲の弦。

昔在【むかしなら】ば 堯の四岳にして,今の 黃の潁川なり。

-5

于邁 同じからざりを恨む,所思 宣ぶるに由無し。

山 深くして水 波を增し,解榻 秋露懸る。

客遊 久しと云うと雖も,主は月の再圓なるを要す。

晨には風渚の亭に集り,醉うて〈雲嶠篇〉を操る。

丈夫 知己を貴び,歡 罷みて歸旋せんことを念う。

(送殿中楊監赴蜀見相公 含異文)

去水還波,洩雲無定姿。人生在世間,聚散亦暫時。離別重相逢,偶然豈定期【偶然豈足期】。送子清秋暮,風物長年悲【風動長年悲】。豪俊貴勳業,邦家頻出師。相公鎮梁益,軍事無孑遺。解榻再見今,用才復擇誰。況子已高位,為郡得固辭。難拒供給費,慎哀漁奪私。干戈未甚息,紀綱正所持。泛舟巨石橫,登陸草露滋。山門日易久【山門日易夕】,當念居者思。

 

唐時代 地図山南 東・西道50 

『送殿中楊監赴蜀見相公』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

送殿中楊監赴蜀見相公

去水還波,洩雲無定姿。

人生在世間,聚散亦暫時。

離別重相逢,偶然豈定期。

送子清秋暮,風物長年悲。


(下し文)
(殿中楊監が蜀に赴き相公に見ゆるを送る)

去水 還波をち,洩雲【えいうん】定姿無し。

人は生きて 世間に在り,聚散 亦た暫時なり。

離別 重ねて相い逢う,偶然 豈に期するに定まらんや。

子を送る清秋の暮,風物 長年悲しむ。

(現代語訳)
(殿中監である楊殿が蜀、成都に赴いて杜鴻漸相公に面会しようとするのを送った詩である。)

去りゆく水には還る波がない、洩れだす雲には定まった形はないものだ。

それは、そのひとがこの世に生存している時にある物であってあつまったり散らばったりするものしばらくの間のものである。

」は、別れてしまったもの同士がかさねて逢うというのはたまたま偶然であるというのは当てにはならないことなのだ。

「散る」は、今こうして、清秋の暮れになる時に貴殿の旅立ちを見送るのであるが、辺りの景色を見渡してみると、老年になった自分にはどうにも悲しくてやりきれないものだ。
夔州東川卜居図001 


(訳注)

送殿中楊監赴蜀見相公

(殿中監である楊殿が蜀、成都に赴いて杜鴻漸相公に面会しようとするのを送った詩である。)

相公 杜鴻漸をいう。大暦元年二月、黄門侍郎・同平事杜鴻漸相公に命じて成都尹を兼ね節を持して山南西道剣南東川等の道の副元帥に充て、仍って剣南西河節度使に充つ、郭英乂の乱を平げしを以てなり。黄門侍郎・同平章事は宰相なれば之を相公と称せり。

 

去水還波,洩雲無定姿。

去りゆく水には還る波がない、洩れだす雲には定まった形はないものだ。

還波 寄せて還る波をいう。

洩雲 入道雲。

定姿 一定不易の形。

 

人生在世間,聚散亦暫時。

それは、そのひとがこの世に生存している時にある物であってあつまったり散らばったりするものしばらくの間のものである。

 

離別重相逢,偶然豈定期。

」は、別れてしまったもの同士がかさねて逢うというのはたまたま偶然であるというのは当てにはならないことなのだ。

 

送子清秋暮,風物長年悲。

「散る」は、今こうして、清秋の暮れになる時に貴殿の旅立ちを見送るのであるが、辺りの景色を見渡してみると、老年になった自分にはどうにも悲しくてやりきれないものだ。

清秋暮 清々しい枷が吹く季節から悲愁の秋に移り変わっていくこと。

風物 辺りの景色。

長年悲 年寄りの経験から悲しむべき事柄をいう。