杜甫 奉節-31-1 《巻16-03 八哀詩八首〔一〕贈司空王公思禮 -1(司空であり死後、大尉をおくられた王思禮公を思って作った詩)

王司空は高麗の東夷から出て、こどものときから猛鳥がつよいたちばねを刷うごとく奮飛せんとする勢いがあった。

 

 
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杜甫詩1500-903-02-1286/2500766年大暦元年55-40-1

 

八哀詩八首 幷序

(魏の七哀詩のように唐の八人の哀情をのべる、その序文をのべる。)

傷時盜賊未息,興起王公、李公,歎舊懷賢,終於張相國。

自分は各地で叛乱や盗賊のようなことがおさまらないのを傷んで、感興のわくまま王・李の二公からはじめて、旧友のことを嘆じたり、賢相のことをおもったりして相国張九齢までで終った。

八公前後存歿,遂不詮次焉。

その八人の諸公はたがいにあとさきになくなった。それでこの作はその生存の順序をかんがえてそのとおりに順序だてることはしなかったのである。

 

(八哀詩八首 幷びに序)

時の盗賊未だ息まざるを傷み、王公李公より興起し、旧を嘆じ賢を懐い、張相国に終る。

八公前後存歿す、遂に銓次せず。

 

16-02 八哀詩八首 幷序

16-03 八哀詩八首〔一〕贈司空王公思禮

16-04 八哀詩八首〔二〕故司徒李公光弼

16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武

16-06 八哀詩八首〔四〕贈太子太師汝陽郡王璡

16-07 八哀詩八首〔五〕贈秘書監江夏李公邕

16-08 八哀詩八首〔六〕故秘書少監武功蘇公源明

16-09 八哀詩八首〔七〕故著作郎貶台州司滎陽鄭公虔

16-10 八哀詩八首〔八〕故右僕射相國張公九齡

 

 

年:766年大暦元年55-

卷別:  卷二二二        文體:  五言古詩

詩題:  八哀詩八首:贈司空王公思禮

00

并序:傷時盜賊未息,興起王公、李公,歎舊懷賢,終於張相國。

八公前後存歿,遂不詮次焉。

及地點:天山 (隴右道西部 無第二級行政層級 天山) 別名:雪山       

九曲 (都畿道 河南府 九曲)        

潼關 (京畿道 華州 潼關)  

朔方節度使 ( 靈州 朔方節度使) 別名:朔方   

梁州 (山南西道 梁州 梁州) 別名:漢中     

交遊人物:王思禮、哥舒翰、鄧景山。

 

 

八哀詩八首〔一〕

贈司空王公思禮 #1

(司空であり死後、大尉をおくられた王思禮公を思って作った詩)

司空出東夷,童稚刷勁翮。

王司空は高麗の東夷から出て、こどものときから猛鳥がつよいたちばねを刷うごとく奮飛せんとする勢いがあった。

追隨燕薊兒,穎物不隔。

それが幽州斬州の壮年に随って交わり、錐の穂先が嚢から脱けだすごとく何物もこれをさえぎることができなかった。

服事哥舒翰,意無流沙磧。

司空は哥舒翰につきしたごうたころからその意気は沙漠地方眼中に無きのありさまであったが、

未甚拔行間,犬戎大充斥。

まだたいして卒伍のなかまから抜擢されるほどでもなかった、ところへ犬戎(吐蕃)が非常に多くおよせてきた。

2

短小精悍姿,屹然強寇敵。

貫穿百萬眾,出入由咫尺。

馬鞍懸將首,甲外控鳴鏑。

洗劍青海水,刻銘天山石。

3

九曲非外蕃,其王轉深壁。

飛兔不近駕,鷙鳥資遠擊。

曉達兵家流,飽聞春秋癖。

胸襟日沈靜,肅肅自有適。

4

潼關初潰散,萬乘猶辟易。

偏裨無所施,元帥見手格。

太子入朔方,至尊狩梁益。

胡馬纏伊洛,中原氣甚逆。

5

肅宗登寶位,塞望勢敦迫。

公時徒步至,請罪將厚責。

際會清河公,間道傳玉冊。

天王拜跪畢,讜議果冰釋。

6

翠華卷飛雪,熊虎亙阡陌。

屯兵鳳凰山,帳殿涇渭闢。

金城賊咽喉,詔鎮雄所搤。

禁暴清無雙,爽氣春淅瀝。

7

巷有從公歌,野多青青麥。

及夫哭廟後,復領太原役。

恐懼祿位高,悵望王土窄。

不得見清時,嗚呼就窀穸。

8

永繫五湖舟,悲甚田橫客。

千秋汾晉間,事與雲水白。

昔觀〈文苑傳〉,豈述廉藺績。

嗟嗟鄧大夫,士卒終倒戟。

 

 

(八哀詩)〔一〕贈司空 王公思禮 #1

司空 東夷より出づ、童稚 勁翮【けいかく】を刷う。

追随す燕薊の児、穎鋭 物 隔てず。

服事す哥舒翰 意流沙磧を無みす。

未だ甚だ行間より抜かれず、犬戎大いに充斥す。

#2

短小精悍の姿、屹然 強寇に敵す。

貫穿す 百万の衆、出入すること咫尺の由し。

馬鞍に将首を懸け、甲外鳴鏑を控く。

剣を洗う 青海の水、銘を刻す天山の石。

#3

九曲 外番に非ず、其の王 転た深壁。

飛兔 近駕せず、鷲鳥遠撃に資る。

曉達す 兵家の流,飽聞す 春秋の癖。

胸襟 日に沈靜,肅肅 自ら適する有り。』

安史の乱当時の勢力図 

 

八哀詩八首』 現代語訳と訳註解説

(本文)
八哀詩八首〔一〕

贈司空王公思禮 #1

司空出東夷,童稚刷勁翮。

追隨燕薊兒,穎物不隔。

服事哥舒翰,意無流沙磧。

未甚拔行間,犬戎大充斥。
(含異文)

司空出東夷【案:高麗也。】,童稚刷勁翮。追隨燕薊兒,穎物不隔【穎物不隔】。服事哥舒翰,意無流沙磧【氣無流沙磧】。未甚拔行間,犬戎大充斥。
(下し文)
(八哀詩)〔一〕贈司空 王公思禮 #1

司空 東夷より出づ、童稚 勁翮【けいかく】を刷う。

追随す燕薊の児、穎鋭 物 隔てず。

服事す哥舒翰 意流沙磧を無みす。

未だ甚だ行間より抜かれず、犬戎大いに充斥す。

(現代語訳)
(司空であり死後、大尉をおくられた王思禮公を思って作った詩)

王司空は高麗の東夷から出て、こどものときから猛鳥がつよいたちばねを刷うごとく奮飛せんとする勢いがあった。

それが幽州斬州の壮年に随って交わり、錐の穂先が嚢から脱けだすごとく何物もこれをさえぎることができなかった。

司空は哥舒翰につきしたごうたころからその意気は沙漠地方眼中に無きのありさまであったが、

まだたいして卒伍のなかまから抜擢されるほどでもなかった、ところへ犬戎(吐蕃)が非常に多くおよせてきた。

taigennankin88
(訳注)

八哀詩八首〔一〕 贈司空王公思禮 #1

(司空であり死後、大尉をおくられた王思禮公を思って作った詩)

司空王公思禮 王思禮、(?-761年),高句麗人。唐朝將領。統後将軍、唐代の書家。

○贈司空 贈とは其の人の死後に官を贈られたことをいう、王思礼は生前に司空となり、死後は大尉を贈られたと「旧唐書」に記してあるのからすれば贈司空というのはおかしい。全文は贈大尉司空王公思礼ということである。

 

司空出東夷,童稚刷勁翮。

王司空は高麗の東夷から出て、こどものときから猛鳥がつよいたちばねを刷うごとく奮飛せんとする勢いがあった。

○東夷 高麗をいう、思礼は高麗の人である。

○刷勁翮 刷は鳥が嘴をもって羽に油をくれること、勁翮はつよいたちばね、猛鳥を以て其の勇力に此する。

 

追隨燕薊兒,穎物不隔。

それが幽州斬州の壮年に随って交わり、錐の穂先が嚢から脱けだすごとく何物もこれをさえぎることができなかった。

燕薊児 燕()州薊州の少年、此の地方は勇壮なものが多い。

○穎鋭 錐の穂先のごとくにするどい、毛遂の故事。戦国の時、趙の平原君の食客に毛遂というものがあり、「遂をして嚢中に処らしめば錐の末のごと穎脱して出でん」といった。平原君は遂を従えて楚に至り約を定めることができた。

○物不隔 何物をもってしても錐のほさきをへだてることはできぬ、起四句は少年より奮起したことをいう。

 

服事哥舒翰,意無流沙磧。

司空は哥舒翰につきしたごうたころからその意気は沙漠地方眼中に無きのありさまであったが、

○服事 服従しっかえる。

○哥舒翰 唐の河西の将である。主恩礼ははじめ王忠嗣に従って河西に至り哥舒翰と同じく忠嗣の毫下に籍をおいた。翰が隴右節度使となるに及び思礼は中郎将周泌とともに翰の押衞となった。

○無 無視する。

○流沙 西域、西土の沙漠地をいう。

 

未甚拔行間,犬戎大充斥。
まだたいして卒伍のなかまから抜擢されるほどでもなかった、ところへ犬戎(吐蕃)が非常に多くおよせてきた。

○抜行間 技は抜擢、行間は卒伍の列のあいだ。

○犬戎 吐事をさす。

○充斥 充は満ちる、斥は大きいこと、多いこと、充斥は多いことをいう。「左伝」(裏公三十一年)に「逼盗充斥」の語がある。

 

 

(八哀詩)〔一〕司空王公思禮に贈る #1

司空 東夷より出づ、童稚 勁翮【けいかく】を刷う。

追随す燕薊の児、穎鋭 物 隔てず。

服事す哥舒翰 意流沙磧を無みす。

未だ甚だ行間より抜かれず、犬戎大いに充斥す。

 

八哀詩八首〔一〕

贈司空王公思禮 #1

司空出東夷,童稚刷勁翮。

追隨燕薊兒,穎物不隔。

服事哥舒翰,意無流沙磧。

未甚拔行間,犬戎大充斥。
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