杜甫 奉節-20 《巻15-43 催宗文樹雞柵 -#1(長男の宗文をうながして鶏の馬背垣を組み結わせたことを詠う。)私は、歳を取り衰えてきたので、旅路を行くのに臆病になってきて、ここで旅の宿りをすることで英気を養っている。少し切迫した思いを少しずつくつろいだ気分になりつつある。

 

 
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766年大暦元年55-30-1奉節-20 《巻15-43 催宗文樹雞柵 -#1 杜甫index-15 杜甫<892-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5455
杜甫詩
1500-892-1-1262/2500766年大暦元年55-30-1

 

 

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二一              文體:    五言古詩

詩題:    催宗文樹雞柵

及地點:尸 (都畿道 河南府 偃師) 別名:西亳 、新蔡鎮       

杜甫やその家族が日常生活の中で彼らと身近に接していた、あるいは農作業や労働体験を共にしていたことを、我々に教えてくれる詩がある。

 夔州に来た最初の春から、杜甫は病気を癒すためにニワトリを飼い始めたようで、夏には親鳥や雛鳥やら合わせて五十羽にもなろうとしていた。それらが家屋の中にまで入り込んで、あまりにも狼藉を働くので杜甫は柵を作って制止したり、ニワトリ籠を作ったりしなければならなかった。

 まず青竹を火で焼いて殺青して強くした。その竹でニワトリが入ってくる小道をふさぎ、垣根の東の空き地には高い柵を作った。また竹かごを編んでその中にニワトリをひとまとめごとに入れ、飛び出していかないようにした。一方、柵や竹かごの目が荒いと、すり抜けて来るものがいるから、このことにも注意しなければならなかった。杜甫はこうしたこまごまとした仕事を、長男の宗文にあてがった。

 

《巻15-43 催宗文樹雞柵 -#1

催宗文樹雞柵

(長男の宗文をうながして鶏の馬背垣を組み結わせたことを詠う。)

吾衰怯行邁,旅次展崩迫。

私は、歳を取り衰えてきたので、旅路を行くのに臆病になってきて、ここで旅の宿りをすることで英気を養っている。少し切迫した思いを少しずつくつろいだ気分になりつつある。

愈風傳烏雞,秋卵方漫喫。

聞くところでは黒い鶏は、中風の病を治すということなので今丁度秋に産卵したものをむやみに食べているところだ。

自春生成者,隨母向百翮。

春から産ませてこうして育ててきた雛が母鶏につき随っていたが、50羽になろうとしている。

驅趁制不禁,喧呼山腰宅。

これらは追い立てて来させまいと静止するが留めきれず、山の半腹の自宅の庭でがやがやと鳴きたてている。

(宗文を催し雞柵を樹てしむ)

吾 衰えて行邁を怯れ,旅次 崩迫を展ぶ。

愈風 烏雞を傳う,秋卵 方に漫喫す。

春自り生成する者は、母に随いて 百の翮【つばさ】に向【なんな】んとす。

駆【か】り趁【お】うも われは制し禁ぜずして、ニワトリは山腰の宅に 喧呼【けんこ】す。

 

課奴殺青竹,終日憎赤幘。

蹋藉盤案翻,塞蹊使之隔。

牆東有隙地,可以樹高柵。

避熱時來歸,問兒所為跡。

奴【やっこ】に課して 青き竹を殺せしめ、終日われは 赤き幘【かんむり】のニワトリを憎む。

踏み藉【ふ】みて盤や案をば翻(ひるがえ)せば、蹊【みち】を塞(ふさ)ぎて 之をして隔たしめんとす。

牆【かき】の東に隙地有り、以て高き柵を樹【た】つべし。

われは熱を避けしところより 時に来たり帰り、児に為せる所の跡を問う

 

《巻15-43 催宗文樹雞柵 -#3

織籠曹其令入不得擲。

稀間可突過,嘴爪還席。

我寬螻蟻遭,彼免狐貉厄。

應宜各長幼,自此均勍敵。

籠柵念有修,近身見損益。

また籠【かご】を織りて 其の内に曹【むらが】らしめ、なかに入れて擲【とびあが】るを得ざらしむ。

稀【まばら】なる間なれば 突過すべし、觜【くちばし】と距【つめ】は 還た席を汚さん。

我は螻蟻【ロウギ】がニワトリの遭を寛【ゆる】くし、彼(ニワトリ)は狐や貉【むじな】の厄【わざわい】を免れん。

応【まさ】に宜しく 各おの長、幼たらしめ、此れよりのちは 勍【つよ】き敵を均【ひと】しくすべし。

籠と柵は修むること有るを念【おも】い、身に近づけてその損と益とを見よ。

明明領處分,一一當剖析。

不昧風雨晨,亂離減憂慼。

其流則凡鳥,其氣心匪石。

倚賴窮晏,撥煩去冰釋。

未似尸翁,拘留蓋阡陌。

明明に処分すべきを領せば、一一に当【まさ】に剖析【ボウセキ】すべし。

昧かず風雨の晨,亂離 憂慼を減ず。

其の流は則ち凡鳥なり,其の氣は心 石に匪らず。

倚賴して窮 晏【やす】し,煩を撥いて冰釋【ヒョウシャク】を去る。

未だ似ず 尸【シキョウ】の翁の,拘留して阡陌に蓋いしに。

 

詩文(含異文)    

吾衰怯行邁,旅次展崩迫。

愈風傳烏雞,秋卵方漫喫。

自春生成者,隨母向百翮。

驅趁制不禁,喧呼山腰宅。

課奴殺青竹,終日憎赤幘【案:《搜神記》:「一書生明術數,夜半,宿安陽城南亭,有赤幘者過。生曰:『此西舍老雄雞也。』」】【終日增赤幘】【終日帽赤幘】。

蹋藉盤案翻,塞蹊使之隔。

牆東有隙地【牆東閒散地】,可以樹高柵。避熱時來歸【避熱時未歸】,問兒所為跡。織籠曹其,令入不得擲。稀間可突過【稀間苦突過】,嘴爪還席【嘴距還席】。我寬螻蟻遭,彼免狐貉厄。應宜各長幼,自此均勍敵。籠柵念有修,近身見損益【近身知損益】。明明領處分,一一當剖析。不昧風雨晨,亂離減憂慼。其流則凡鳥,其氣心匪石。倚賴窮晏,撥煩去冰釋【撥煩及冰釋】。未似尸翁【案:祝雞翁居洛陽尸北山下。】,拘留蓋阡陌。

夔州東川卜居図詳細 001 

 

《巻15-43 催宗文樹雞柵 -#1

『催宗文樹雞柵』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

催宗文樹雞柵

吾衰怯行邁,旅次展崩迫。

愈風傳烏雞,秋卵方漫喫。

自春生成者,隨母向百翮。

驅趁制不禁,喧呼山腰宅。


(下し文)
(宗文を催し雞柵を樹てしむ)

吾 衰えて行邁を怯れ,旅次 崩迫を展ぶ。

愈風 烏雞を傳う,秋卵 方に漫喫す。

春自り生成する者は、母に随いて 百の翮【つばさ】に向【なんな】んとす。

駆【か】り趁【お】うも われは制し禁ぜずして、ニワトリは山腰の宅に 喧呼【けんこ】す。

(現代語訳)
(長男の宗文をうながして鶏の馬背垣を組み結わせたことを詠う。)

私は、歳を取り衰えてきたので、旅路を行くのに臆病になってきて、ここで旅の宿りをすることで英気を養っている。少し切迫した思いを少しずつくつろいだ気分になりつつある。

聞くところでは黒い鶏は、中風の病を治すということなので今丁度秋に産卵したものをむやみに食べているところだ。

春から産ませてこうして育ててきた雛が母鶏につき随っていたが、50羽になろうとしている。

これらは追い立てて来させまいと静止するが留めきれず、山の半腹の自宅の庭でがやがやと鳴きたてている。


(訳注)

1543_催宗文樹雞柵》 五言古詩《1543_宗文を催して鶏の柵を樹てしむ》。

(長男の宗文をうながして鶏の馬背垣を組み結わせたことを詠う。)

宗文 杜甫の長男。

 柵作りや竹籠作りの仕事をしてたてた。

雞柵 鶏を囲いをしておける馬背垣。

 宗文が杜甫から柵作りの仕事をまかせられたと言っても、もちろん宗文一人でやるわけではない。それは「奴に課して青竹を殺せしめる」と言っていることからも明らかである。この「奴」というのは、いままで出てきた杜甫の使用人の阿段、信行、伯夷、辛秀らであろう。だから宗文が実際に柵作りや竹籠作りの仕事をしたかどうかを疑う人もいる。浦起竜は「宗文を催すとは、必ず宗文自ら之を為すに非ざるなり。但だ奴に課して其の事を領するなり」(巻一之四)と言い、楊倫は「柵を樹て籠を織るは、本は奴僕の事なり。而して課して之を督()る者は、則ち宗文なり」(巻十三)と言う。たしかに宗文がどこまでその仕事に加わり、或いは加わらなかったかを見極めるのはむずかしい。

 杜甫は、しばらく熱さを避けていた所から帰ってくると、子供たちにどのように仕事をしたかを尋ねる。

 

吾衰怯行邁,旅次展崩迫。

私は、歳を取り衰えてきたので、旅路を行くのに臆病になってきて、ここで旅の宿りをすることで英気を養っている。少し切迫した思いを少しずつくつろいだ気分になりつつある。

怯行邁 旅路を行くのに臆病になる。

展崩迫 生き詰まるような窮屈な思いを宣べる。少し切迫した思い。

 

愈風傳烏雞,秋卵方漫喫。

聞くところでは黒い鶏は、中風の病を治すということなので今丁度秋に産卵したものをむやみに食べているところだ。

愈風 中風の病気を治癒させること。

 伝え聞く。

烏雞 黒い色の鷄。烏骨鶏。

漫喫 やたらにたべる。

 

自春生成者,隨母向百翮。

春から産ませてこうして育ててきた雛が母鶏につき随っていたが、50羽になろうとしている。

生成者 産ませて育て上げたもの。

向百翮 (百の羽数だから)50羽になろうとしている。どんどん増えていることをいう。

 

驅趁制不禁,喧呼山腰宅。

これらは追い立てて来させまいと静止するが留めきれず、山の半腹の自宅の庭でがやがやと鳴きたてている。

驅趁 逃げないようにだけ追い立てること。

山腰宅 山の半腹の自宅の庭。
杜甫55歳756年作品