昔者與高李,晚登單父臺。

寒蕪際碣石,萬里風雲來。

桑柘葉如雨,飛藿去裴回。

清霜大澤凍,禽獸有餘哀。』
昔遊 -1》 杜甫

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744年 天宝3載 33歳のころ、高適、李白と杜甫の三人は秋の終わりから冬のはじめにかけて、宋州 單父縣、孟諸沢で狩りの遊んだ時のことを思い浮かべて現時の感をのべたもの)
 

杜甫《巻1513 昔遊》

昔者與高【案:適。】李【案:白。】,晚登單父臺【同登單父臺】。寒蕪際碣石,萬里風雲來。桑柘葉如雨,飛藿去裴回【飛藿共裴回】。清霜大澤凍,禽獸有餘哀。是時倉廩實,洞達寰區開【洞達寰瀛開】。猛士思滅胡,將帥望三台。君王無所惜,駕馭英雄材。幽燕盛用武,供給亦勞哉。門轉粟帛,泛海陵蓬萊。肉食三十萬【肉食四十萬】,獵射起黃埃【獵射起塵埃】。隔河憶長眺,青已摧。不及少年日,無復故人杯。賦詩獨流涕,亂世想賢才。有能市駿骨【君能市駿骨】【若能市駿骨】,莫恨少龍媒。商山議得失,蜀主嫌猜。呂尚封國邑,傳已鹽梅。景晏楚山深,水鶴去低回。龐公任本性,攜子臥蒼苔【案:市駿以下,言商山、諸葛、呂尚、傅之流,世豈少其人哉?唯甫漂泊楚山,終當為龐公高隱耳。】。

 

杜甫詩1500-912-#1-1352/2500766年大暦元年55-49

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二二              文體:    五言古詩

詩題:    昔遊

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              單父臺 (河南道 宋州 單父)              

碣石山 (河北道南部 平州 碣石山)  

蘇州 (江南東道 蘇州 蘇州) 別名:郡、           

大明宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:永安宮、蓬萊宮、含元殿、蓬萊殿               

商山 (山南東道 商州 商州) 別名:南山、地肺山、楚山、商顏               

 

昔遊 -1

昔者與高李,晚登單父臺。

昔  李白や高適(こうせき)と、日暮れに  単父の台の登ったことがある。
寒蕪際碣石,萬里風雲來。

そのとき寒空の下  荒地は碣石のあたりまでつらなり、万里の彼方から  風雲がやってきた。
桑柘葉如雨,飛藿去裴回。

桑や山桑の葉は、雨のように散り落ち、豆の葉もそれらとともにあたりに飛び散り、徘徊していた。
清霜大澤凍,禽獸有餘哀。』

霜は清らかに降りて  大きい沢は全面凍り、鳥や獣は、猟でおいまわされて啼きだし、十分の哀しみを抱いて声をだす。

-2

是時倉廩實,洞達寰區開。

猛士思滅胡,將帥望三台。

君王無所惜,駕馭英雄材。』

-3

幽燕盛用武,供給亦勞哉。

門轉粟帛,泛海陵蓬萊。

肉食三十萬,獵射起黃埃。』

-4

隔河憶長眺,青已摧

不及少年日,無復故人杯。

賦詩獨流涕,亂世想賢才。

有能市駿骨,莫恨少龍媒。』

-5

商山議得失,蜀主嫌猜。

呂尚封國邑,傳已鹽梅。

景晏楚山深,水鶴去低回。

龐公任本性,攜子臥蒼苔。』

 

(昔 遊) 

昔者  高李と、晩(くれ)に単父【ぜんぽ】の台に登る。

寒蕪 碣石に際し、万里  風雲来る。

桑柘【そうしゃ】の葉は雨の如く、飛藿【ひかく】共に徘徊す。

清霜  大沢)凍り、禽獣  余 哀有り。』

 

是の時  倉廩【そうりん】実ち、洞達  寰区 開く。

猛士 胡を滅せんことを思い、将帥 三台を望む。

君王 惜む所無く、駕馭【がぎょ】す 英雄の材。

 

幽燕 用武を盛す,供給 亦勞哉。門 粟帛を轉ず,海に泛ぶ蓬萊 陵こえる。

肉食 三十萬,獵射 黃埃を起す。』

河を隔てて長眺を憶う,青 已を摧す。少年の日及ず,複 故人の杯無し。

賦詩 獨り涕を流す,亂世 賢才を想う。能く市駿の骨 有り,少龍媒恨む莫れ。』

商山 得失を議す,蜀主 嫌猜をす。呂尚 國邑を封す,傅 已に鹽梅。

景晏 楚山の深,水鶴 低く回りて去る。龐公 本性を任ず,攜子 蒼苔に臥す。』

 

『昔游』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

昔遊 -1

昔者與高李,晚登單父臺。

寒蕪際碣石,萬里風雲來。

桑柘葉如雨,飛藿去裴回。

清霜大澤凍,禽獸有餘哀。』


(下し文)
(昔 遊) 

昔者  高李と、晩(くれ)に単父【ぜんぽ】の台に登る。

寒蕪 碣石に際し、万里  風雲来る。

桑柘【そうしゃ】の葉は雨の如く、飛藿【ひかく】共に徘徊す。

清霜  大沢)凍り、禽獣  余 哀有り。』

(現代語訳)
744年 天宝3載 33歳のころ、高適、李白と杜甫の三人は秋の終わりから冬のはじめにかけて、宋州 單父縣、孟諸沢で狩りの遊んだ時のことを思い浮かべて現時の感をのべたもの)
昔  李白や高適(こうせき)と、日暮れに  単父の台の登ったことがある。
そのとき寒空の下  荒地は碣石のあたりまでつらなり、万里の彼方から  風雲がやってきた。
桑や山桑の葉は、雨のように散り落ち、豆の葉もそれらとともにあたりに飛び散り、徘徊していた。
霜は清らかに降りて  大きい沢は全面凍り、鳥や獣は、猟でおいまわされて啼きだし、十分の哀しみを抱いて声をだす。


(訳注)

昔遊

744年 天宝3載 33歳のころ、高適、李白と杜甫の三人は秋の終わりから冬のはじめにかけて、宋州 單父縣、孟諸沢で狩りの遊んだ時のことを思い浮かべて現時の感をのべたもの)
744年 天宝3載 33歳のころ、三人は秋の終わりから冬のはじめにかけて、孟諸沢で狩りの遊でいる。「壮遊」『遣懐』『昔遊』766年大暦元年55歳のときの作品である。「壮遊」は杜甫の自叙伝ともいうべき五言古詩、『遣懐』『昔遊』は李白、高適と遊んだことの思い出を詠っている。

自叙伝というべき1514壯遊》は少年壮年時、天下を周遊したことを述べ、且つ、老後の感慨を述べたものであったが、その続編というべき作品である。

同時期の自叙伝シリーズ

1.《巻1512 往在》

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5.《巻1515 遺懷》

 

昔者與高李,晚登單父臺。

昔  李白や高適(こうせき)と、日暮れに  単父の台の登ったことがある。
昔者 744年 天宝3載 33歳のころをいう。

高李 高適と李白。

單父臺 單父は県名。河南道 宋州 單父縣。(現在、山東省曹州府單縣治)單父縣の北一里に宓子賤が琴を弾じた、琴台があり、高さ三丈、單父臺は琴台をさす。李白《秋獵孟諸夜歸屋酒單父東樓觀妓》詩(1)、高適《同羣公秋登琴臺》《同羣公出獵海上》詩(2)を本末尾に示す。

 

寒蕪際碣石,萬里風雲來。

そのとき寒空の下  荒地は碣石のあたりまでつらなり、万里の彼方から  風雲がやってきた。
寒蕪 寒空の芭蕉の地。

際碣石 海岸の山の名(『尚書』禹貢)。これに太液池の山をにせて作ったということ。その碣石山の地の果てをいう。

 

桑柘葉如雨,飛藿去裴回。

桑や山桑の葉は、雨のように散り落ち、豆の葉もそれらとともにあたりに飛び散り、徘徊していた。
桑柘葉 山桑の類。

飛藿 藿は豆の葉が飛ぶ。

 

清霜大澤凍,禽獸有餘哀。

霜は清らかに降りて  大きい沢は全面凍り、鳥や獣は、猟でおいまわされて啼きだし、十分の哀しみを抱いて声をだす。

大澤 孟諸澤をいう。孟諸澤は、【蔡傳】地志に,梁國 睢陽の東北に在り,今、南京 虞城縣西北の孟諸澤を是としている【左傳·僖二十八年】及び【爾雅·釋地】には孟諸と作る。又【字彙補】照迦切,音遮。【左傳·定十四年】宋野人歌曰:定爾婁豬,盍歸吾艾豭。干寶讀

 

(1) 李白 (り はく、701年(長安元年) - 7621022日(宝応元年930日))盛唐の時代の詩人である。字は太白。号は青蓮居士。唐代のみならず中国詩歌史上において、同時代の杜甫とともに最高の存在とされる。奔放で変幻自在な詩風から、後世「詩仙」と称される。

長安を去った李白は、洛陽もしくは梁・宋(現河南省開封市・商丘市)で杜甫と出会って意気投合し、1年半ほどの間、高適を交えて山東・河南一帯を旅するなど彼らと親しく交遊した。また阿倍仲麻呂とも親交があり、754年には、前年に仲麻呂が日本への帰国途中、遭難して死去したという知らせ(誤報)を聞き、「晁卿衡を哭す」を詠んでその死を悼んでいる。

秋獵孟諸夜歸屋酒單父東樓觀妓 李白

傾暉速短炬,走海無停川。冀餐圓丘草,欲以還年。

此事不可得,微生若浮煙。駿發跨名駒,雕弓控鳴弦。

鷹豪魯草白,狐兔多肥鮮。邀遮相馳逐,遂出城東田。

一掃四野空,喧呼鞍馬前。歸來獻所獲,炮炙宜霜天。

出舞兩美人,飄颻若雲仙。留歡不知疲,清曉方來旋。

秋猟孟諸夜帰置酒単父東楼観妓 李白 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白182

 

 

(2) 高 適(こう せき、生年不詳 ‐ 765年)は、中国唐代の詩人。字は達夫。諡は忠。

滄州渤海(現河北省)の出身。李白と親交があり磊落な性質で家業を怠り、落ちぶれて梁・宋(現河南省)で食客となっていたが、発憤して玄宗の時に有道科に挙げられ、封丘尉の役職を授けられた。その後官職を捨てて河右に遊歴し、河西節度使哥舒翰に見いだされて幕僚となった。また侍御史となり、蜀に乱を避けた玄宗に随行した。粛宗の命で、江西采訪使・皇甫侁とともに皇弟である永王李璘の軍を討伐平定した。後に蜀が乱れるに及び蜀州・彭州の刺史となり、西川節度使となった。長安に帰って刑部侍郎・散騎常侍となり、代宗の代に渤海侯に封ぜられ、その地で没した。

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50歳で初めて詩に志し、たちまち大詩人の名声を得て、1篇を吟ずるごとに好事家の伝えるところとなった。吐蕃との戦いに従事したので辺塞詩も多い。詩風は「高古豪壮」とされる。李林甫に忌まれて蜀に左遷されて汴州を通ったときに李白・杜甫と会い、悲歌慷慨したことがある。しかし、その李林甫に捧げた詩も残されており、「好んで天下の治乱を談ずれども、事において切ならず」と評された。『高常侍集』8巻がある。

邯鄲少年行

原文       書き下し文

邯鄲城南遊俠子      邯鄲城南遊侠の子

自矜生長邯鄲裏      自ら矜る邯鄲の裏に生長するを

千場縱博家仍富      千場博を縦にして家仍ほ富み

幾度報讐身不死      幾度か讐に報ひて身死せず

宅中歌笑日紛紛      宅中の歌笑日に紛紛

門外車馬常如雲      門外の車馬常に雲の如し

未知肝膽向誰是       未だ知らず肝胆 誰に向かって是なるかを

令人却憶平原君       人をして却って平原君を憶はしむ

君不見今人交態薄    君見ずや今人 交態薄く

黄金用盡還疎索      黄金用い尽くさば還た疎索たるを

以茲感嘆辞舊遊      茲を以て感嘆して旧遊を辞し

更於時事無所求      更に時事に於て求むる所無し

且與少年飲美酒      且らく少年と美酒を飲み

往來射猟西山頭      往来射猟せん 西山の頭(ほとり)

 

同羣公秋登琴臺 高適

古跡使人感,琴臺空寂寥。靜然顧遺塵,千載如昨朝。

臨眺自茲始,羣賢久相邀。德與形神高,孰知天地遙。

四時何倏忽,六月鳴秋蜩。萬象歸白帝,平川橫赤霄。

猶是對夏伏,幾時有涼飆。燕雀滿簷楹,鴻鵠摶扶搖。

物性各自得,我心在漁樵。兀然還復醉,尚握尊中瓢。

 

同羣公出獵海上 高適

畋獵自古昔,況伊心賞俱。偶與群公遊,曠然出平蕪。

層陰漲溟海,殺氣窮幽都。鷹隼何翩翩,馳驟相傳呼。

豺狼竄榛莽,麋鹿罹艱虞。高鳥下騂弓,困獸鬥匹夫。

塵驚大澤晦,火燎深林枯。失之有餘恨,獲者無全軀。

咄彼工拙間,恨非指蹤徒。猶懷老氏訓,感歎此歡


 
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