杜甫 奉節-19 《巻15-42 信行遠修水筒 -#1(杜甫の家の下僕に信行というものがいて、勤勉実直な性格で、10km以上もある高所から引水をしていた竹筒の樋を修理してくれた功績を称えるために作られている)

 

 
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766年大暦元年55-29-1奉節-19 《巻15-42 信行遠修水筒 -#1》 杜甫index-15 杜甫<891-#1>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5445 杜甫詩1500-891-#1-1260/2500766年大暦元年55-29-1

 

 

 

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    信行遠修水筒【自注:引水筒。】

作地點:夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

1505_引水》の詩では、雲安時代の「奴僕」にはまだ個人性が賦与されていなかったが、夔州時代の使用人にはもう飛躍的に杜甫自身の個人的な親密さが表明されている。こういった最下層の人を特定して詩に取り上げるというのは、当時にあっては異例のことであった。

 

 

奉節-19 《巻15-42 信行遠修水筒 -#1》 杜甫

泉の水を引いてくる樋がまた壊れてしまった。今度は使用人の信行に修理してもらった。暑い夏、彼は往復二十キロの危険な山道をものともせず、みごと樋をなおして帰ってきた。杜甫は彼のまじめな働きぶりに感激して次の詩を作った。

 

1529_信行遠修水筒

(杜甫の家の下僕に信行というものがいて、勤勉実直な性格で、10km以上もある高所から引水をしていた竹筒の樋を修理してくれた功績を称えるために作られている)

汝性不茹葷、清淨僕夫内。

おまえはもちまえの性格でくさい野菜、なまぐさものを食べず我慢が出来る、使用人たちのなかでは清浄な男に属する。

秉心識本源、於事少凝滯。

心の持ちようは事柄の本質をわきまえ、何事においてもぐずぐずすることがない敏活にこなすものである。

雲端水筒坼、林表山石碎。

この度、林の上の山の斜面で土石が崩れ落ち、高い山の雲のたなびくあたりで水を引いてくる竹筒が裂けて、口を開けてしまった。

觸熱藉子修、通流與廚會。

暑さのきびしい最中をお前の手をかりて修理することができて、竹筒の流れを台所まで通じさせてくれた。

往來四十里、荒險崖谷大。

お前は往復すること40里(23km)の道のりがあり、その道は険難で高い崖や深い谷があるところだった。

信行が遠く水筒を修む)

汝は性として 葷【クン】なるものを茹【くら】わず、僕夫の内にては清浄たり。

心を秉【と】ることは 本源を識り、事に於いて 凝【こ】り滞【とどこお】ること少なし。

雲端に水の筒の坼【さ】け、林表に山石の砕かる。

熱に触れ 子【なんじ】に藉【よ】りて修めしめ、なんじは流れを通して 厨【くりや】と会せしむ。

往来すること四十里、荒れて険【けわ】しく 崖のごとき谷は大なり。

 

日曛驚未餐、貌赤愧相對。

浮瓜供老病、裂餅嘗所愛。

於斯答恭謹、足以殊殿最。

詎要方士符、何假將軍佩。

行諸直如筆、用意崎嶇外。

日は曛【くら】くして なんじの未だ餐せざるに われは驚く、なんじが貌【かお】は赤くして 相い対するをわれは愧【は】ず。

瓜を浮かぶるは わが老病に供するがためなり、餅を裂きて わが愛する所(もの)を なんじに嘗めしむ。

斯【ここ】に於いて なんじが恭謹なるに答え、以て殿【しんがり】と最【かしら】とを殊にするに足らん。

詎【なん】ぞ方士の符を要せんや、何ぞ将軍の佩を假【か】らんや。

行や 直なること筆の如し、意を崎嶇の外に用う。

 

 

『信行遠修水筒』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

信行遠修水筒

汝性不茹葷、清淨僕夫内。

秉心識本源、於事少凝滯。

雲端水筒坼、林表山石碎。

觸熱藉子修、通流與廚會。

往來四十里、荒險崖谷大。


(下し文)
(信行が遠く水筒を修む)

汝は性として 葷【クン】なるものを茹【くら】わず、僕夫の内にては清浄たり。

心を秉【と】ることは 本源を識り、事に於いて 凝【こ】り滞【とどこお】ること少なし。

雲端に水の筒の坼【さ】け、林表に山石の砕かる。

熱に触れ 子【なんじ】に藉【よ】りて修めしめ、なんじは流れを通して 厨【くりや】と会せしむ。

往来すること四十里、荒れて険【けわ】しく 崖のごとき谷は大なり。

(現代語訳)
(杜甫の家の下僕に信行というものがいて、勤勉実直な性格で、10km以上もある高所から引水をしていた竹筒の樋を修理してくれた功績を称えるために作られている)

おまえはもちまえの性格でくさい野菜、なまぐさものを食べず我慢が出来る、使用人たちのなかでは清浄な男に属する。

心の持ちようは事柄の本質をわきまえ、何事においてもぐずぐずすることがない敏活にこなすものである。

この度、林の上の山の斜面で土石が崩れ落ち、高い山の雲のたなびくあたりで水を引いてくる竹筒が裂けて、口を開けてしまった。

暑さのきびしい最中をお前の手をかりて修理することができて、竹筒の流れを台所まで通じさせてくれた。

お前は往復すること40里(23km)の道のりがあり、その道は険難で高い崖や深い谷があるところだった。



(訳注)

信行遠修水筒

信行が遠く水筒を修む)

(杜甫の家の下僕に信行というものがいて、勤勉実直な性格で、10km以上もある高所から引水をしていた竹筒の樋を修理してくれた功績を称えるために作られている)

詩題に言う信行という人物は、後に紹介する《1907_課伐木》の詩でも、「隷人の伯夷・辛秀・信行等に課して、谷に入り陰木を斬らしむ」というように、杜甫の使用人の一人である。

 この詩は直接には、信行が樋を修理してくれた功績を称えるために作られているのだが、詩の内容はそれだけにとどまらず、彼の人となりや人品の賞賛にまで及んでいる。冒頭の三、四句目の「心を秉るに本源を識り、事に於いて凝滞すること少なし」では、ことがらの核心をつかんで機敏に実行する人となりを称え、末尾の「行や直なること筆の如し、意を崎嶇の外に用う」では、その真っ正直な人柄をほめている。これは使用人にすぎない信行という人物を、その人柄にまでわたってよく観察していると言える。

夔州到着後に作った《1505_水を引く》の詩で、杜甫はそのことを次のように詠じている。

引水

月峽瞿塘雲作頂,亂石崢嶸俗無井。

雲安酤水奴僕悲,魚復移居心力省。

白帝城西萬竹蟠,接筒引水喉不乾。

人生留滯生理難,斗水何直百憂寬。

 (引水)

月峽 瞿塘 雲頂と作し,亂石 崢嶸【そうおう】俗 井無し。

雲安 水を酤うて奴僕悲しむ,魚復 居移して心力省く。

白帝城 西萬竹 蟠【わだかま】る,筒を接し水を引きて喉を乾かず。

人生 留滯 生理難し,斗水 何ぞ直【あた】らん百憂の寬なるに。

《1505_引水》

この詩の三句目に出てくる雲安の奴僕は、杜甫がまだ雲安に滞在していたとき、(それは結局は重い病のために実質八、九ヶ月に及ぶ長逗留となったのだが)、現地で雇った杜甫の使用人と思われる。

766年大暦元年55-9 《引水》 杜甫index-15 杜甫<872 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5170 杜甫詩1500-872-1205/2500766年大暦元年55-9

また感謝のしるしに大事な食べ物を与えるというところが、杜甫らしい感謝の仕方でおもしろい。杜甫はよく食べ物を詩に描き込む。老病を癒すに必要な瓜を分け与えると言うからには、幾分かの自己犠牲の痛みも伴っていたろう。仇兆鰲が明末清初の申涵光の「(杜甫が)下情を体恤すること是の如し、真に仁者の用心なり」(『説杜』)という解釈を引いているが、仇兆鰲も申涵光もこうした慈しみあふれる情の厚さを、杜甫の詩に感じ取っているのであろう。

 この詩で注目されるのは、社会の底辺層にいる使用人の名前を詩題に掲げていることである。そのことだけでも杜甫が最初の例であろうと思われるのだが、さらにこの詩は全てがそんな人間への賞賛でできている。もっぱら使用人のために詩を書き、使用人の人格にまで立ち入ってその人物の人となりを絶賛するなどというのは、きわめて希なことだった。

 

汝性不茹葷、清淨僕夫内。

汝は性として 葷【クン】なるものを茹【くら】わず、僕夫の内にては清浄たり。

おまえはもちまえの性格でくさい野菜、なまぐさものを食べず我慢が出来る、使用人たちのなかでは清浄な男に属する。

茹葷 茹は食らうこと、葷はくさい野菜、なまぐさもの。普段は嫌がっても、空腹を我慢できずに食べるほどの野菜という意味。

 

秉心識本源、於事少凝滯。

心を秉【と】ることは 本源を識り、事に於いて 凝【こ】り滞【とどこお】ること少なし。

心の持ちようは事柄の本質をわきまえ、何事においてもぐずぐずすることがない敏活にこなすものである。

秉心 秉は燭を照らすために用意することで、心の持ち方がしっかりしていることをいう。

凝滯 居座ること。ぐずぐずすることがない敏活にこなすこと。

 

雲端水筒坼、林表山石碎。

雲端に水の筒の坼【さ】け、林表に山石の砕かる。

この度、林の上の山の斜面で土石が崩れ落ち、高い山の雲のたなびくあたりで水を引いてくる竹筒が裂けて、口を開けてしまった。

水筒坼 水を通す竹筒が裂けて、口を開けてしまった

 

觸熱藉子修、通流與廚會。

熱に触れ 子【なんじ】に藉【よ】りて修めしめ、なんじは流れを通して 厨【くりや】と会せしむ。

暑さのきびしい最中をお前の手をかりて修理することができて、竹筒の流れを台所まで通じさせてくれた。

觸熱 暑さに触れること。

藉子修 「子に藉【よ】りて修めしめ」子は信行のこと。

與廚會 竹筒の流れを台所まで通じさせてくれた。

 

往來四十里、荒險崖谷大。

往来すること四十里、荒れて険【けわ】しく 崖のごとき谷は大なり。

お前は往復すること40里(23km)の道のりがあり、その道は険難で高い崖や深い谷があるところだった。

四十里 一里は576mであるから、23.04km。